●さて、18年ぶりに出た「十二国記」シリーズの最新作「白銀の墟 玄の月」、先日の第1巻&第2巻に続いて、第3巻&第4巻も読み切った。いやー、長かった。読みやすいけど、長かった。第1巻と第2巻はストーリーがぜんぜん展開しなくて、ずーっと人探しをしていて、あっちを探したら見つからない、こっちにいるかと思って来てみたらやっぱりいなかった、みたいな出来事の連続だった。
●で、後半の第3巻&第4巻。どんどん話が動き始めた。そして、第4巻に入ると猛烈な勢いで話が畳まれる。なにしろ登場人物が多いので、最後は「えっと、この人はだれだっけ……?」みたいな事態にもなりがちだが、なんだか途中で物語の設計図が変更されてしまったかのような印象を受けるのはワタシだけだろうか。特に阿選と琅燦のふるまいに違和感が残っていて、「十二国記」世界観を揺るがすような大きな展開があったかもしれないのに、前半が長すぎてうやむやになってしまったような気が。でも、個別にいいシーンはたくさんあったので、読書の楽しみは存分に味わった。講談社X文庫ホワイトハート以来の付き合いという意味では、映画「スター・ウォーズ」に匹敵するくらいの気長なシリーズ。もっと読みたいけど、やっぱり話がどんどん動いたほうが「十二国記」らしいかな。
2019年11月アーカイブ
十二国記「白銀の墟 玄の月」第3巻&第4巻 (小野不由美著/新潮社)
J1は残りあと2節、J2は全日程を終了してプレーオフへ
●大きな声では言えないことなので、ひっそりと記しておくが、先週末、マリノスは松本山雅に勝って、今季はじめて首位に立った。次が難敵の川崎戦、そして最終節は首位を争うFC東京戦との直接対決ということで、最終節に勝てばなにかが起きるという展開だ。語りたいことはあれこれあるが、今はぐっとこらえる。あの2文字を口に出してはいけない気がする。
●で、J2は一足先に全日程を終えて、1位の柏レイソルと2位の横浜FCがJ1昇格決定。柏はともかく、横浜FCがここまで強いとは。横浜FCといえばいまだ現役の三浦カズ52歳だが、カズは年間で3試合に出場したにすぎない(それでもスゴいんだけど)。最終節、勝利を決定づけた後でカズが途中出場して話題をさらったが、本当なら下平監督の手腕なり主力選手の活躍に焦点があたるべきところ。カズを崇める者として出場シーンをDAZNで見たが、さすがにフィジカルの衰えは隠しようがなく、見ていて辛くなった。どんなに鍛えていても、超えられない壁があるのか。来季は……?
●そして、J2からの降格枠に目を向けると、最下位がFC岐阜、21位が鹿児島ユナイテッドFC。岐阜のJ3降格は決まったが、鹿児島はJ3の結果待ち。というのもJ3はまだ終わっていない。もしJ3で藤枝が現状の2位を守った場合、藤枝にJ2ライセンスがないため、鹿児島は残留が可能になる。ちなみにJ3の1位はギラヴァンツ北九州でJ2昇格決定。
●J2残留を決めた町田だが、ついに相馬監督が退任するそう。町田ではJFL時代も含めると都合7年間も監督を務めたことになる。途中、J1の川崎でも指揮を執っているので、JFL、J3、J2、J1すべてのカテゴリーで監督経験を持つ。どう考えてもほかのクラブが放っておくはずがないが、鹿島は手を挙げるのだろうか。
バッハ・コレギウム・ジャパンのブランデンブルク協奏曲
●24日は東京オペラシティでバッハ・コレギウム・ジャパン定期演奏会。鈴木優人指揮&チェンバロで、バッハのブランデンブルク協奏曲全曲。愉悦にあふれた全6曲。ひとつの演奏会で6曲をどう振り分けるのか、いろいろな考え方があると思うけど、前半に第1番ヘ長調、第6番変ロ長調、第2番ヘ長調、後半に第4番ト長調、第5番ニ長調、第3番ト長調と、調に着目して対称的に配置。前半がフラット系、後半がシャープ系。
●第1番の狩猟ホルン(コルノ・ダ・カッチャ)にN響の福川伸陽さん。出番は最初の1曲だけというぜいたく仕様。第2番のトランペットはギ・フェルベ。直管ではなくぐるぐる巻いた形の楽器なんだけど、なんて呼べばいいのか。高音域を自在に飛翔する。バッハの時代、このパートをどういう楽器でどの程度吹けていたんだろうか。第5番は鈴木優人さんのチェンバロ・ソロが圧巻。生気に富み、聴く人をぐいぐいと引き込む力がある。冒頭に続いて、最後の第3番の前にも優人さんがマイクを持って登場して、短いトーク。第3番の第2楽章にはふたつの和音だけが記されていて、奏者の即興演奏が前提となっていることを説明したうえで、本日はある主題を用いて演奏しますがそれはなんでしょう、と前フリ。で、第2楽章になって、「あ、第5番の第2楽章の主題が出てきたなあ」とかぬるく聴いていたら、ぜんぜんそんな生易しいものじゃなくて、正解は「他の5曲の第2楽章を2→5→1→6→4の順で引用しつつ、内声に昨日お誕生日だったコンサートマスターの高田あずみさんのためにハッピーバースデーを織り込んでおきました」(優人さんTwitter談)。ズテッ! 最後はスピード感あふれる終楽章で鮮やかな幕切れ。
東京・春・音楽祭特別公演 ベルリン・フィル in Tokyo 2020 記者発表
●22日午後、「東京・春・音楽祭特別公演 ベルリン・フィル in Tokyo 2020」記者発表へ。会場は東京文化会館大ホールのホワイエ。「えっ、またベルリン・フィルの記者会見? つい3日前にもあったのに」と思わなくもないけど、今回は「東京・春・音楽祭」主催公演の会見。2020年6月24日から27日にかけて「東京・春・音楽祭」特別公演にドゥダメル指揮ベルリン・フィルが招かれる。東京2020大会の公式文化プログラム「東京2020 NIPPONフェスティバル」の共催プログラムでもある。会見には東京・春・音楽祭の鈴木幸一実行委員長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の武藤敏郎事務総長、ベルリン・フィルのインテンダントであるアンドレア・ツィーツシュマン、同ソロ・チェロ奏者のオラフ・マニンガーの各氏が登壇。
