●つい先日、「寄生虫でダイエット効果 世界初証明」というニュースがあったが、この見出しを目にした人の多くがマリア・カラスを連想したにちがいない。群馬大と国立感染症研究所の研究グループが、体内に特定の寄生虫がいると体重が増加を抑えられることをマウスを使った実験で明らかにしたという。はたしてこの寄生虫が人間にも有効なのかとか、健康に害はないのかとか、このニュース自体もいろんな関心を呼ぶとは思うが、それはさておき、マリア・カラスだ。通説では、体重100kgを超える巨体歌手だったマリア・カラスは、体内でサナダムシを飼って、一年間で55kgにまで減量したということになっている。昔、この話を聞いて最初に感じたのは、そんなことができるのかという驚愕と、だったら他の歌手たちもこぞって寄生虫ダイエット法を実践しそうなものだがどうなんだろうという漠然とした疑問だった。
●古い本だが、カラスの元夫であるメネギーニが書いた「わが妻マリア・カラス」下巻(音楽之友社)では、「鯨から蝶へ」と題した一章を割いて、カラスのダイエットについて記している。メネギーニによれば、1951年12月にカラスがスカラ座から初めて呼ばれたときは95kgの体重だった。それが3年後のシーズン・オープニングでは、そこから30kg体重を落としていたという。このダイエットはセンセーションを巻き起こし、女性たちからダイエットの秘訣を教えてほしいという手紙が殺到し、ダイエット法を独占契約したい企業は天文学的な契約料を提示してきたとか。で、メネギーニはサナダムシ・ダイエットをあっさりと否定している。
ある者に至っては、彼女がスイスの有名な医者のもとに行き、この医者がさなだ虫を身体の中に入れる事を勧めたなどとも言った。そしてマリアは、シャンペンの中にこの「痩せ薬」の寄生虫を入れて飲み込んだというのであった。全くこれは馬鹿気た、そして信じられないような話である。
だよね。そして、同じ章で別の形でサナダムシの話が出てくるのだ。あるとき、カラスはトイレでサナダムシを排出してパニックになってメネギーニを呼び、それから医者に診てもらって、薬でサナダムシを駆除した。すると、その直後からどんどんと体重が減り始めた。それまでずっと肥満に悩み、炭水化物を減らして肉と生肉、野菜中心の食事をしてもなんの効果がなかったカラスが、これを機に奇跡的に痩せ始めた。カラスとメネギーニは寄生虫を駆除したから痩せたという結論に達した。
●まあ、メネギーニが書いていることをどこまで信用できるのかという疑問も大いにあるが、少なくとも彼は寄生虫ダイエットを否定していたわけだ。そして、このエピソードについてなにより印象深いのは、メネギーニが本まで書いて否定しているのに、「カラスは寄生虫でダイエットした」という話がここまで世界中に広まり定着したということ。これはいったん広まったウワサ話の強度を示しているのか、それともメネギーニの言うことなんてだれも耳を貸さないということなんだろうか。