●昨日の「ソラリスとブレードランナー2049」の話の続きだが、そういえば「人間のようでいて人間ではない者」の話を最近読んだなと思い出したのが、乾緑郎著の「機巧のイヴ」(新潮文庫)。これは舞台設定が秀逸で、時代小説の枠組みを借りたアンドロイド小説とでもいえばいいのだろうか。江戸のようでいて江戸ではない世界を舞台に、機巧師と呼ばれる男と、精巧な機械でできているが人間とは見分けのつかない美女、伊武(イヴ)の物語が描かれている。スチームパンク的な「懐かしい未来」を和風でひとひねりした感じ。連作短篇集の形になっていて、とてもおもしろく、かつ読みやすい。
●この男女のキャラクターは、「ブレードランナー2049」の主人公とAIのカップルとはまるで違っているのだが(なにせ時代小説なので)、しかしどこかP.K.ディックを思わせるところもある。たとえば、闘蟋というコオロギを戦わせる競技が出てくるのだが、そこに機械でできた人造コオロギが紛れ込んでいるらしい……などといった筋立ては、「ブレードランナー」の原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」に一脈通じる。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の世界では人間以外の動物は超貴重品で、昆虫一匹に至るまで「本物」は保護されており、人々は本物の代わりに「電気羊」のような精巧なイミテーションに甘んじている(昆虫ですら「本物」の命は尊いのに、感情や知性を持ったレプリカントの命には微塵も価値が認められていない、という対照が原作にはある)。
●機械の女性に恋をするといった話は昔からいくつもあるだろうが、オペラならオッフェンバックの「ホフマン物語」だ。詩人ホフマンはオランピアが自動人形であると知らずに恋に落ちる。これも「機巧のイヴ」がそうである程度にはSF伝奇ロマンといってもいいような話(ちょうど2月に新国立劇場でフィリップ・アルロー演出の再演がある)。ここでのオランピアはいかにもゼンマイ仕掛けの「機械」なのだが、これを「ブレードランナー2049」のAIみたいに今風に進化させた演出がどこかにあってもおかしくない。
December 21, 2017