●東京文化会館で開かれるプログラムは3種類。プログラムAは東京2020大会のためのスペシャル・コンサートということで、世界各国の曲を集めたプログラム。ショスタコーヴィチのバレエ音楽「黄金時代」、ジョン・ウィリアムズの「サモン・ザ・ヒーロー」、マルケスのダンソン第8番、ラヴェルの「ボレロ」らに交じって、日本代表(?)として早坂文雄の映画音楽「羅生門」より。こんな機会でもなければ、ベルリン・フィルでは決して聴けないプログラム。
●プログラムBはマーラーの「復活」。プログラムCはベートーヴェンの「第九」。ともに合唱は(この音楽祭ではおなじみの)東京オペラシンガーズが務める。
●ツィーツシュマン「私たちのオーケストラは28か国のメンバーからなる小さなオリンピック村のようなオーケストラ。世界中を回る文化大使としての役目を果たしており、多様性の大切さをアピールしてきた。社会貢献活動や教育プログラムにも力を入れている。今回、2020年の文化プログラムのために協力してほしいと頼まれたとき、イエス!と即答した。プログラムを決めるにあたっては、日本とドイツの友好関係を象徴するようなものにすること、そして民族の多様性を重視するものにしたいと考えた」
●それと、もうひとつ注目すべき公演がある。6月27日、なんと、無料の野外コンサートで「第九」が演奏される。場所は……新宿御苑! そ、そんな手があったとは。新宿御苑の風景式庭園といってわかるだろうか、いちばんだったっぴろい芝生が広がる場所だ。「一万人の野外コンサート」と題されている。荒天の場合は一日順延され、その日も荒天なら中止。6月下旬なので梅雨の可能性が高いが、荒天というのは本当に荒れた天候の場合であって、普通の雨だったら決行するとのこと。それと公演は無料で聴けるが、新宿御苑の入園料がかかる(一般500円)。事前応募制。0歳から入場可。なお、こちらの公演に限り、世界各国からさまざまな人たちが集まって300名ほどの臨時編成の合唱団が組まれるのだとか。
●新宿御苑にはよく足を運ぶのだが(年パス推奨)、ふだんは広々としていて人が少ないイメージ。あそこに一万人もつめかける様子を想像できないけど、どうなるんでしょね。新宿御苑がヴァルトビューネみたいな雰囲気になるんだろうか。ちなみに当日は新宿御苑はいつも通りに開園しているので、事前応募していなくても、席以外のエリアで聴くことはできるんだとか。
パーヴォ・ヤルヴィ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とラン・ラン
●22日はミューザ川崎でパーヴォ・ヤルヴィ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。プログラムは前半にワーグナーの歌劇「タンホイザー」序曲とベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番(ラン・ラン)、後半にブラームスの交響曲第4番。ふだんN響で聴く機会の多いパーヴォだが、来日オーケストラで聴く機会も多いわけで、パリ管、ドイツ・カンマーフィル、シンシナティ等々あったと思うが、こんどはロイヤル・コンセルトヘボウ。そして、どのオーケストラを振っても、パーヴォはパーヴォの音楽を引き出すのだなと実感。輪郭のくっきりした引きしまったサウンドで、アスリート的な運動性が愉悦をもたらす。
●ラン・ランのスーパースターぶりを改めて実感。人気曲とはいえないベートーヴェンの第2番で客席に大喝采を呼び起こす。きわめてエモーショナルなベートーヴェンで、抒情的な部分はひたすら陶酔的で、活発な部分では天真爛漫にはしゃぐ。曲想を拡大鏡で強調してみせるかのようなエクステンディッド・ベートーヴェン。しばしばオーケストラに視線を投げかけ、パーヴォとオーケストラもこれにこたえてラン・ランのスタイルにぴたりと寄り添う。アンコールは「エリーゼのために」。これも恍惚としたスーパー・ロマンティックなベートーヴェン。
●ブラームスの交響曲第4番は推進力みなぎる快演。フルートをはじめ管楽器のソロが見事。第4番、寂寞とした曲想にひかれる曲だが、オーケストラ全体のサウンドはむしろ明るめで、壮麗。響きの美しさだけでもごちそう感あり。盛大な拍手とブラボーに続いて、アンコールとしてブラームスのハンガリー舞曲第3番。さらにもう一曲、ハンガリー舞曲第1番。切れ味鋭く、痛快。パーヴォとコンセルトヘボウの相性はよさそう。
●この日、まさに演奏会の直前にN響からプレスリリースが送られてきて、パーヴォ・ヤルヴィとのN響首席指揮者の契約が一年延長された(2022年8月まで)と発表された。
ベルリン・フィル・レコーディングス記者会見、ブルックナー交響曲全集をリリース
●一昨日の続きで、ベルリン・フィルの記者会見から。この日の会見は二部構成になっていて、まずはメータらの来日公演に関する会見があって、その後、休憩をはさんで第2部としてベルリン・フィル・レコーディングスの記者会見が開かれた。同楽団ソロ・チェロ奏者でありメディア代表のオラフ・マニンガーが登壇。まずはリリースされたばかりの「ブルックナー 交響曲全集」についての話題。今回も例によって至れり尽くせりの豪華パッケージで、音楽CDに加えてブルーレイによるライヴ映像、ブルーレイ・オーディオのハイレゾ音声、ハイレゾ音源ダウンロード・コード付き。
●で、だれが指揮をしているかというと、なんと、8人の指揮者で9曲を振り分けている。第1番が小澤征爾、第2番がパーヴォ・ヤルヴィ、第3番がブロムシュテット、第4番&第5番がハイティンク、第6番がヤンソンス、第7番がティーレマン、第8番がメータ、第9番がラトル(これはあの驚くべき第4楽章補筆完成版)。9人で9曲ではなく、8人で9曲というあたりが微妙に落ち着かないが、ベルリン・フィルならではのラインナップにはちがいない。
