●当初は「今回はイマイチ、観る気になれないなあ」などと思っていたが、決勝トーナメントに入ったらがぜんおもしろくなってきた、EURO2020。正直、スタジアムの盛り上がりにも影響されている。試合を作るのはファン。そして、案の定、ファンたちの間で感染が広がったというニュースが。これから同様のニュースが続くかも。
●で、本日もこれから観る人のために当日分の結果バレを避け、昨日分の試合について書く。まずはクロアチア対スペイン。忘れている人も多いと思うが、クロアチアは前回ワールドカップ準優勝。中心選手のモドリッチは健在。司令塔でもあり、精神的支柱でもある。対するスペインは最強国の一角。お互いに超ハイレベルなボール回しで、パススピードが速い。ところが、そんなスペインのバックパスにキーパーのウナイ・シモンがまさかのトラップミス、そのままボールがゴールに吸い込まれた。信じられない光景だが、このオウンゴールでクロアチアが先制。しかし、これに動揺しないのがスペイン。怒涛の波状攻撃から前半の内にサラビアが同点ゴール。後半に入ると左サイドからのクロスにアスピリクエタが頭で合わせて逆転。さらにフェラン・トーレスが3点目を決めて、2点差を付けてしまう。
●これで決まりと思いきや、クロアチアは魂のフットボールで85分にオルシッチが1点を返し、終了直前の92分、左からのクロスボールにパシャリッチが頭で合わせてまさかの同点弾。3対3で延長戦に入った。延長戦は選手間の距離が開き、「走ったほうが勝ち」というほとんどノーガードの打ち合いに。クロアチアは90分の同点劇ですでにパワーを使い果たしていたか、スペインのモラタ、オヤルサバルがゴールを決めて突き放した。クロアチア 3-5 スペイン。
●スペインは一頃すばやいショートパスでボールを保持する「ティキタカ」で一時代を築いたが、もはやその時代は終わったと改めて痛感。魅せる「ティキタカ」がやがて目に余る「守備のためのボールポゼッション」に変貌し、その後、ふたたびダイナミズムを取り戻してバランスのとれたチームになっている。そして、欧州の同質化も感じる。強いチームはみんなよく似ている、というか。結果的に、サイドからの高速クロスやディフェンスラインの裏を狙う縦パスなど、ごくシンプルな攻撃の優位性を感じる。
●もう一試合、フランス対スイスはハイライトしか観れなかったが、こちらも壮絶な展開で3対3。2点リードされていたスイスが、81分と90分のゴールで追いついた。延長戦でも決着がつかず、PK戦によりスイスが勝ち抜け。PK戦ではフランスの5人目、エースのムバッペただひとりが外してしまう。ちなみにPK戦は統計上、先攻が圧倒的に有利であり(60%の勝率)、先攻のスイスが順当にPK戦を制したともいえる。
2021年6月アーカイブ
2試合で計14ゴール EURO2020 ラウンド16 クロアチアvsスペイン、フランスvsスイス
狂熱のスタジアム EURO2020 ラウンド16 オランダvsチェコ、イタリアvsオーストリア
●上の動画はハンガリーで開催されたEURO2020 オランダ対チェコの一戦。見てほしい、この満員のスタジアムの熱狂を。プスカシュ・アレーナの6万席が解放され、客席を埋め尽くしたファンたちはウィルス禍以前とまったく同じスタイルで大声をあげて観戦している。マスク姿は見当たらない(上半身裸の男たちならたくさんいる)。今大会は11か国で分散開催されているが、感染対策は各都市に任されているようで、ハンガリーがいちばんフリーダム。物事にはいろいろな考え方がある。
●以下、本日分の試合結果バレなしで、昨日までの試合を軽く振り返っておく。ラウンド16、オランダ対チェコ戦は気温31℃での試合。暑すぎる。個の力量で勝るオランダだが、前半はお互いにチャンスの乏しい膠着した展開に。後半、オランダのデ・リフトがゴール前の守備で相手と競り合った際に、倒れながら手でボールを動かしてしまう。VARチェックの結果、故意に手を使って決定機を防いだと判断されてレッドカード。VARがなければ主審はなかなかレッドを出せない場面だろうが、妥当な判断ではあった。これで数的優位となったチェコは、セットプレイからホレシュが決めて先制。さらに今大会のスター候補、シックが追加点を奪ってチェコが勝利。オランダは全体に体が重そうで、競り合いでの迫力ももうひとつ。オランダ 0-2 チェコ。
