amazon
April 6, 2018

東京・春・音楽祭「ローエングリン」

●5日は東京文化会館で東京・春・音楽祭「ローエングリン」。この音楽祭のハイライトとなる演奏会形式によるワーグナー・シリーズ、今回はウルフ・シルマーの指揮でNHK交響楽団(コンサートマスターは今年もライナー・キュッヒル)、東京オペラシンガーズの合唱、ローエングリンにクラウス・フロリアン・フォークト、エルザにレジーネ・ハングラー、テルラムントにエギルス・シリンス、オルトルートにペトラ・ラング、ハインリヒ王にアイン・アンガー、王の伝令に甲斐栄次郎という充実のキャスト。歌手陣ではなんといってもフォークト。新国立劇場での「ローエングリン」もそうだったが、これだけ甘美な声のローエングリンがありうるとは。この人なら白鳥といっしょに出てきても納得できるかもという騎士感あり。オルトルートのペトラ・ラングは存在感抜群。演奏会形式にもかかわらず、キャラクターの描出力が並外れている。逆にレジーネ・ハングラーのエルザはストーリー性よりも歌唱に集中した感。声はまろやか。オーケストラは昨年までのヤノフスキの印象が強いが、また違ったタイプで、明快で歯切れのよいワーグナー。これもすばらしい。3階かな、左右中央に陣取ったバンダが効果的で、スペクタクルを堪能。
●背景のスクリーンは昨年に比べるとぐっと控えめになってしまった。じゃまにはならない分、拒否反応も出にくいとは思うんだけど、ワタシはもっと積極的に表現してくれたほうがうれしい派。いずれにしても、ないよりはあったほうがずっといいと思ってる。
swan.jpg●で、「ローエングリン」だ。どこもかしこも臆面のないくらいカッコいい音楽にあふれている。特に第1幕のおしまいのカッコよさはやり切った感がある。一方、ストーリー的には微妙なところもあって、神明裁判なんてものを持ち出されたら、心情的にはオルトルートに味方したくもなる。ヴォータンとかフライアとかいにしえの神々も大事にしてほしいじゃないすか。ローエングリンって第2幕まではひたすら超越的で、内面の見えないキャラなんだけど、第3幕に入ったとたんにひとりの人間になる。エルザも第2幕までは心配無用な感じだったのに、第3幕になるととたんに心の弱さを見せるようになる。いったい彼らになにがあったのか……といえば、それはずばり結婚だ。結婚行進曲が流れるやいなや、エルザの愚かさスイッチが入る。ワーグナーのミソジニー的な傾向を感じる場面のひとつ。エルザがトニー谷ばりに「あなたのお名前なんてェの?」 と尋ねるカタストロフの瞬間に向けて期待を高めていく。第3幕のエルザのセリフを嬉々として書くワーグナーの姿を想像してしまう。
●ローエングリンはパーシヴァル(パルジファル)の息子。もともとの伝説では、ローエングリンはエルザのもとを去った後、リザボリエの皇女ベライエと結婚するが、娘が魔法で籠絡されたと勘違いした両親の派遣した軍隊に殺されるというストーリーがある。パーシヴァルは、以前この欄で紹介したブルフィンチの「中世騎士物語」では、ほかのアーサー王の騎士たちとともに聖杯探索の旅に出かけ、ついに聖杯を見つける。しかし聖杯に選ばれたのはランスロットの息子である騎士ガラハドで、パーシヴァルは僧服を身につけて隠遁して、まもなく世を去る。いろんなパラレルワールドが広がっている。