●マニンガー「これは10年間にわたる録音から選ばれた8人の指揮者による全集。この8人は現代トップクラスのブルックナー指揮者たち。同じ空間、同じオーケストラで、指揮者だけが違う。指揮者によってさまざまなアプローチがある。一方にブロムシュテットがいて、もう一方にパーヴォ・ヤルヴィがいる。全集のためにどの演奏を選ぶかの基準はシンプル。オーケストラのメンバーにとって特別な瞬間が訪れた演奏ということで、おのずとこの8人が決まった。このように、レコード会社の思惑ではなく、オーケストラ自身が芸術的な面から選べるのが、自分たちのレーベルを持っている強みだ」
●さらに、LPの話題もあって、ハイティンクのベルリン・フィルにおける最後の演奏会でのブルックナーの交響曲第7番が、ダイレクトカットLPとして2020年春にリリースされるそう。ダイレクトカットLP、つまり演奏した録音を編集してマスターを作るのではなく、そのままリアルタイムに原盤に刻む。歴史的な演奏会をありのままで。こちらのお値段は未定。
ニッポンvsベネズエラ代表@親善試合
●またベネズエラと試合をするのか……と思わなくもない、代表ウィークの親善試合。今回、森保監督はワールドカップ予選のキルギス戦アウェイをベストメンバーで戦った後、メンバーから多くの欧州組を所属チームに帰し、代わりに国内組の選手を補充した。そんなわけで、メンバーはA代表控え選手組+B代表くらいの感覚。会場は吹田。結果は1対4で惨敗。前半だけで4失点して試合は終わってしまった。内容的にも森保ジャパンのワーストゲームだろう。
●メンバーはGK:川島-DF:室屋、植田(→三浦弦太)、畠中槙之輔、佐々木翔-MF:橋本(→山口蛍)、柴崎-原口(→井手口)、浅野(→永井)、中島-FW:鈴木武蔵(→古橋亨梧)。ホームでFIFAランクで同程度の相手と戦いながら、ここまでやられてしまうとは。ボールをつなごうとするニッポンに対して、ベネズエラは強いプレスをかけて自由を奪う。攻守の切り替えの早さもベネズエラが一枚上手。なのだが、なによりニッポンは両サイドで一対一の攻防で負け続けたのが痛い。キルギス戦と同じようにニッポンの左サイドが大きな弱点に。といってもサイドバックは長友ではなく佐々木翔。もう見ていて気の毒なほどで、ほとんどの失点に絡んでいたのでは。おまけに同サイドでカバーすべき中島が自己中心的なプレイを連発、守備がまったく足りていない。前半8分はニッポンの右サイドで室屋が交わされクロスを入れられ、逆サイドで佐々木が競り負けてシュートを決められるという、両サイドが失点に絡む形。以降もサイドから崩される形が続いて、どんどん失点する。前半で4点を失って場内は大ブーイング。後半に相手の攻勢が弱まるのは当然のことなので、もう見る気にはなれず。ニッポンの一点は山口蛍だが、これは相手の足に当たって軌道が変わったという半ばオウンゴールみたいなもの。
●この試合を見ると、なるほど左サイドバックは長友しかいないのだと納得する。全盛期から衰えていても使い続けるしかない。佐々木翔だって若いのならともかく30歳のベテランなわけで、こんなに人がいないものだろうか。オフトジャパンの頃から、ずっとニッポンの左サイドバックは選手層が薄いと言われ続けている気がする。
●中島のプレイぶりがここまでタガが外れたようになっているのも謎。ゴールから遠いところでリスキーなドリブルをされても。守備を考えるとサイドに置くのは厳しい。この試合の収穫は、キープレーヤーを何人も欠くと格段に弱体化することが明白になった、ということか。あるいはそのキープレーヤーたちがチームを離れずにベンチに座っていたら、なにか違っていたのだろうか。
ズービン・メータ指揮ベルリン・フィル2019ツアー記者会見
●19日午前はキャピトルホテル東急で、来日中のベルリン・フィル2019ツアー記者会見。今回のベルリン・フィルのツアーはアジアツアーではなく日本単独での公演。指揮のズービン・メータ、オーケストラのインテンダントであるアンドレア・ツィーチュマン、オーケストラ代表/チェロ奏者のクヌート・ヴェーバー(写真左)、メディア代表/ソロ・チェロ奏者のオラフ・マニンガー(写真右)の各氏が登壇。
●メータ「世界最高峰のオーケストラと来日できて栄誉に思う。高潔で美しい魂を持った日本のみなさんの前で演奏できるのは最大の喜び。ベルリン・フィルとは1961年以来のつきあい。このオーケストラとの共演は毎回が学びの場。60年代、ザルツブルクで『エロイカ』を指揮した際、カラヤンからいろいろなアドバイスをもらったことは忘れられない。ベルリン・フィルとの初共演ではマーラーの「巨人」他を指揮した。実はそのときが自分にとって初めての「巨人」。今なら決してそんな無謀なことはしないが、当時、自分は25歳の若者だったので勇気があった」
●インテンダントのツィーチュマン氏「ベルリン・フィルはもう60年以上も前から日本を訪れている。これまでで22回のツアーを行っているが、ヨーロッパ以外でこれだけ訪れている国はほかにない。これからも密接な関係が続くことはまちがいない。音楽監督とはいつ来日するのか、と思われるかもしれないが、キリル・ペトレンコとのツアーは2021年ないしはそれ以降で調整中」
●オーケストラ代表/チェロ奏者のクヌート・ヴェーバー「マエストロ・メータとオーケストラには長年にわたりパートナーシップが築かれてきた。オーケストラのメンバーはだれもが毎年のように最低1回はメータの指揮で演奏している。メータとの共演はオーケストラにとってゆるぎない一部であり、メータは私たちをつなぎとめる錨のような存在。単なる客演指揮者以上の存在になっている。ベルリン・フィルの歴史で首席指揮者は7人いるが、後の人はその7人以外に重要な指揮者としてチェリビダッケとメータの名を挙げるだろう」
