●気になりつつも遠ざけていたウエルベックだけど、昨年「地図と領土」(ちくま文庫)が文庫化されたのでゲット、ようやく読む。おもしろい。現代美術のアーティストを主役にした物語で、序盤は煮え切らないアーティストの卵みたいな若者が、とびきりの美女と出会って、美術界で大躍進するという成功譚。なんだけど、主人公は時の人となっても変わらず淡々とした生き方を続けるばかり。クリスマスになれば実家の老いた父親とふたりで静かに過ごすのが年中行事。やがて主人公は絵画に新境地を開き、新作は次々と途方もない価格で売れ、巨額の富を手にする(アートとマネーの関係性もこの物語の副次的なテーマ)。それでも、主人公の無感動な態度に変わりはない。これ、話はどこに向かうんだろう……?
●と半分以上読み進めたところで、ようやく本の裏表紙に書かれている「あらすじ」の事件が起きる。主人公は有名作家ミシェル・ウエルベック(この本の著者である)に個展用の原稿を頼むが、しばらくするとウエルベックは惨殺死体で見つかる。事件発生、いったいだれがなんのために? 急にミステリー調になってお約束の刑事コンビが登場して、事件を捜査する。型通りのミステリーが挿入されるのが楽しすぎる(しかもよくできている)。
●で、小説内に作者自身を登場人物として登場させるという、まさしく自己言及的な仕掛けもそうだが、この本は「書くことについて書く」本でもある。しかも「描くことについても描く」。主人公が成功を収めた架空の写真や絵画作品について、それをどう描いたかが描写されている。主人公は肖像画の成功で富を手にするが、そこに作者は物語内に自分を登場させる。物語外では作者が小説として自画像を描いている一方、物語内では主人公が作者の肖像画を描くという並行関係がおもしろい。
●ところで主人公が物語内作者に対して依頼する展覧会のカタログ原稿なんだけど、原稿料は1万ユーロだっていうんすよ。ふーん。
April 19, 2016