●今まさに来日中のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団だが、2013年に行われたオーケストラ創立150周年ワールドツアーを題材としたドキュメンタリー映画が、1月に公開される。タイトルは「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」。「オーケストラがやって来た」じゃなくて「やって来る」。
●一足先に見せてもらったが、これは傑作。監督はエディ・ホニグマン。オーケストラを扱うドキュメンタリーの定石として、華やかなステージの裏側が垣間見えたり、オフステージの楽員の素顔がとらえられていたりする。空港からホテルへ、コンサートホールへ、そしてまた空港へとツアーを続けるメンバー、異国のホテルの部屋で家族とスカイプで話をする姿など、出張ビジネスマンのような姿に共感を覚える人も多いだろう。でも、この映画はさらに先、オーケストラ(あるいはクラシック音楽)と社会の関わりといったところまでを視野に入れて、これをさりげなく描く。
●たとえば、アルゼンチンを訪れた場面で、ふたりの楽員がサッカーの話題でもりあがる。自分は(母国ウルグアイの)ペニャロールが好きだとか、ウチの息子は住んだこともないのにバイエルン・ミュンヘンのサポだとか。で、マーラー「巨人」の第3楽章が流れ出す。しばらくするとカメラは街の様子をとらえる。およそオーケストラとは縁遠いスラム街が映し出される。その後、パッと場面が変わって豪華なコンサート会場へ。すごいギャップ。でもこれをただの「告発の姿勢」で描いていないんすよね。
●いちばん印象に残ったのは、ブエノスアイレス公演のシーン。客席でパリッとした服装の紳士が、熱心にオーケストラの演奏に耳を傾けている。だれだろう、地元の名士かなにかなのかな、と思ったら、これがタクシーの運転手。彼はいう。「一日12時間も車に閉じ込められて仕事をしていると、優雅さを失ってしまう」。でもクラシックは優雅さを回復してくれる、だから聴く。仕事仲間の前では車に流れるクラシックを消すようにしている(よくわかる)。束の間、運転手の仕事から解放されてコンサートホールで音楽を楽しむ。音楽に心から慰められている様子がひしひしと伝わってくる。そうそう、みんな多かれ少なかれ、そういうことなんだよな……とジンと来る。
November 12, 2015
映画「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」
2016年1月下旬、渋谷ユーロスペースほかロードショー / 配給:SDP / photo © 2014 Cobos Films & AVRO