●この後、記者会見第2部としてベルリン・フィル・レコーディングスなどメディア関連の会見が開かれ、ブルックナーの交響曲全集などが紹介された。こちらも興味深い話がいくつもあったが、長くなったのでそちらはまた改めて。
全国共同制作オペラ「椿姫」記者会見
●18日午前、東京芸術劇場で全国共同制作オペラ、ヴェルディ「椿姫」の記者会見へ。毎回、意外性のある演出家の人選で話題を呼ぶこのシリーズだが、今回は矢内原美邦がオペラ初演出。指揮はヘンリク・シェーファー、ヴィオレッタにエヴァ・メイ、アルフレードに宮里直樹ほかの歌手陣。2月9日の白川、16日金沢、22日東京芸術劇場の3公演が開催される。例によって開催地によってオーケストラが変わり、白川と金沢はオーケストラ・アンサンブル金沢、東京は読売日本交響楽団が演奏する。
●会見には、演出の矢内原美邦(写真中央)をはじめ、宮里直樹(アルフレード)、三浦克次(ジェルモン)、醍醐園佳(フローラ)、森山京子(アンニーナ)らの歌手陣と俳優・ダンサー陣が集結。矢内原美邦は「わくわくどきどきしている。普通のオペラではない、現代から未来につながる舞台」になると語る。質疑応答ではどうしても演出面について質問が集中してしまうが、非常に斬新なものになりそう。ふんだんに映像が駆使され、セットを固定せずスクリーン自体も動くこと、役者/ダンサーも重要な役割を担うこと、舞台設定は過去のパリではなく、現代(あるいは人によっては未来にも過去にも見える)のどこかであることなどが話されていた。これまでに見たことのない「椿姫」になりそう。
クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィルのシュトラウス・プロ
●15日はサントリーホールでクリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィル。こういった来日公演では珍しくプログラムがおもしろくて、3人のシュトラウスが並ぶ。前半にリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」と「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」、後半にヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ「ジプシー男爵」序曲、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「神秘な魅力」(秘めたる引力、ディナミーデン)、リヒャルト・シュトラウスのオペラ「ばらの騎士」組曲。血縁関係のないシュトラウスがワルツでつながっているのもおもしろい。
●で、演奏は久々にウィーン・フィルが伝家の宝刀を抜いたのを聴けた!といった感。もちろん、ウィーン・フィルはいつだってウィーン・フィルではあるんだけど、これだけ引き締まって、よく鳴り、華やかなサウンドを聴ける機会はめったにない。この状態のウィーン・フィルを聴けるのは至福の体験。「ばらの騎士」のいきなり頂点に向かって全力疾走するみたいな冒頭部分も壮麗きわまりなし。「本物」の「ばらの騎士」を聴いた感が半端ない。ティーレマンのあくの強い造型はともあれ、この響きの質感と来たら。これが毎回聴けたらなあ……と思わんでもない。
●ヨーゼフ・シュトラウスの「神秘な魅力」に、「ばらの騎士」によく似たワルツが登場して、あたかも元ネタ感(本当はどうなの?)があったのが楽しい。「天体の音楽」にも感じるけど、ヨーゼフの音楽にはヨハンとは違った趣味のよさ、洗練を感じる。ヨハンはもちろん、リヒャルトのほうにもない含羞があるというか。あと、この曲も「天体の音楽」同様、目に見えない引力という物理現象をワルツを踊るカップルに見立てる自然科学ネタなのか。
●アンコールにエドゥアルト・シュトラウスのポルカ・シュネル「速達郵便で」。さらにもうひとりシュトラウスが登場することに。盛大な拍手喝采に続いて、ティーレマンのソロ・カーテンコールが2度もあった。
キルギス代表vsニッポン@ワールドカップ2022カタール大会 アジア2次予選
●ワールドカップのアジア2次予選、こんどはアウェイのキルギス戦。前回のアウェイのタジキスタン戦では人工芝に苦しめられたが、今回のキルギス戦はあちこちで芝がはげたボロボロのピッチ。見るからにボールが転がらない。試合前から普段のボール回しができないことはわかっていたが、実際に試合が始まると案の定、苦戦。中島をベンチに置き、両サイドは久々先発の原口と伊東。中盤に遠藤航が入った。GK:権田-DF:酒井宏樹、吉田、植田、長友-MF:遠藤航(→山口蛍)、柴崎-伊東(→中島)、南野、原口-FW:永井謙佑(→鈴木武蔵)。
●キルギスは知らない選手ばかりだけど、ぱっと見るとスラヴ系の選手とアジア系の選手が混在している感じで、なかにはベルンハルトとかマイヤーといったドイツ系っぽい名前の選手も。パワフルでシンプルなプレイが効果的な環境は、キルギスに味方していたと思う。引いて守るつもりはまったくなく、前線からしっかりプレスをかけてくる。そして、日本の中盤、柴崎と遠藤の位置で相手を自由にさせない意識も強い。攻撃時にはマイヤーの右サイドが突破口になることが多く、あらかじめ長友のエリアを狙うと意思統一されていた模様。この後、ニッポンと対戦する相手は同じようにここを狙ってくるかも。ダイナミックな展開から何度もニッポンのディフェンスを崩して、決定機を迎えていたが、最後の最後で権田が救ってくれていた。無失点は権田のおかげ。思った以上に攻められてしまった。
●客席もピッチも圧倒的なアウェイだったが、唯一、ニッポンにとって救いのだったのは、やたらと笛を吹く主審。両者に対してフェアで、倒れると簡単に笛を吹いてくれる。このピッチコンディションだと、笛で止めてくれるほうが肉弾戦にならずに済む。前半41分、ペナルティエリアに突っ込んだ南野に対して、飛び出したキーパーが手をかけてPK。南野がこれを決めて先制。スタンドは静まり返り、ずいぶん楽になった。後半8分、フリーキックで原口が蹴ったボールにキーパーが思い切り逆をとられて、ゴール。キルギス 0-2 ニッポン。どちらのキーパーのミスともいえるので、スコアとは裏腹に完勝した感じがない。でもワールドカップ予選だから、結果が出たのはなにより。
