●ジャック・ヴァンス著の「スペース・オペラ」(国書刊行会)を読了。以前に当欄でご紹介した「宇宙探偵マグナス・リドルフ」「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」と並ぶジャック・ヴァンス・トレジャリー全3巻が完結。今回は音楽ネタ、しかもオペラ・ネタとあって、かつてないほど本サイト読者向きの内容。荒唐無稽なホラ話テイストの異世界冒険譚を楽しめる方はぜひ。
●で、これはホントにスペース・オペラ、すなわち宇宙歌劇団の話なんすよ。大宇宙を舞台としたオペラハウスの引っ越し公演の物語。オペラ界の有力パトロンであるお金持ちのマダムが地球の芸術を宇宙に知らしめようと思い立って、歌手や指揮者、オーケストラを集めて宇宙歌劇団を結成する。で、文化背景のまったく異なる異星の知的種族たちを訪れて、ワーグナーとかモーツァルトとかロッシーニとか、人類が誇るオペラの名作を上演してみせる。はたして音楽芸術は種を越えて感動を呼び起こすのだろうか……?
●もちろん、そこに待っているのはヴァンスらしいイジワルな展開だ。お金持ちのマダムの期待は次々と裏切られるに決まっている。最初に訪れたのは惑星シリウス。マダムは4本腕と4本脚に頭2つを持つ知的種族ビザントール人を相手にどのオペラを上演しようかと迷う。で、ビザントール人は地下のあなぐらを住居としていることから、彼らになじみやすいようにとベートーヴェンの「フィデリオ」を選ぶ。だって、地下牢の場面がたくさんあるから! 笑。また、音楽的能力が高度に発達したある種族の前では、「セビリアの理髪師」を上演するも不評を買い、続けさまに「トリスタンとイゾルデ」を上演するが和声進行が単調だと批判され、ならば最後の手段とばかりにへろへろになりながら「ヴォツェック」を上演する……。
●ヴァンス本人はジャズの人で、コルネットやウクレレを演奏するそうで、劇場に通うようなオペラ通には思えないんだけど、作品の選択とかちゃんとわかっている感じ。他人に取材しただけでこんなふうに書けるだろうか。 あと、この宇宙歌劇団にはひとり異星の文化に通じた音楽学者が随行してアドバイザーを務めているんだけど、彼が旅に出る前に講釈をする。全音階はたまたま人類が見つけて使っているものじゃなくて、普遍性のある体系なんだ、なぜなら振動数の比率が2対1でオクターブができて、3対2で五度ができて、その五度の関係を積みあげていくとうんぬんかんぬんで、ほら全音階が必然的にできる、地球以外の知的生命体もドレミファソラシドを発見して不思議は何もないんだよ、みたいなことを話す場面があるんすよ。これはわかる。自分も似たようなことを考えることがあるんだけど、振動数の比率から生じる協和・不協和という概念は人類固有のはずはないだろうし、全音階までは行かなくても五音音階だったらどんな種族でも必然的に見つけてしまいそうな気がする。だから可聴域は違うだろうけど、異星人の使う音階はそんなに人類と基本原理は変わらないんじゃないかな……みたいなことなんだけど、これを登場人物に語らせるとは。ヴァンスは専業作家になるまでに船員だの鉱夫だのいろんな職業を転々としてたそうだけど、根はインテリって感じがする。
●で、本書には表題作「スペース・オペラ」以外に中短篇4作が収められていて、実はこれが表題作以上におもしろい。特に「海への贈り物」と「エルンの海」。この卓越した異世界描写はヴァンスならでは。
July 7, 2017