amazon
March 3, 2020

「完全な真空」(スタニスワフ・レム著/河出文庫)

●信じがたくナンセンスな状況はしばしばひきつった笑いをもたらすもの。そんなときに「ああ、これってレム的な状況だな」と感じることがある。スタニスワフ・レムだったら、こんな状況を嬉々として小説に書くに違いない、と思えるような不条理。
●そのレムの著作のなかでもひときわ異彩を放っているのが架空の書物に対する書評集「完全な真空」(河出文庫)。以前、国書刊行会から出ていたものが文庫化された。念入りな書評がずらりと並んでいるが、どれもその対象となる本は実在しない。同じレムによる架空の書物に対する序文集「虚数」と対をなすメタフィクション。
●前から順番に読んでいく必要もないので、ちらちらと読書と読書の合間に思いついた章を眺めるくらいの読み方をしている。賢すぎる人の笑えないギャグもあれば、あれ?こんな素直に笑えるネタもあったんだという驚きもある。たとえば「生の不可能性について/予知の不可能性について」なんて、昭和の漫才あるいはコントと一脈通じるような可笑しさ。全般に激しく饒舌。レムといえば、先頃藤倉大がオペラ化してクラシック音楽界にも浸透した(かもしれない)名作「ソラリス」があるわけだが、あの原作のなかで必要以上に詳細に論じられる「ソラリス学」についての記述と、ノリとしては似た一冊。あとは小説の没ネタを架空書評化したものもあるんじゃないかなーと想像。
●訳者の沼野充義氏が文庫用に新たに解説を書いてくれていて、これが今読むべきレムへのガイドとして最高。このなかの一部はオペラ「ソラリス」上演前に東京芸術劇場で開かれた沼野充義&藤倉大対談の際にも語られているのだが、故郷の町がナチス・ドイツに占領され、町の帰属がポーランド、ドイツ、ロシアへと変遷していったことがレムの世界観の形成に大きく影響しているといった指摘には納得するほかない。