●26日は彩の国さいたま芸術劇場へ。昨年5月から延期された藤田真央ピアノ・リサイタル。客席は空席を置かずに販売され、ほぼ埋まっていた。客席の女子率高し。プログラムがすばらしい。前半にモーツァルトのピアノ・ソナタ第6番ニ長調「デュルニツ」と同第14番ハ短調、後半にブラームスの2つのラプソディとリヒャルト・シュトラウスのピアノ・ソナタ ロ短調作品5。シュトラウスが16歳で書いた初期作品がメイン・プログラムというリサイタル。この曲、かつてはグールドがレコーディングした珍曲みたいな感じだったけど、こうして真正面から取り上げられるようになるとは。後半のブラームスの2つのラプソディとシュトラウスのピアノ・ソナタという流れにグールド味もうっすら漂うが、たぶんそれは関係なくて、両者がほぼ同時期に書かれたという繋がりか。
●シュトラウスのソナタが期待をはるかに上回るすばらしさ。完全に手の内に入った演奏で、ワーグナーがいなかったロマン派ドイツ音楽のパラレルワールドから生まれてきたかのような堂々たる4楽章制ソナタを満喫。第1楽章はベートーヴェン~ブラームスの系譜に連なる堂々たるアレグロ。第2楽章の瞑想的なアンダンテ・カンタービレはこの日の白眉。第3楽章のスケルツォはメンデルスゾーン風の妖精たちの跳梁。第4楽章はシューベルトを思わせる決然とした歌謡風主題で始まるも、やがて一段スケールの大きな楽想が展開され、後のシュトラウスを予感させる陶酔的な高揚感に満たされる。これが16歳の曲というのも驚きながら、いったいここからなにをどうやったら「ドン・ファン」「サロメ」「ばらの騎士」へと道がつながるのか。魔人だ。
●これだけでも満足だったのだが、まだ時間が早めということもあってか、アンコールあり。モーツァルトのピアノ・ソナタ第5番ト長調の第1楽章を快速テンポで。アンコールでソナタの第1楽章を聴ける、しかも提示部のリピートもやってくれて得した気分だなあと思っていたら、ほぼアタッカで第2楽章を弾き始めて、なんとそのまま第3楽章まで丸々演奏してくれた。こういうインスピレーションに富んだタイプの曲は彼にぴったり。で、相当変わっているのがアンコールの後で、マイクを持って漫談が始まった。もうアンコールは弾いたからお話だけですよとあらかじめ断って、自分が埼玉県民であるという地元トークが始まった。子供時代に受けた県のコンクールの思い出、このホールの客席でいろんなピアニストを聴いてきたこと、ペライアの公演でトークがあって見た目と違って声が甲高くてぴっくりしたことなど、独特の語り口による真央節炸裂で客席大ウケ。アンコールの前ならともかく、弾いた後にトークだけして終わる人は珍しい。でもこの客席の心をつかむ術はすごく大切。みんなが応援したくなる。
●彩の国さいたま芸術劇場に足を運んだのはすごく久しぶりだったんだけど、途中、武蔵浦和駅でホルストの「木星」が駅メロになっていることを知る。有名な中間部ではなく、冒頭のカッコいい部分。武蔵浦和とホルストの間になにかご縁があるんだろうか。
March 1, 2021