●7日のサントリーホール、隣の大ホールでウェルザー=メスト指揮クリーヴランド管弦楽団がベートーヴェン・シリーズの最終日に大フーガと「第九」を演奏している同時刻に、ブルーローズ(小ホール)ではベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏シリーズが開幕。サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン恒例のシリーズで、今年はスペインのカザルス弦楽四重奏団が登場。結成20周年を迎えて世界各都市でベートーヴェン・シリーズを敢行中。この日のプログラムは弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」と弦楽四重奏曲第13番「大フーガ付き」。なんと、同日に「大フーガ」が弦楽四重奏と弦楽合奏版で演奏されるという珍しい事態に。
●大ホールでオーケストラのベートーヴェン・シリーズを聴いた流れから、小ホールでベートーヴェンの弦楽四重奏を聴くと、弦楽四重奏の「近さ」は圧倒的。この生々しさ、鋭く剥き出しの直接音は決して大ホールでは味わえない。このシリーズに登場する常設クァルテットはどこもキレッキレで、カザルス弦楽四重奏団も鮮烈このうえないんだけど、加えて情感と構築感のバランスが絶妙で、濃密な時間を堪能。すばらしく聴きごたえがあった。少しおもしろいと思ったのは、第2ヴァイオリン(アベル・トマス)の雄弁さ。第1ヴァイオリン(ヴェラ・マルティナス・メーナー)のほうが線が細い。常にではないにせよ、しばしば第2は音圧で第1を凌ぎ、同じようなフレーズを弾くときにも微妙に第2のほうが雄弁。なんとなく第1と第2の間に緊張感を感じとってしまうんだけど、それが結果的にいい方向に作用していたんじゃないだろか。
●「セリオーソ」、第2楽章はすでに後期の作風に片足を突っ込んでいる。第13番の終楽章、短いバージョンの持つユーモアや軽やかさも捨てがたいんだけど、しかし「大フーガ」を聴けるんだったらそりゃあそっちを聴きたい。これって「フィデリオ」序曲と「レオノーレ」序曲第3番の関係に(少しだけ)似てる。峻厳な「大フーガ」が始まったときの異世界観ははんぱない。怪物的。もっと軽い別バージョンが求められるのももっともな話。
●いま東京は自然発生した一か月にわたるベートーヴェン・フェスティバルが開催中なんだと思う。チョン指揮東フィルと新国立劇場の2種類の「フィデリオ」で始まり、ウェルザー=メスト指揮クリーヴランド管弦楽団の交響曲全曲サイクルがあって、カザルス弦楽四重奏団の弦楽四重奏曲全曲サイクルが続くというお祭り。祝、ベートーヴェン生誕248年。
June 8, 2018