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●お知らせをひとつ。今週末のFM PORTの番組「クラシック・ホワイエ」で、フルートの工藤重典さんをゲストに招き、12月の新潟での室内楽公演のことや最新アルバムのお話をうかがっている。ラジコプレミアムを使えば、全国どこからでも、放送後オンデマンドでも聴取可。
ソニー音楽財団とサントリー芸術財団の「こども音楽フェスティバル」記者発表
●12日は、サントリーホールのブルーローズ(小ホール)で「こども音楽フェスティバル」記者発表へ。公益財団法人ソニー音楽財団と公益財団法人サントリー芸術財団の強力タッグによって、2020年7月に「こども音楽フェスティバル」が開催されると発表された。会場はサントリーホールの大ホール、ブルーローズ、カラヤン広場、さらに近隣施設との連携も。0歳から19歳までの年齢層にそれぞれ対応したコンサート等が、7月17日(金)から21日(火)までの5日間にわたって、集中開催される。
●会見の壇上には堤剛サントリー芸術財団代表理事・サントリーホール館長と加藤優ソニー音楽財団理事長が登壇。「子供たちを対象にした世界でも珍しい音楽祭」(加藤氏)になるという。子供向けのコンサートといえば、かねてよりソニー音楽財団は力を入れてきた分野。妊婦さんや0歳児からティーンエイジャーまでを対象にさまざまな企画が開かれてきた。これまでに培われたノウハウがあっての音楽祭ということで、子供たちや親御さんの立場に立った企画を期待できそう。
●この段階で演目として唯一挙げられていたのは、はじめてのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」。こちらは小学1年生以上対象で、子供たちが一部参加可能な体験型オペラ。ほかに妊婦さん対象の「0歳まえのコンサート」、0歳児からの「コンサート・フォー・キッズ」、サントリー美術館とのコラボレーションによる芸術体験プログラム「いろいろドレドレ」(3歳~6歳)、世界的アーティストによる「10代のためのプレミアム・コンサート」(小学1年生~)などなど。出演アーティストにはひとまず小林研一郎、小山実稚恵、堤剛、原田慶太楼、宮田大の名が挙げられていた。チケット発売は2020年4月予定。
FC今治、事実上のJ3昇格決定、そして東京武蔵野シティFCは……?
●11月10日、日本サッカーの4部リーグであるJFLに大きな動きがあった。岡田武史元日本代表監督がオーナーを務めるFC今治が勝利して、4位以内を確定。これで事実上のJ3昇格が決定したんである。
●FC今治についてはこれまでになんどか話題にしてきた。これは岡田武史ただひとりがプレイ可能な「リアルさかつく」。愛媛の小さなアマチュアクラブに出資してオーナーとなり、資金を、スポンサーを、選手を、コーチを集め、自らのメソッドに基づき理想のサッカーを実現し、2025年にACLで優勝してアジアナンバーワンを目指す。そんな壮大な夢を掲げている。まず2015年に四国リーグで優勝するも全国地域サッカーリーグ決勝大会で敗退しJFL昇格は失敗、続く2016年にJFLへの昇格を決めた。このとき岡田オーナーが「JFLは一年で通過してJ3へ行く。ここで何年もかかると停滞する」みたいに豪語していたのをワタシは覚えている。これまで東京武蔵野シティFC(旧横河電機)を中心に数多くのJFLの試合を観戦してきたワタシとしては、これに少々ムッとして「いやいや、JFLのレベルはけっこう高いから!」と思ったものである。で、2017年。今治FCはJFLで6位だった。ほーら、JFL、キツいっしょ。ワンシーズンで通過する? どの口が言うか~、ってなものである。続く2018年は健闘していたが、最後に失速して5位。ははははは、JFL、甘くない。
●実のところ、JFL基準で見ると、今治はJFL離れしたスポンサーと有名選手を擁するド派手なクラブ。みんな今治相手となるとカッカッと燃えた面もあったと思う。思い出すけど、以前に武蔵野がホームで今治を粉砕したときなんて、観客席になんとも言えない爽快感が漂っていた。サッカー・ファンとして岡田さんの夢は超リスペクトしてるけど、直接の対戦相手になったら話は別だ。
●そして2019年。ついにFC今治は4位以内を確定した。岡田オーナー、今治のみなさん、おめでとうございます。このJFLを3年で駆け抜けたのは立派なもの。ちなみにJFL優勝はすでにHonda FCに決まっている。なんと4連覇。Honda(本田技研工業)は近年稀有な正社員による実業団チーム。将来の生活まで考えると、ほとんどのJリーガーよりトータルで恵まれた待遇にあると思う。安定した身分だからいい選手がやってくるのか、生活の不安がないから選手がサッカーに打ち込めるのか、それとも待遇なんか関係なくて練習や戦術がすばらしいのか、そのへんはよく知らない。とにかくHondaは強い。
●あまり注目されていないが、東京武蔵野シティFCも4位につけており、J3昇格のチャンスがある。ところが大問題があって、J3昇格には成績のほかに、ホームゲーム平均観客数2000名という条件がある。ワタシが観戦した試合では観客はだいたい数百名で、ときどき1000名を超えるというイメージ。実現不可能な数字に思えたのだが、最終盤になって平均2000名をクリアすべく、なりふり構わない集客をしていて、ラスト3試合目に3828名、ラスト2試合目に5284名という目を疑うような数字を叩き出した。が、残るホームゲームは1試合。そこでた5703名集めれば平均2000名になるようなのだが、これって武蔵野陸上競技場の収容人数と比べてどうなんでしょ。
