●なんだろう、この割り切れない気分は。ともあれ、祝、ニッポン、ベスト16進出。ニッポンはこの試合に敗れたが、グループ2位で決勝トーナメント進出を果たした。結果は文句なしにすばらしい。だが、試合終盤に西野ジャパンはこれまで自分は見たことのないような奇手に出た。ポーランドに先取点を奪われ0対1となったニッポンだが、その時点で裏カードはセネガル 0-1 コロンビア。ニッポンはセネガルと勝点でも得失点差でも総得点でも並んでいたのだが、イエローカードの少なさ(フェアプレイポイント)という規定により、セネガルを上回っていた。だが、セネガルがコロンビアに追いついて引分けとなった場合、ニッポンはポーランドに追いつかなければ敗退が決まる。そんな複雑な状況で、西野監督はどうしたか。
●後半37分、武藤に代えて長谷部を投入して、チーム全体に「もう攻めないでボールを回そう、そしてカードをもらわないようにしよう」という指示を浸透させたんである。そこからニッポンはただボールを後方で回して時間を空費させた。ポーランドの側はすでにリードしているのだから、ボールを奪いに行く理由がない(ましてや日陰で36℃もあったというのだから)。客席からの痛烈なブーイングに負けずに、ニッポンはただ後ろで10分間ボールを回し続けて、この試合を戦略的敗北に終わらせて、「残り10分強でセネガルがコロンビアに追いつかない」ことに賭けた。結果、西野監督の賭けは成功し、みんなで胸をなでおろした。
●自分は本気で驚いた。ウソでしょう。ニッポンがボールを回し始めたとき、「あ、これはコロンビアが2点目を取ったのかな?」と思ってチャンネルを変えたが、そうではなかった。じゃあ、セネガルに退場者が二人くらい出たのかなと思ったが、だれも退場していない。唖然。この展開に納得のいかない人には2種類いて、ひとつは「観客の楽しみを奪う行為、サッカーというエンタテインメント性の否定、スポーツマンシップに欠ける行為」、もうひとつは「まだ時間が十分にあるのだからセネガルがコロンビアに追いつく可能性はそんなに低くない」というものだろう。ワタシは後者の立場。前者の嘆きもよくわかるのだが、サッカーの国際試合ではこのような無言の交渉が成立した退屈な談合試合はまったく珍しくない。無言の交渉をきちんと戦略の一環として実行できるかどうかも競技性のひとつだという考え方もあるし、ルールに難があるならルールを変えるべきで、既存ルールを戦略的に利用するアイディア(人によってはチートと呼ぶだろう)は、しばしば競技に意外性をもたらす。だが、今までにたくさん見てきた「談合試合」は、どれも他の試合の結果に左右されないケースばかりだったんじゃないだろうか。ほかのチームが10分間守り切ることに賭けて、時間を空費させた例は記憶にない。
●もしニッポンが普通に戦ったら、さらに失点したりイエローカード2枚以上をもらうかもしれない、それだったらコロンビアがセネガル相手に守り切るほうに賭けたほうが確率的に有利なんじゃないの、っていうのが西野監督の判断。まあ、セネガル対コロンビアがどういう状況だったのかは知らないっすよ。1点差とはいえセネガルに得点の気配がまるっきりないゲーム展開だったのかもしれない。でも、「ドーハの悲劇」をあげるまでもなく、今大会だってアディショナルタイムにまさかのゴールが生まれることはいくらでもある。まして10分もあれば。もし、セネガルが1点取ってたら、ニッポンのボール回しはワールドカップ史上に残る珍試合として長く記憶されるところだった。選手たちも戦って敗れたなら実力が足りなかったといえるけど、戦わないことを選択して敗退してたらどうやって結果を受け入れれればいいのか。この賭けは、勝って得られるものと負けて失うものの大きさが釣り合っていなかったと思う。
●一応記録。西野監督は選手を6人も入れ替えた。先の日程や気温の高さを考えれば、選手の入れ替えは英断だと思うが、キープレーヤーの乾や大迫まで下げたのは意外。GK:川島-DF:酒井宏樹、吉田、槙野、長友-MF:山口、柴崎-酒井高徳、宇佐美(→乾)-FW:岡崎(→大迫)、武藤(→長谷部)。4-4-2。中盤の右サイドに酒井高徳が入るのは初めて見たかも。右サイドはダブル酒井が前後に並んだ。川島はファインセーブを見せてくれた。岡崎は後半開始早々に座り込んでしまっての負傷交代。序盤にニッポンに大きなチャンスがあって、武藤が中にいる宇佐美にボールを出せばフリーでシュートを打てたはずだが、強引に自分で中に切れ込んだ結果、シュート・チャンスがなくなってしまった。オーバーラップした長友にボールを出して、クロスを岡崎がヘディングして惜しいチャンスにはなったのだが……。
●ここまでアジア勢は個別の試合ではかなり健闘して勝利も挙げているのだが、結果としてニッポンだけがベスト16に進むことになった。BBCの番組で北アイルランド代表のマイケル・オニール監督には「別の試合に運命を預けるとはあぜんとする。日本にはここまでいい意味でスポットライトが当たっていたが、次戦ではボコボコにされてほしい」とひどい言われようだ。次はセネガル戦のような果敢な戦いを見たい。熱くてエキサイティングで美しいゲームを。
ニッポン 0-1 ポーランド
娯楽度 ★
伝説度 ★★★★★