●オーケストラの内側を語った案内書はこれまでにもあった。しかし当のオーケストラの事務局が編者となって書かれた本はそうそうないのでは。「オーケストラ解体新書」は読響事務局による渾身の一冊。コンサートがどうやって作られるのか、名指揮者たちが音楽を生み出す現場の様子、楽団員はどんな日常を送りなにを考えているのか等、音楽ファンが知りたいと思うことがぎっしりと詰まっている。
●なんといっても事務局という内側からの視点がふんだんに盛り込まれているのがおもしろい。世間の多くの人はオーケストラ=プレーヤーと思いがちなんだけれど、実際に楽団を運営するのは事務局の人々。演奏会の企画立案から出演者との交渉、楽器運搬の手配もあれば、チケット販売から助成金獲得まで、膨大な仕事がある。そんな様々な背景や裏話のひとつひとつがおもしろく読めて、なおかつその向こう側にある楽団の持つ志みたいなものが伝わってくるのが本書の魅力。あと、オーケストラ事情に詳しい人には、「へー、読響ではそんな風になってるんだ」的な興味深さもあるかも。おまけのカンブルランのインタビューも出色。
●オーケストラ内幕本では、自分のなかではアンドレ・プレヴィン編の「素顔のオーケストラ」がこの分野の伝説的名著に君臨している。これは40年近く昔の本なので今では入手困難だと思うけど、大らかに裏話が書かれていて、野次馬的な興味もひく本だった(記憶では)。プレヴィン編ってなってたけど、実際に執筆した人はだれだったんだろ。ひそかにワタシは「あの本の日本版を作れないかなあ……」と野望を抱いていた頃もあったけど、あるときそれは不可能だと悟った。というのも、仕事でオーケストラの楽団員に取材する機会はあっても、それらはいずれも公演のプロモーションのためのものばかり。宣伝になるから先方も取材に協力してくれるわけだし、こちらも原稿をどこかに掲載してもらえるから取材できる。そうでないならムリな話。しかも、なにか裏話を聞けたとしても、本にするとなれば各方面の許諾が必要になる。プレヴィン本にあったような指揮者や楽団を揶揄するような話とか、いまどき載せられるだろうか。そう考えると、楽団自身が編者になるという発想は目からウロコって感じだ。もちろん、そこには「よい話しか書けない」という制約は発生するわけだが、この現場感はそれを補って余りある。
November 7, 2017