新国立劇場のドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」
●11日は新国立劇場でドニゼッティの「ドン・パスクワーレ」(新制作)。演出はステファノ・ヴィツィオーリ。コメディをストレートに伝える舞台で、作品にふさわしいほのぼのとした笑いとイジワルさが同居している。金持ちの独身老人ドン・パスクワーレを、主治医のマラテスタ、頼りない甥っ子エルネストとその恋人のノリーナが計略にかける。若者たちはめでたく結婚できてハッピー、老人は結婚の夢が破れて「年寄りが若い女と結婚するなどとんでもないこと」とたしなめられる。ノリーナ側に寄せて見ればラブコメなんだけど、ドン・パスクワーレ側に寄せて見れば老人虐待オペラ。一見、ひどい話だなあと思うんだけど、そもそもオペラの主要客層はどちらかといえば金持ち老人の側にあるわけで、このオペラは一種の自虐ギャグとして受け入れられてきた面もあるんじゃないだろうか。つい年齢を忘れて若い女の子に惹かれてしまう男たちの戒めとしての笑い、というか。
●初日のハイライト映像があがっているので、これを見ればどんな雰囲気か一目瞭然。なんて便利な時代なんだ。舞台装置はとてもよく練られている。可動式の箱形の装置を横に伸ばしたり畳んだりと、動くのが吉。クラシカルな衣装も麗しい。映像の後半にも出てくるけど、たびたび水平方向に物や人が高速移動するのが愉快。これはドン・パスクワーレの垂直方向への緩慢な動作(ヨッコイショ)と対照をなすユーモア。
●歌手陣は当初ノリーナ役にドゥ・ニースが予定されていたが、惜しくも降板。しかし代役のハスミック・トロシャンが予想以上にすばらしくて満足。機敏で軽やかな声といい溌溂とした演技といい、ノリーナにぴったり。マラテスタ役のビアジオ・ピッツーティは芸達者、ドン・パスクワーレ役ロベルト・スカンディウッツィとの早口二重唱(っていうの?)は痛快。エルネスト役のマキシム・ミロノフは甘く軽い声で、いかにも頼りない甥っ子。ピットにはコッラード・ロヴァーリス指揮東フィル。
●第2幕、計略により結婚が成立したとたん豹変するノリーナの姿は、鬼嫁マニア必見。オペラ三大鬼嫁シーンの一角に入れたい(あとのふたりは? 「ワルキューレ」のフリッカと……)。オペラ三大被虐爺はドン・パスクワーレ、ファルスタッフ、オックス男爵。
アンドラーシュ・シフ&カペラ・アンドレア・バルカのベートーヴェン/ピアノ協奏曲
●8日は東京オペラシティでアンドラーシュ・シフのピアノと指揮でカペラ・アンドレア・バルカ。ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会シリーズの第2夜。曲はピアノ協奏曲第1番と第5番「皇帝」。第1夜が第2番から第4番の3曲だったので、第2夜だと2曲しか聴けないのが少し悔しい……と思っていたら、後述のように結果的に「2.5曲」聴けた! これでちょうど半分だ。笑。NHKの収録あり。
●カペラ・アンドレア・バルカはシフがメンバーそれぞれに出演を依頼して誕生した室内オーケストラ。コンサートマスターはモザイク・カルテットやコンツェントゥス・ムジクス・ウィーンで活躍のエーリヒ・ヘバース。メンバーはシフによれば「室内楽に長けたソリストたち」。若い人もいるけど、全体としてはベテランが多い雰囲気。トランペットはナチュラル、弦楽器は対向配置で、おもしろいのは2台のコントラバスを左右に1台ずつ分けて配置していること。まさかのコントラバス対向配置(っていうのか)。弦のヴィブラートは抑制的。ピアノは蓋を開いて、やや斜めに配置するスタイル。オーケストラ側からは蓋はじゃまだと思うんだけど、角度をつければなんとかなるということか。シフは可能なときは立ち上がって指揮。この指揮の動作がどれだけ効いているのかはなんともいえないんだけど、結果的にみんながひとつの方向を向いているという意味では抜群の求心力。オーケストラの機能性にもソロのヴィルトゥオジティにも依存せずに、今まさにそこから音楽が生まれてくる生々しさを体感させてくれる。ピアノは融通無碍、一種の語り物風というか。とくに「皇帝」のように完璧な名曲だと、すべてが整った結果、予定調和的な演奏に物足りなさを覚えることも多いんだけど、このコンビはまったく退屈させない。
●で、第1番と第5番「皇帝」が終わった後、なんと「第3部」があった。リサイタルならともかく、オーケストラでこれができるというのは常設団体にない強み。カーテンコールをくりかえした後、シフはピアノに座り、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の第2楽章が始まった。えっと、これは第2楽章だけを演奏するのか、それとも……と思ったら、期待通り、第3楽章へ突入。これで一日で5曲中2.5曲を聴けたことに。大喝采の後、さらにシフは今度はソロで、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第24番「テレーゼ」を弾いてくれた。これも第1楽章だけではなく、第2楽章も(つまりぜんぶ)弾いてくれる。拍手が鳴りやまず、オーケストラ退出後、大勢のお客さんが残ってスタンディング・オベーション、シフのソロ・カーテンコールに。終演は21時半過ぎ。満喫。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団の「英雄」「死と変容」「タンホイザー」