●同じくラウンド16で、イタリア対オーストリア。音楽界とは異なりサッカー界では影の薄いオーストリアだが、優勝候補イタリアと堂々と渡り合った。オーストリアの大男たちは体格で相手を上回る。しかしハイボールで勝負するのではなく、果敢にパスを回して地上戦を挑む。細かい足技に頼らず、シンプルな中短距離のパスをテンポよく回すスタイル。ただ、キーパーとディフェンスラインのパス回しにハラハラすることもしばしば。後半、オーストリアが先制ゴールを決めたかと思ったが、VARでオフサイド。Jリーグでもそうだが、VAR前提の「オフサイドディレイ」がややこしい。現代サッカーの新たな光景。一進一退が続き、スコアレスのまま延長戦に。ここでイタリアが勝負強さを発揮して交代出場のキエーザが先制ゴール。続いて同じく交代出場のペッシーナが追加点。イタリアはベンチメンバーも含めて全員で戦っている。決勝までの道筋が見えているかのよう。オーストリアはコーナーキックからカライジッチが1点を返した。敗れたものの、もはやアウトサイダーではない。見ごたえのあるゲーム。イタリア 2-1 オーストリア。
DSH ヘーデンボルク・トリオ ベートーヴェン&ブラームス Ⅰ サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン
●26日はサントリーホール チェンバーミュージック・ガーデンでヘーデンボルク・トリオ。新型コロナウイルス感染症による入国制限措置の影響で、当初の6月20日から26日に変更になった。デジタルサントリーホール(DSH)によるライブ配信で観た(オンデマンドあり)。ヘーデンボルク・トリオは、ヴァイオリンのヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク、チェロのベルンハルト・直樹・ヘーデンボルク、ピアノのユリアン・洋・ヘーデンボルクの三兄弟によるピアノ・トリオ。長男の和樹と次男の直樹はウィーン・フィルのメンバーとしてもおなじみ。
●プログラムはベートーヴェンのピアノ三重奏曲第4番「街の歌」、ブラームスのピアノ三重奏曲第3番ハ短調と同第2番ハ長調。ベートーヴェンとブラームスという中核的なレパートリーを並べてはいるのだが、直線的に熱く盛り上がるような曲はなく、むしろ軽やかさだったり達観が前面に出ているという少し枯れたプログラム。深くしみじみとした味わいを残す。特に最後のブラームスの寂寥感はなんともいえない。終楽章の喜びと虚無感が入り混じった複雑な表情など絶品だった。3人の音色は常にひとつにきれいに溶け合って、潤いのあるみずみずしい響きを作り出す。
●最後にチェロのベルンハルト・直樹から完璧な日本語でアンコールの案内。サン=サーンスの「白鳥」をカール・リスランド編曲のピアノ・トリオ版で。アンコールにふさわしい優美さと健やかさ。
観客6万人 EURO2020 グループリーグを振り返って
●まるでウイルス禍などなかったかのように盛り上がるEURO2020。客席制限は会場ごとに違っているようだが、強烈なのはハンガリー。6万人をフルに入れている。そこには政治的な理由も透けて見えるわけだが、それはともかく、各チーム3試合を戦ってグループリーグを終えた感想を一言でいうならば、ずばり「拍子抜け」。第2戦までは波乱の予感があった。ドイツはどうなる? スペインはどうした? ところが終わってみると、ほぼ予定調和的に残るチームが残った。
●これは大会方式のせいでもある。全24チームが参加して、決勝トーナメントに進むのは16チーム。つまり、わずか8チームを落とすために、36試合ものグループリーグを戦っているわけだ。かつてのワールドカップ(フランス大会以前)と同じ方式。いちばん厳しいといわれたグループFだが、4か国の内、フランス、ドイツ、ポルトガルが決勝トーナメントに進み、ハンガリーが落ちた。そりゃそうだね……。番狂わせがあればおもしろいというものではないが、3位でも勝点次第で先に進める方式は、今となってはスリルを欠く。
