●ウィルス禍で公開延期となっていたパヴァロッティのドキュメンタリー映画「パヴァロッティ 太陽のテノール」が、9月4日(金)からTOHOシネマズ シャンテほかで全国公開されることになった。監督は「アポロ13」「ダ・ヴィンチ・コード」「ビューティフル・マインド」他で知られるロン・ハワード。音楽ドキュメンタリーでは珍しい大物監督による作品だが、中身は正攻法。パヴァロッティはなんといっても声の魅力が圧倒的で、それだけでも最高のテノールだが、加えて人間的な魅力が並外れている。ドキュメンタリー映画の題材にはうってつけ。公開に先駆けてプレス試写を拝見。
●パヴァロッティには、マネージャーだったハーバート・ブレスリンによるめっぽうおもしろい暴露本「王様と私」があるが、あちらがダークサイド寄りだとすれば、この映画は主にパヴァロッティのライトサイドに光を当てている。パヴァロッティの最初の奥さんとその娘さん、愛人だったマデリン・レネ、ふたりめの奥さん、みんな登場して、生前のパヴァロッティについて率直に語る。またパヴァロッティ本人のインタビュー映像(テレビ番組などに出演した際のものらしい)もふんだんに使われている。
●娘さんがパヴァロッティについて「自身と共通点を感じ取っていた役柄はネモリーノ」という話には納得。「愛の妙薬」に登場する純朴な農夫。本人は根っからの善人で、オペラ界でスター歌手になるところまではハッピーだったはず。しかしそこに留まらなかったのがパヴァロッティ。オペラの世界を超えて、ビジネスの世界でビッグスターになってしまったところから、だんだんハッピーに生きることの難しさがにじみ出てくる。ネモリーノも遺産を相続した途端にモテモテになったわけだが……。娘さんの「父は録音で自分の声を聴くのを怖がっていた」という話も興味深い。世界中の人たちが夢中で聴いていたのに!
●マネージャーのハーバート・ブレスリンも出てきて証言する。「レコード会社がパヴァロッティに言った。あなたは善人だから、最高に嫌な人間を雇う必要がある」。それがブレスリンとパヴァロッティの出会い。
●あとパヴァロッティの言葉で含蓄があると思ったのは、「オペラでは偽物が舞台の上で少しずつ本物になる」。実際にはパヴァロッティはどんな衣装を着てなんの役を歌っていても「パヴァロッティ本人」にしか見えなかったことと合わせて考えると味わい深い。
August 6, 2020