●7日はサントリーホールでヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団。プログラムがおもしろくて、前半にベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、後半にリヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」、ワーグナーの「タンホイザー」序曲。普通とは逆のような曲順になっている。先達アルトゥール・ニキシュが組んだプログラムの再現ということなのだが、ニキシュの狙いはどこにあったのか。ひとつには、これが「死と再生(救済)」のプログラムだからなのだろう。英雄の葬送があり、魂が浄化され、最後は救済に至る。「タンホイザー」の結末で起きるのは、教皇の杖に緑が芽吹くという奇跡だった。もうひとつはベートーヴェン自身が「英雄」に対して書き残した、「この交響曲は通常よりも長大であるため、コンサートの終わりよりも始まってすぐに演奏されるべきである。というのも、序曲やアリア、協奏曲の後で演奏されると、作品が聴衆に与える独自の効果が失われてしまうからである」という言葉も意識されているに違いない。全体として、ひとつの長篇小説を堪能したような気分。
●前半はもうひとつのりきれなかったのだが、後半のシュトラウスは白眉。「死と変容」、カッコよすぎる。洗練された芸術へと昇華された中二病というか。20代半ばの若者による傑作。というか、ほかの2曲も30代前半までに書かれているわけで、それぞれに若さとヒロイズムへの熱狂がつながっている感。
アンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮ウィーン・フィルのラフマニノフ&ストラヴィンスキー
●6日はミューザ川崎でアンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮ウィーン・フィル。今年のウィーン・フィル来日公演はティーレマンに加えて、コロンビア出身のオロスコ=エストラーダが帯同。1977年生まれ。「なかなか名前の覚えられない新星」のひとりだったのだが、ようやくこれで記憶に刻むことができた、たぶん。
●プログラムはラフマニノフのピアノ協奏曲第3番(イェフィム・ブロンフマン)とストラヴィンスキーの「春の祭典」の2曲のみ。ブロンフマンは久々。剛腕のイメージだが、ささやくような弱音で弾き始めたのが印象的。難曲を難曲と感じさせない貫禄のラフマニノフ。アンコールにショパンのノクターン第8番op27-2。絶美。偶然だが前夜のハオチェン・チャンとそっくりの展開に。
●後半の「春の祭典」は、ウィーン・フィルではなかなか聴けない貴重な機会。録音ではマゼールの演奏でかつて親しんだものだけど……。楽員も相当に世代交代しているし、率いるのは新世代の指揮者ということで、冒頭のファゴットのソロをたっぷりとソリスティックに吹かせるなど、今の「春の祭典」風である一方で、全体の音色にはやはりノーブルさや温かみがあって、マイルドな手触り。ステンレススチールの輝きではなく、木目調のぬくもりというか。もうひとつ思ったのは、ある意味で、この曲はウィーン・フィルにとって本来はオーセンティックなレパートリーでもあること。一般に彼らの伝統を体現するとされるモーツァルトやベートーヴェンは楽団創設時の伝統にはつながっても、作曲者が生きた時代の歴史的な演奏スタイルからは遠く見えるのに対し、「春の祭典」であれば自分たちが1925年にウィーン初演を果たした正真正銘のゆかりの作品であるわけだ。この曲はパリでの初演時の騒動が有名だが、オットー・ビーバ博士のプログラムノートによれば楽友協会大ホールでのウィーン初演も聴衆の抗議で音楽がかき消されるようなスキャンダルを引き起こしたのだとか。指揮のフランツ・シャルクは、翌日の演奏で「もっとも挑発的な部分」を削除して演奏したそう。シャルクは「春の祭典」にも手を入れたのかよっ!と思うと、少し楽しい。
●で、「春の祭典」だけだと後半が短いので、なにかアンコールはあるだろうと思っていたら、ヨハン・シュトラウス2世の「憂いもなく」。まさか禍々しい異教の儀式に、ご機嫌なポルカが続くとは。演奏中に楽員がワッハッハと笑うあの曲。乙女を生贄に捧げて長老と村人たちがワッハッハというブラックな展開をうっかり想像する。曲の途中にオロスコ=エストラーダが客席を向いて、手を叩かせるパフォーマンスもあり。
ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団の「新世界」
●5日は東京芸術劇場でヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団。プログラムはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ハオチェン・チャン)とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。超名曲が2曲並んだプログラムだが、アメリカのオーケストラにとっては広義の「お国もの」といえなくもない。フィラデルフィア管弦楽団はラフマニノフにとってゆかりのオーケストラでもある。
●ラフマニノフでソロを務めたのは中国出身のハオチェン・チャン。2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール優勝者、つまり辻井伸行と1位を分け合ったもうひとりの覇者。つい先日、辻井伸行はケント・ナガノ指揮ハンブルク・フィルの来日公演でリストを弾いていたわけで、たまたま同じコンクールの優勝者の協奏曲が東京で続くことに。ハオチェン・チャンのラフマニノフは鐘の音を思わせる冒頭部分から非常に入念で重厚、スケールが大きい。ブリリアントな音色による凛々しいラフマニノフ。オーケストラは以前に聴いた記憶からするとかなり上り調子のようで、弦楽器の水準など相当に高い。豊麗で輝かしくサウンドを生かした甘美な演奏でピアノに寄り添う。演奏が終わると客席がどっと沸いて、ソリスト・アンコールに磨き上げられたショパンのノクターン第2番。指揮台に座って耳を傾けるネゼ=セガン。