●ともあれ、決勝トーナメントになれば一発勝負、ぐっとヒリヒリした展開になるはず。ラウンド16の大一番はイングランドvsドイツか。決勝戦はイングランド対イタリア対を期待。聖地ウェンブリーで決勝を迎えるイングランドと、無敗記録を続けるイタリアというのが最高に盛り上がる組合せでは。
●久々に各国の人口あたり新規感染者数の7日移動平均を見る。多くの欧州の国は日本と同水準まで落ち着いているが、なぜかイギリスは急カーブを描いて上昇中。ワクチン接種率で先行するイギリスだが、それでも2回目接種完了率は47%。ウェンブリーでの決勝と準決勝には6万人以上の観客を入れるとしている(要陰性証明書または14日前までの2回目ワクチン接種完了)。陰性証明書というのはなんとも頼りない気がするのだが、はたして。
モデルナとヘミングウェイ
●急遽、自衛隊大規模接種センターで新型コロナワクチンの1回目を打ってきた。前日に出たキャンセル分を予約できたため。場所は大手町。ワクチンは自治体で打つとファイザーだが、自衛隊で打つとモデルナになるので、2回目もまた大手町に行くことになる。当初、65歳以上のみに対象者を限定していたため、自衛隊大規模接種センターはガラガラだと報道されていた。無理もない話で、高齢者ならわざわざ電車を乗り継いで大手町に行くよりも、近所のクリニックで打ちたいと考えるのが普通だろう。大手町はビジネスマンの街だ。そこで接種対象を18歳以上に拡大したところ、すぐに予約枠が埋まったようだ。自治体から接種券が送られてきたので、ためしに自衛隊大規模接種センターで打てないかと予約サイトにアクセスしたが、すでに空きがない。だれかがキャンセルをした場合のみ、即時的に空きが出るのだが、出たと思ったらすぐに埋まる。キャンセル分を巡って(毎度おなじみの)「チケ取り」がくりひろげられている様相だ。
●うーん。まもなく地元自治体で予約が開始される。わざわざ大手町まで出かけることはないか……。と、思いつつも、つい「チケ取り」の習慣から、予約カレンダーのページを開き、ブラウザでリロードをくりかえしてしまう。じっと待っていると、ときどきキャンセルが出るのがわかる。あ、出た。そこで慌ててクリックしても、反応速度が遅いのか、もうなくなっている。まるで釣りみたいだな。釣り糸を垂らして、キャンセルを待つ釣り人。
●たまたま前夜、ワタシはヘミングウェイの「老人と海」(小川高義訳/光文社古典新訳文庫)を読んでいた。この翻訳は本当にすばらしい。文体が簡潔で自然で、ほどよくマッチョで、老いた漁師サンチャゴに全面的に共感できる。サンチャゴはずっと不漁が続いていたが、それでも日々ひとりでメキシコ湾の沖へと向かう。ワクチンの予約サイトを眺めながら、ワタシはすっかり気分がサンチャゴになっていた。あちらでマグロ、こちらでシイラがひっかかるが、いざ引き上げようとするとスルリと逃げられてしまう。漁師に必要なのは忍耐なのか、技術なのか。サンチャゴは「八十四日間、一匹も釣れていなかった」。それでも「目の色だけは海の色と変わらない」。ワタシは的を翌日の日付だけに絞って、リロードをくりかえすことにした。決め打ちでひとつのURLに集中してリロードするのだ。なんどか獲物が引っかかるが、最後のワンクリックの段階で逃げられる。サンチャゴにもう全盛期の反応スピードはない。このあたりで引き上げるか。なにもカルロス・クライバーやワールドカップのチケットを取っているのではない。近所で打てばいいではないか。そう思いながら無意識にリロードした瞬間、空きが出た。サンチャゴはロープを全力でたぐり寄せた。クリック、クリック、クリック……。大きなカジキだ! ついに獲物を引き上げた。翌日11時30分のカジキを予約した。
●自衛隊東京大規模接種センターのオペレーションはこれ以上ないというほど整理されており、無駄なく、スムーズだった。モデルナはファイザーより2回目までの接種間隔が長い。免疫ができるのはオリンピックより後になるようだ。
