●25日はNHKホールでバイエルン国立歌劇場によるワーグナーの「タンホイザー」。キリル・ペトレンコ指揮、ロメオ・カステルッチ演出。初来日となったキリル・ペトレンコの指揮についに接することができた。今後ベルリン・フィルのシェフになることを考えると、オペラを聴ける機会は当面なさそうなので、これは貴重。鬼才による演出ということで話題性十分。クラウス・フロリアン・フォークトのタンホイザー、アンネッテ・ダッシュのエリーザベト、エレーナ・パンクラトヴァのヴェーヌス、マティアス・ゲルネのヴォルフラムとキャスト充実。
●もっとも印象に残ったのはペトレンコとオーケストラ。鳴らさず、美しく響かせる。ピットからまろやかで整ったサウンドが聞こえてきて、これが舞台上の声とぴたりと調和する。これだけ声楽と管弦楽が一体となって響くオペラを今までに聴いたことがあっただろうか。音量的なダイナミクスは控えめなので、もっと熱量が欲しくなる瞬間もあるにはあるのだが、物理的な音の強さではなく、音楽の中身の雄弁さによって熱狂を呼び起こすことに成功していた。フォークトの甘く透明感のある声によるタンホイザーと合わせて、作品観を更新してくれたかも。それと、ゲルネのヴォルフラムがすばらしい。こんなに深みがあって豊かな声が聴けるとは。自分の理解では「タンホイザー」とは「モテ男がモテない男たちの嫉妬に抑圧されて破滅する」というオペラなのだが、そのモテない界代表であるヴォルフラムの歌がカッコよくてなんだか悔しい。
●で、物議をかもしそうなのはロメオ・カステルッチの演出。弓と矢、円盤、肉、カーテンといったモチーフがシンボリックに使用されているようだが、全般に自分の視力では舞台の細かいところまではよく見えなかったり、読めない文字があったりと、どこまで受け止められたのかはかなり怪しい。1幕冒頭、ヴェーヌスは肉塊の怪物みたいになって登場する。ブヨブヨしたたるんだ巨大肉の装置に固定されて歌うヴェーヌス。こういう不気味な生命体って、「アイアムアヒーロー」とかに出てこなかったっけ。こんな醜悪なヴェーヌスだったら、そりゃタンホイザーもエリーザベトのもとに帰りたくもなるか。とはいえタンホイザーは最後にはまたヴェーヌスへの道を探すことになるわけだから、このヴェーヌスが大いなる快楽を与えてくれる存在であることもたしかなんだろう。
●最大の驚きは第3幕。あれは「地獄の沙汰も金次第」ってことなのかなあ、タンホイザーはローマで救済されずに帰ってくるじゃないっすか。で、舞台上にふたつの棺が並べられ、遺体が運ばれる。舞台上にはタンホイザーもエリーザベトもいるんだけど、これはふたりとももう亡くなったっていう意味なんすよね? で、遺体がなんどもとりかえられる。膨張した死体、腐敗した死体、そして骨になり、灰になり……。そこで字幕に「一年が経ち、十年が経ち」とか出ているうちはいいんだけど、そのうち「一万年が経ち」とか言われて、唐突にタイムスケールが拡大する。いや、死体の分解にそんなに時間かかんないし、何万年も経ったら文明滅んでるし、もうタンホイザーやらエリーザベトの愛なんてどうでもよくね?ってくらいに時が経ってた。一万年前ってマンモスいたっけ? その間、歌っているヴォルフラムは時間軸の外側の存在。時の経過が一年とか十年だったら、これはふたりはもう死んでいてあとはヴォルフラムの想念を描いているのだと解するところだけど、もはや「2001年宇宙の旅」のラストシーンくらいのぶっ飛んだ超越感。ごめん、カステルッチ、わかってあげられなくて。もうヴォルフラムが進化してスターチャイルドになって宇宙空間から地球を見つめる図しか思い浮かばない。
September 27, 2017