amazon
October 21, 2017

イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル 2017

●20日はサントリーホールでイーヴォ・ポゴレリッチのピアノ・リサイタル。今回のプログラムは前半が古典派プロということもあって、いくらかフレンドリー。クレメンティのソナチネ ヘ長調 op36-4、ハイドンのピアノ・ソナタ ニ長調 Hob.XVI-37、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第23番ヘ短調「熱情」、ショパンのバラード第3番変イ長調、リストの超絶技巧練習曲から第10番、第8番「狩」、第5番「鬼火」、ラヴェルのラ・ヴァルスというプログラム。
●ソナチネで意表をついて脱力して始まる前半も独特だったが、後半のエクストリーム・ショパン、エクストリーム・リスト、エクストリーム・ラヴェルは突き抜けたポゴレリッチ・ワールド。ベースに極端に遅いテンポを設定していったん作品を解体して、ワンブロックずつ独自の解釈で音楽を組み立てて、全体としてまったく聴いたことがないような音楽を生み出すというスタイルは健在。ショパンのバラード第3番、曲が始まった瞬間からきらきらと妖しく輝くような音色でゾクッとさせてくれる。圧巻はラヴェル。追憶のウィンナワルツが緩急自在の暗黒舞踏に。失速して音楽が止まりそうになる瞬間すら陶酔的に感じる。強靭な打鍵が生み出す並外れたダイナミズム。痛快で笑ってしまう。アンコールは渦巻く熱気を冷ますかのようにラフマニノフ「楽興の時」より第5番、ショパンのノクターン ホ長調op62-2。
●独特の解釈と打鍵の強さでは先日聴いたアファナシエフも負けず劣らずだけど、アファナシエフが寝巻で(←違うけど)舞台に出てきてリサイタルから徹底して儀式性を排除しようとするのに対し、ポゴレリッチは儀式性の塊。今回も開演前からニット帽のカジュアルな服装で舞台に出てきて、ピアノに向かって静かにゆっくりと和音を鳴らす、独り言の儀。もうお客さんもわかってて早めにホールに入って聴き入っている人も。すべて譜面あり、譜めくりあり。自分で束ねた譜面を持ってきて、使わないものを床にばさりと置く。拍手喝采にこたえるときは、正面を向いて深々とおじぎ、それからRブロック方向、Pブロック方向、Lブロック方向と四方に向かっておじぎし、最後にまた正面に向く。すべてが様式化している。しかしアンコール後のカーテンコールで、サプライズ。舞台袖からバースデイケーキが運ばれてきた。譜めくりの女性が客席に向かって合図をする。みんなで歌うHappy Birthday to You。この日、59歳を迎えたポゴレリッチのために、事前に段取りが紙で配られていたのだった。花束も贈られ、照れくさそうに笑うポゴレリッチ。リサイタルは儀式で始まり、お誕生日会で終わった。