東京国立近代美術館 MOMATコレクション 特別編 ニッポンの名作130年
●ウイルス禍以降、何度も足を運んでいる東京国立近代美術館。企画展もさることながら、ここは所蔵作品展がすばらしく、しかも空いていて、最高にぜいたくかつ快適な空間になっている。同じ絵を何度も眺められるのが吉。そして4階の休憩スペース「眺めのよい部屋」は、一枚の絵も飾ってないが、まっさきに行きたくなる場所。休憩上等。現在の所蔵作品展は、MOMATコレクション特別編「ニッポンの名作130年」。
●白髪一雄の「天慧星拚命三郎(水滸伝豪傑の内)」(1964)はすさまじい迫力。昨年の東京オペラシティアートギャラリー「白髪一雄 a retrospective」を思い出す。足で直接描く「フット・ペインティング」がもたらすダイナミズムは、写真では伝わらない。塗りつけられた大量の絵の具がうねっている。
●新収蔵作品に森村泰昌「Brothers (A Late Autumn Prayer)」(1991)。ミレーの「晩鐘」がもとになっているが、農具ではなく武器があり、銃があり、背景にはキノコ雲が見える。
●1室から12室まで、かなりのボリューム感。気に入った部屋だけを選んで巡るのもいい。
羨望と困惑 EURO2020 グループA 第3戦 イタリアvsウェールズ
●いったいヨーロッパの熱狂するスタジアムに対して、ワタシらはどんな態度をとればよいのだろうか。絶対的な真実がひとつある。サッカーは(そしてコンサートやオペラも)、お客がいるから成立する。たとえ客席数を制限していても、ゼロとは本質的になにかが違う。今回のEURO2020、妙に羨望と困惑を感じてしまい、ここまで無視していたが、グループリーグ第3戦を迎えたところでたまらず試合を観てしまった。イタリアvsウェールズ。WOWOWオンラインで配信中。
●会場はローマ。今大会から各国分散開催なので、ホームの優位を多くの国で分け合うことになる。気温は29℃、暑い。客席は疎らのはずだが、歓声が盛んに飛び、祝祭的な雰囲気に満たされている。グループリーグ3戦目でイタリアは勝点6ですでに決勝トーナメント進出を決めている。ウェールズは勝点4。同時開催のスイスvsトルコ戦にもよるが、3位でも勝ち抜ける可能性があるため、ウェールズは大差で負けなければ大丈夫なんじゃないかな、という状況。なんなら0対0の談合試合で終わらせても両者ハッピーだ。イタリアは主力を休ませて控え組中心の布陣。ウェールズは4バックから3バックに変更し、基本的にはブロックを敷いて守る姿勢。ほとんどの時間帯でイタリアが主導権を握る。
●39分、イタリアはフリーキックからペッシーナがうまくボールをすらして先制ゴール。55分、ウェールズのアンパドゥが危険なタックルで一発退場。こうなるとウェールズはこれ以上失点したくない(勝点より得失点差が問題になる)。あとはイタリアは快適なクルージングを続けるのみ。一度、ウェールズはベイルにビッグチャンスが訪れたが、決められず。終盤にスイスvsトルコ戦の経過が選手にも伝わったようで、ボールを回すだけの展開になって、イタリア 1対0 ウェールズで試合終了。イタリアが1位、ウェールズが2位で両者めでたくグループリーグを通過した。
●今のイタリアには時代を代表するようなスーパースターは見当たらないが、代表チームはめっぽう強くて、なんとこれで30試合負けなし。すごすぎる。監督はマンチーニ。控え選手中心でも、モチベーションが高く、3戦全勝で勝ち抜こうという強い意志が感じられた。まさにチーム一丸。フォワードにキエーザという選手がいるのだが、彼はかつての名プレイヤー、エンリコ・キエーザの息子なのだとか。最初、お父さんのほうを思い出して「?」となってしまったが、息子だったとは。やれやれ。
尾高忠明指揮東京フィル&上原彩子のラフマニノフ
