●以前に当欄でご紹介したジャック・ヴァンス著の「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」(国書刊行会)があまりにおもしろくて、もっとヴァンスを読みたくてしょうがないのだが、読むべき邦訳がない。が、ヴァンスの「滅びゆく地球」シリーズへのトリビュート作品ともいうべき短篇をダン・シモンズが書いており、これが以前SFマガジンで翻訳されていたことを知った。ダン・シモンズは熱烈なヴァンスの崇拝者であり、ヴァンスと同じく科学が衰退し魔法が効力を持った遠未来の地球を舞台にした、ヴァンス風味の物語を書いたのである。しかも、この「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」は、切れ者キューゲルこそ出てこないものの、「天界の眼」に登場した公女ダーヴェ・コレムの後日譚となっているのだとか。それは読みたい。パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。ヴァンスが訳されなければシモンズを読めばいいじゃないの。
●そんなわけで、SFマガジンの2016年8月号と同年10月号の2冊を手配して、ダン・シモンズの「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」を読んだ。なぜ2冊かといえば前後編に分けて掲載されているから。短篇というには長めか。そして8月号と10月号なのはこの雑誌が隔月刊になっていたから(それを知らなくて、どうして9月号がないのかとうろたえてしまった)。
●もととなったヴァンスの「天界の眼」では、美しく気位は高いものの、どこかどん臭かった(?)公女ダーヴェ・コレムだが、このシモンズの小説ではすっかり垢抜けて、勇敢で抜け目のない女戦士に豹変していた。なんかムチャクチャにキャラが変わっている気がするのだが、もっともヴァンスの作品での彼女の扱いは相当酷いものだった。悲惨な目にあって、そこから生還したという設定なんだから、これくらい人が変わっていてもおかしくないのかも。
●で、「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」、おもしろかったかといえば、たしかにおもしろかった。ヴァンス風味は効いていて、絢爛たる異世界描写も見事。ただし、公女がアマゾネスになったのと同じくらい、やっぱりテイストは違っている。シモンズは正統派というか、陽性で善良。ヴァンスのイジワルさはない。そりゃ、そうだ。お菓子を食べてパンと違うと嘆くのはまちがっている。お菓子にはお菓子のおいしさがある。
April 25, 2017