●なんでラオスなの?と首をかしげつつも、村上春樹の紀行文ならおもしろくないはずがないだろうとゲット、「ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集」(村上春樹著/文藝春秋)。別にラオスだけを訪ねているわけではなく、アイスランドやギリシャ、アメリカ、フィンランド、さらには熊本までも含めた紀行文集。それぞれの初出媒体もまちまちで、トーンの違いはそれなりにある。かつての「遠い太鼓」「やがて哀しき外国語」「辺境・近境」みたいな海外滞在本とも手触りはかなり違っていて、「これからどこへ行くのか自分がどうなるのかわからない旅」と「年輪を重ねて過去を振り返る旅」の違いというか。なので先の見えない感は皆無、ゆとりのある旅。これはこれでおもしろい。
●音楽ファンにとって興味深いのはフィンランドへの旅で、シベリウスが暮らしたアイノラ荘を訪れるくだりなんじゃないだろうか。シベリウスは92歳で死ぬまで(1957年のことだが)、この家に水道設備を入れなかったという。工事を始めるとうるさくて作曲につかえる、井戸があればそれでいい、というのだが、家族はずいぶん閉口したはず。シベリウスが亡くなると、残された家族はただちに水道設備を導入したとか。水道がない間、トイレはどんなふうになってたんすかね。先日のヴァンスカ指揮読響公演で、シベリウス後期作品で休憩中の男子トイレに発生するシベリウス行列はブルックナー行列をも凌駕するという発見をしたばかりだったが、この話を読んでまたシベリウスとトイレの関係について思いを巡らせることになってしまった。たまたまシベリウス・イヤーに読めてよかった(?)。
December 15, 2015