●18日はサントリーホールで尾高忠明指揮東京フィル。ラフマニノフ・プログラムで「パガニーニの主題による狂詩曲」(上原彩子)と交響曲第2番。同一プログラムをオペラシティ、サントリーホール、オーチャードホールと3日間にわたって開く東フィル方式で、その2日目にあたる公演。前半の「パガニーニの主題による狂詩曲」はソリストによる造形美とエモーションのバランスが絶妙。この曲は有名な第18変奏の後が楽しいと思う。アンコールはやはりラフマニノフで、10の前奏曲Op.23-4。後半の交響曲第2番はマエストロの十八番。東フィルの明るく輝かしいサウンドで築かれた壮麗なスペクタクル。といっても、ロシア的な濃厚さや汗だくのロマンティシズムとは一味違う、ノーブルで成熟したラフマニノフ。梅雨の湿気を吹き飛ばすかのよう。
●たまたまだけど、この週は3回、サントリーホールに通うことになった。この日の東京はまだ緊急事態宣言中だったが、6月20日で解除されることに。ただし、東京の新規陽性者数の7日間移動平均を見ると、6月15日に底を打って、また増加に転じているようにも見える。遠からず、次の緊急事態宣言があるのかも。
わきあがるヨーロッパ選手権、ボスに逃げられたマリノス
●ところで、すでに開幕しているんである、4年に1度のEURO2020(ヨーロッパ選手権)が。一年遅れの開催。いつもだったらテレビの前に釘付けになるところだが、今大会はまだ一試合も観戦していない。なにしろしばらくヨーロッパのサッカーから心が離れている。いくら競技水準が高くても、無観客の静かなスタジアムでは練習試合を見ているようで味気ない……と思っていたのだが! なんと、観客が入っている! しかも大騒ぎしている! 一瞬、わが目を疑うが、上記の映像のように、ウイルス禍の鬱憤を晴らすようにスタジアムは盛り上がっている。もちろん、客席数の制限はあるのだが、みんなマスクもディスタンスも気にせずに、叫んだり飛び上がったりしている。マジっすか。早くWOWOWを契約したほうがいいのか?
●これまでの方式とは違って、今回のEURO2020からは11都市で分散開催されている。唯一ダブリンだけが開催を断念したが、ロンドン、セビージャ、ミュンヘン、ローマ、アムステルダム、グラスゴー、コペンハーゲン、ブタペスト、ブカレスト、バクー(アゼルバイジャン)、サンクトペテルブルクで開催中。いずれオリンピックもこういう方式になるのではないかと思っているのだが、それはともかく、観客収容率や感染対策などは都市ごとにまちまちなのだとか。まあ、ずいぶんと開放的な雰囲気になっている。ワクチン接種率がある程度高まってくると、こうなるのは必然か。遠からず、日本もそうなる?
●一方、足元に目を向けると、マリノスはポステコグルー監督に逃げられるわ、天皇杯で実業団チームのHonda FCにPK戦で敗れるわ、ルヴァンカップで敗退するわと、踏んだり蹴ったりのように見える、かもしれない。だが、ここは負け惜しみではなく、はっきり断言したいのだが、ポステコグルー監督が正しい選択をしたことを祝したい。マリノスで思いのほか早く優勝を果たした後、次のステップに進むというよりはひとつのサイクルが終わるような予感があったので、これからのことを考えると別々の道を歩んだほうがお互いのためだと思っていた(なんだ、その別れ話みたいな言い方は)。
●そして、なによりポステコグルー監督はスコットランドのセルティックから監督のオファーを受けた。これはアジアの名将が欧州に進出するためのほとんど唯一の正解ルートだと思う。こんな千載一遇のチャンスを逃せるわけがない。なんどか書いているが、ポステコグルー監督の超攻撃的サッカーは個の力が相手と同等かそれ以上であって初めて機能する戦術。足りないポジションには新たにタレントを買う「お金を溶かす戦術」でもある。欧州のビッグクラブではポステコグルー戦術は機能するかもしれないけど、いきなりそんなオファーが来るわけない。でも中位や下位のチームであの戦術はカウンターの餌食になるだけ。その点、セルティックのような「ローカルなビッグクラブ」という立ち位置は理想的だ。リーグ内ではほぼすべての相手にポゼッションで上回れるはず。しかもよく知っているJリーグやオーストラリアの選手を連れてきて、活躍させることもできる、スコットランドなら。実際、セルチックにはかつて中村俊輔というレジェンドがいたわけで。ポステコグルーはここで旋風を巻き起こした後、5大リーグの上位クラブに移るのが理想的なシナリオだと思う。
パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団のペルト、シベリウス、ニールセン
●16日は前夜に続いてサントリーホールへ。本当に久しぶりのパーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団。このコンビの共演はヨーロッパ・ツアー以来、1年3か月ぶりなのだそう。こんなに長くシェフ不在の時期が続いていたのかと改めて知る。自分が聴いたのはツアー出発前の2020年2月以来。すごく昔の出来事のような気がする。14日間の隔離期間を乗り越えてようやく来日が実現。パーヴォが袖から一歩踏み出した瞬間に熱烈な拍手がわいた。
●プログラムはペルトの「スンマ」(弦楽合奏版)、シベリウスのヴァイオリン協奏曲(青木尚佳)、ニールセン(ニルセン)の交響曲第4番「不滅」の北欧プロ。客席の興奮を鎮めるように静謐な「スンマ」ではじまったのが印象的。シベリウスで独奏を務めた青木尚佳は今年1月よりミュンヘン・フィルのコンサートマスターに就任。管弦楽の分厚い響きに埋もれることなく輝かしい美音を客席まで届ける。オーケストラと一体となった端整なシベリウス。アンコールにイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番より第3楽章。後半の「不滅」はパーヴォの本領発揮。久々の共演であっても、切り込み鋭く鮮やかなパーヴォ・サウンドは健在だった。推進力あふれる演奏から、作品の崇高さが浮き上がってくる。聴くたびに感じることだけど、この曲のもたらす高揚感は尋常ではない。左右のティンパニバトルは大きな見せ場。ゲストティンパニ奏者に元読響の菅原淳さん。ティンパニの一撃ごとに空気が一段と引きしまるかのよう。エネルギッシュなフィナーレの後、一瞬の余韻を待って客席から盛大な拍手。パーヴォのソロ・カーテンコールあり。N響は2022年9月よりファビオ・ルイージを首席指揮者に迎えるので、パーヴォはすでに去ることが決まっている人でもあるわけだけど、やはり客席の反応は熱かった。
●今シーズンは定期演奏会が休止扱いだったので、N響の客層は相当変わったと感じる(目に見えて若くなった)。9月からの来シーズンはどうなるのだろう。
セバスティアン・ヴァイグレ指揮読響のブラームス他
●15日はサントリーホールでセバスティアン・ヴァイグレ指揮読響。前回日本に長期滞在して読響との結びつきを一段と深めたヴァイグレが、またも14日間の隔離措置を経て登場。すでに7月公演の指揮者がヴァイグレに変更されると発表されており、今回もヴァイグレは日本に長期滞在することになるわけで、頭が下がる。プログラムは「名曲シリーズ」にふさわしい序曲、協奏曲、交響曲の三本立て。ヴェルディの「運命の力」序曲、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(アラベラ・美歩・シュタインバッハーの独奏)、ブラームスの交響曲第1番。指揮者とソリストがそろって来日できた。
●後半のブラームスが圧巻。オーケストラの響きが格段に緊密になり、堂々たる本格派のブラームスに。しかし、サウンドは澄明で、決して重苦しくならなず、むしろ流麗なほど。第1楽章リピートありは吉。特に第2楽章以降、作品に自然賛歌の要素を普段以上に強く感じる。ホルン、独奏ヴァイオリン(新コンサートマスター林悠介)など、ソロも聴きごたえあり。おしまいの高揚感あふれるコーダの後、客席は間髪入れずに拍手したい派と一呼吸置きたい派に見事に分かれた。すぐに帰る人々も少なからずいる一方、立ち上がって熱心に拍手を続ける人も多く、ヴァイグレのソロ・カーテンコールに。感慨深そうなヴァイグレ。だんだん客席の雰囲気が日常に戻りつつあると実感する。