●後半の「新世界より」も鮮明でゴージャス。隅々まで光が照らされて、きれいに掃除された雑味のないドヴォルザークとでもいうか。クォリティの高さに対して、客席の反応は前半に比べると意外なほど冷静。あまりに予定調和的ということなのか? カーテンコールの後、ネゼ=セガンがマイクを持ってあらわれ、アンコールを台風の被災者に捧げるとして、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。長めの沈黙の後、拍手。アメリカのオーケストラではままある光景だと思うが、カーテンコールの後、退出する指揮者の背中を追うようにコンサートマスターもささっと退いて、あっさり解散。本プロが終わるやいなや弦楽器奏者たちがアンコールの譜面を開くところもそうだけど、こういった効率性に文化の違いを感じる。最適化志向のあちらと、余韻好きのこちら。饅頭にたとえると(なんでだよ!)、上質のあんこがたっぷりと詰まっていてうれしいけど、こんなに皮を薄くしなくてもいいのにって気はする。
●ネゼ=セガンの靴の裏が赤いことに気づく。足の裏がよく見える。躍動する指揮。
「秋本治の仕事術 『こち亀』作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由」(秋本治 著/集英社)
●世の中に「仕事術」を謳った本はいくらでもあるだろうが、これほど説得力のある一冊もない。なにしろ「秋本治の仕事術 『こち亀』作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由」(秋本治 著/集英社)だ。週刊少年ジャンプの「こちら葛飾区亀有公園前派出所」を40年間、全200巻に及ぶ連載を成し遂げた著者が、仕事の秘訣を語る。マンガ家ならずとも、仕事についての金言のオンパレード。特になにかを書いたり作ったりする人にとっては、深く共感する部分があったり、絶対にまねできない偉大さに圧倒されたりと、おもしろく読めるのでは。
●著者の仕事のスタイルでなにより印象的なのは、規則正しさ。「こち亀」主人公の両津勘吉のキャラ設定とはまったく違って、朝9時から19時までが勤務時間で、その間に昼食と夕食のための時間を1時間ずつとるというスタイル。アシスタントもみんな同じ時間で働いていて、タイムカードで出退勤を管理をする。残業はなるべく少なくする。休日もとる。しかも連載のストックを常に貯めておいて、急な予定にもすぐに対応できるという超優秀さ。考えてもみれば40年も週刊連載を続けられたんだから、〆切間際の火事場の馬鹿力なんて頼りにしているはずはないか。世の中、たいていの人は規則正しく働いているわけで、一見すると当たり前のことを言っているようでいて、「ネタがないと感じたことは一度もなかった」「デビューした後も苦しかった記憶はほとんどない」とさらりと書かれた一言に天才性を感じる。
●特にインパクトがあった言葉をいくつか。
「納期のサバを読まれたら それよりも早く仕上げて渡す」
これは神の領域。編集者には確実に刺さる。文字原稿でも編集者側はサバを読むものだが、それは編集者は複数の著者やプロジェクトを担当しているのに全員にギリギリで原稿を送られると進行が崩壊するから(校閲や組版がパンクする)。いろんな事情を勘案して、「本当の納期」が同じでも、著者ごとに異なる〆切を伝えたりすることもままあるはず。なのに、想定よりも早く原稿が送られてきたら……。
「無茶な仕事を振ってくる人も、その人なりの事情があるはず。別に怒るようなことではありません。相手の事情を察して受け止め、冷静に対処できるように、あらかじめこちらが余裕を持っていればいいだけなのです」
前項が神ならこちらは仏。一般に、編集者側の事情は著者側からは見えにくいもの。特に「組織の事情」みたいなものは、なかなかわからない。
「仕事をはじめる前にコーヒーを飲んで、テレビを観て、これをやって……などということはなく、とにかく座ったら描く」
もうひれ伏すしかない。自分の周囲でも仕事の早い人はみんなそんな感じ。準備運動とか儀式みたいなものがなくて、すっと本質業務から入るイメージ。
超ロングシュート2連発 ~ J2 山形vs愛媛戦
●昨シーズンからマリノスはポステコグルー監督のもとハイライン、ハイプレス、ボールキープの過激なサッカーを展開しているのだが、当初はゴールキーパーが極端に高い位置にポジションを取っていた。ボール保持時にはゴールキーパーがディフェンスラインの一員に入って最後方で組み立てに参加し、その分、両サイドバックは大胆なポジションをとれる。うーん、カッコいい、理念として。しかし戦術的なカッコよさの代償として、キーパーの飯倉(当時。ポジションを失って、今シーズン途中で神戸に移籍した)はロングシュートを狙われまくった。で、けっこう決められてしまったんである。
●さて、前節のJ2の山形vs愛媛戦で、愛媛のキーパーが高いポジションを狙われて、立て続けに2本の超ロングシュートを決められる場面があった(上掲のハイライト映像)。キーパーは岡本昌弘。最初は山形の中村駿が自陣から打った50メートル超の山なりスーパーロングシュート。そのわずか1分後、坂元達裕がやはり自陣から今度は低い弾道のスーパーロングシュート。どちらも入ってしまった。自陣から打ったシュートが1試合で2度も入った試合など、記憶にない。山形は試合前からこの狙いを選手間で共有していたと思う。
●でも、少なくとも1点目はキーパーに非はまったくない。キーパーが高い位置にいるのに、味方がパスミスでボールを奪われてノープレッシャーでシュートを打たれたら、そりゃゴールに入る。キーパーはチーム戦術に従っただけ。あの位置でボールを決して失わない、もし失ったとしても必ずだれかが即座にプレスに行けるというのがこの戦術の大前提なのだということを、まざまざと見せつけられた思い。