November 19, 2020

新国立劇場「アルマゲドンの夢」

新国立劇場「アルマゲドンの夢」
●18日は新国立劇場で藤倉大作曲の新作オペラ「アルマゲドンの夢」。西村朗「紫苑物語」に続く、大野和士芸術監督による日本人作曲家への新作委嘱シリーズ第2弾。台本はハリー・ロス、演出はリディア・シュタイアー。原作はSFの祖、H.G.ウェルズによる短篇小説(既訳邦題は「世界最終戦争の夢」)。13日のゲネプロ・レポートをONTOMOに書いたので、一通りのご紹介はそちらをご覧いただくとして、以下は本番を観て思ったことを列挙。なにしろ新作、しかも情報量の多い舞台なので、やはり2回目があると格段に親しめる。
●まず、ウェルズの原作なんだけど、事前に読んでおく必要があるかないかといえば、ないと思う。むしろ事後に読むとおもしろいかも。オペラ化にあたって、新しいアイディアがふんだんに盛り込まれているし、原作から削った要素も大きいので、ウェルズを念頭に見るとかえって混乱しかねない。でも、原作を読めばさらに楽しめるのもまちがいないところで、そのあたりは「ボエーム」とか「マノン・レスコー」のような名作オペラと同じ。
●いちばんオペラと原作と大きく違うのは、主人公とヒロインの立ち位置。原作での主人公は、政治の表舞台から退いて恋人との愛に生きる男であって、無責任にのほほんと過ごしているうちに、かつて自分の配下にいた男が独裁者となって、強権的な全体主義国家を築く。オペラでは、主人公はもっと普通の男。台本のハリー・ロス言うところの「行動を起こさず、現実逃避をして生活している」「リベラルなエリート」が投影されている。一方原作では名前もなかったヒロインは、エリート政治家の娘であり、行動する女性。
●このオペラは通勤電車のシーンから始まるわけだけど、電車の音とか「軍靴の足音」みたいなものとかシュプレヒコールとか、わりと反復的というか律動的なモチーフがたくさんある。藤倉大のオペラといえば、以前に東京芸術劇場でレム原作の「ソラリス」が演奏会形式で上演されたけど、ソラリスの海や宇宙船内の密室に比べると、「アルマゲドンの夢」は音楽が具体的な情景と結びつきやすい。そして、思った以上にユーモアの要素がある。あと、無伴奏の合唱ではじまる。合唱が陰の主役。電車オペラでもあり合唱オペラでもある。
●台本は英語なんだけど、日本語字幕は作曲者と台本作家の監修を受けたもの。となると、これ以外の日本語字幕はない。新国立劇場は英語字幕も出る。平易な言葉を使うというポリシーははっきりしている。だから日本語字幕の言葉も平易。
●で、これって政治オペラでもあるんすよね。藤倉作品としては意外というか、台本のハリー・ロスの視点ではあるんだろうけど、原作にない政治性を帯びている。実はゲネプロを観たときは、ハリー・ロスがどこに焦点を当てているのか、いまひとつピンと来なかった。というのも、問題意識の所在が少し違うみたいなので。これは長くなる話だから簡潔に言うと、ハリー・ロスはジョンソン=悪を自明とする側から描いているけど、今わたしたちが目にしているのは、ジョンソン的な指導者のほうが実は国民は豊かで健康的で幸福な暮らしを享受できるのではないかという価値観の台頭であり、そこに現実の裏付けがないと言い切れない難しさがあるということ。
●休憩なしで100分。将来的にレパートリー化されれば、ダブルビルも可能かもしれない。たとえばもう一本は、現実と虚構つながりで「道化師」とか。あるいは疎外された個人つながりで「青ひげ公の城」とか。

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