「レス」(アンドリュー・ショーン・グリア著/上岡伸雄訳/早川書房)
●例の早川書房の夏のKindle本セールでゲットした「レス」(アンドリュー・ショーン・グリア)を読了。一昨年刊行されたときに気になりつつもタイミングを逸していたのだが、これは傑作。軽いタッチと読後感のよさが吉。主人公は50歳を目前とする作家アーサー・レス。ゲイである。元恋人から結婚式の招待状が届き、どういう口実で断ろうかと思案する。そこで式の当日に国外にいられるように、海外から招かれた仕事を引き受けまくり、ニューヨーク、ベルリン、パリ、モロッコ、京都を巡る旅へと出発する。元恋人との思い出に引きずられながら。ダメ男小説でもありゲイ小説でもあるのだが、間口は広い。ピュリッツァー賞文学部門受賞作。
●このレスという名前の主人公、客観的に見ればなかなかの作家なのだが、その名の通り、どこに行こうがなにをやろうが、どこかしら自分の欠如を感じずにはいられない人物像で、「パッとしない」感じが共感を呼ぶ。それぞれの旅先で起きる出来事はやたら可笑しく、そしてしみじみとさせる。語り口の饒舌さは大きな魅力。旅のなかで主人公は行き詰っていた最新作の解決策を見出し、これを書きあげる。
●ひとつ仕掛けがあって、ふつうに三人称の小説だと思って読んでいると、途中で「私」が出てきてギクッとなる。えっ、この「私」ってだれよ? 「叙述トリック」というようなものではないが、最後まで読めば意味はわかる。このあたりも巧緻。
ニッポンvsセルビア代表 国際親善試合
●W杯2次予選の合間に組まれたニッポンvsセルビア代表の親善試合が神戸で無観客開催。これは貴重な機会。いろいろな事情があってニッポン代表は欧州のチームとの対戦機会をほぼ失っていたのだが、現在、ヨーロッパは4年に一度の欧州選手権、EURO2020(一年延期された)を開催中。そこで、ニッポンはEUROの出場権を逃したセルビア代表と対戦できることに。セルビアはあのストイコヴィッチが率いる強豪。もっとも、EURO2020に参加していない選手にとってはシーズンオフでもあるわけで、中心選手は来日できず。それは仕方のないこと。むしろ来日した選手たちのコンディションがもうひとつで、後半の失速ぶりが気になった。
●ニッポンは主力組が先発。GK:権田-DF:室屋(→山根視来)、植田、谷口彰悟、長友(→小川諒也)-MF:守田英正、橋本拳人(→川辺駿)-伊東(→浅野)、鎌田、南野(→)-FW:古橋亨梧(→オナイウ阿道)。大迫不在のトップにスピードのある古橋を起用したのが目をひく。キーパーはほかに川島、シュミット・ダニエル、中村航輔もいるのだが、第一選択肢は権田なのか。試合はおおむねニッポンがボールを持ち、セルビアがブロックを敷いて守る形に。前半は突破口を見出せずスコアレスに終わったが、後半3分、鎌田のコーナーキックからニアで谷口が頭でそらして、ファーに走り込んだ伊東が豪快に蹴り込んでゴール。1-0。その後、攻勢を強めていくつもチャンスを作り出すが、追加点が奪えない。伊東のパスからオナイウが決めた場面は決まったかと思ったがオフサイド。縦に抜け出た浅野がキーパーと一対一になるが、これも決めきれず。今シリーズの浅野はスピードの優位と決定力の不足の両方で目立っている。
●1点差ではどういう展開もありえると思ったが、セルビアの運動量が落ちてしまい、そのまま試合終了。1対0で勝利。相手がベストの状態に遠く、追い風参考記録みたいな勝利ではあったが、中盤の展開力、プレスの連動性など、内容はよかった。オナイウはマリノスでのプレイ同様、強度が高く、献身的。大迫の負傷離脱で追加召集されたオナイウだが、次代のワントップの有力候補に躍り出た感がある。
トリオ・リズル(毛利文香、田原綾子、笹沼樹)のベートーヴェン、ヒンデミット、モーツァルト
●10日はトッパンホールでトリオ・リズル。トリオといってもピアノ・トリオではなく弦楽三重奏で、メンバーは毛利文香(ヴァイオリン)、田原綾子(ヴィオラ)、笹沼樹(チェロ)。昨年開かれた同ホールでのランチタイムコンサートをきっかけとして誕生したトリオで、トリオ・リズルの名では今回が初舞台。今後継続的な活動を見据えているそう。あちらこちらで大活躍中の気鋭ぞろいによる弦楽三重奏は頼もしく、貴重。
●プログラムはベートーヴェンの弦楽三重奏曲ニ長調Op.9-2、ヒンデミットの弦楽三重奏曲第1番Op.34、モーツァルトのディヴェルティメント 変ホ長調K563。弦楽四重奏と違って弦楽三重奏となるとレパートリーはぐっと絞られるが、その中核となる作曲家と作品が並ぶ。ヒンデミットが圧巻。猛烈で強靭。複雑で濃密な作品から作曲者の旺盛な創作意欲が伝わってくる。モーツァルトはのびやかで、隅々まで精彩に富んでいた。
●ベートーヴェンとモーツァルトからは両作品の対照性を感じる。ベートーヴェンは初期作品で、三重奏としてまとまっているけど、ひとり欠けているような感覚がどこかに残る。サッカーで退場者がひとり出たけど、みんなで運動量でカバーして勝ち切った試合みたいな感じ。一方、モーツァルトは成熟期の作品で、三重奏でしかありえない音楽を書いている。調和や対話性を前提としつつも、3人がソリスティックであることを求めている。この曲は終楽章が味わい深い。ピアノ協奏曲第27番の終楽章などと同じで、軽やかなんだけど寂しげ。名残惜しそうに曲を閉じる趣がある。これで終わってもよかったと思うが、盛大な拍手にこたえて、アンコールにベートーヴェンの弦楽三重奏のためのセレナード ニ長調Op.8より第5楽章アレグレット・アラ・ポラッカと第1楽章行進曲。大いに堪能。
●カメラが何台も設置されていた。
65年前に描かれたリモート会議
●古いSFミステリー小説だが、アイザック・アシモフの「はだかの太陽」(早川書房)を読んでみたら、舞台となる惑星が人間同士の直接的な接触を禁忌としており、人と人の面会は常に立体映像を通してリモートで行うという設定になっていた。ウイルス禍以来、ZOOMを常用するようになった身としては、妙になじみのある光景で、1956年に書かれた小説に今になってはじめてその先見性を実感できる。もっとも、その一点以外は相応に古びた小説ではあるのだが。
●今、早川書房の夏のKindle本セールで、電子書籍約1500点が50%OFFになっている(6/22まで)。これに思いっきりつられて、ことあるごとにポロポロと翻訳小説や翻訳ノンフィクションを買ってしまう。すでに紙で持っている本も多いのだが、半額だったら電子書籍で買い直しておくのもありかな、とか。あと、比較的新しいところでは、話題作「ザリガニの鳴くところ」(ディーリア・オーエンズ)とか、一作目までしか読んでいない「三体Ⅱ」(劉慈欣)などにも惹かれつつ、まずは「レス」(アンドリュー・ショーン・グリア)を読み始めた。
●藤倉大がオペラ化した(そしてタルコフスキーとソダーバーグが映画化した)スタニスワフ・レム「ソラリス」もある。これは20世紀の古典。古びていない(と思う)。
DSH エルサレム弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクルⅠ サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン
●現在開催中の「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」、今年はエルサレム弦楽四重奏団がベートーヴェン・サイクルに挑んでいる(ヴァイオリン:アレクサンダー・パヴロフスキー、セルゲイ・ブレスラー、ヴィオラ:オリ・カム、チェロ:キリル・ズロトニコフ)。その初日となる6日夜の公演を、デジタルサントリーホール(DSH)の配信で観た。プログラムは弦楽四重奏曲第1番、同第7番「ラズモフスキー第1番」、同第12番の3曲。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲をサイクルで演奏するにあたって、曲をどう配分するかはクァルテットによってまちまち。作曲年代順に進めていく方法もあるが、エルサレム弦楽四重奏団は毎公演ごとに初期、中期、後期の作品がそれぞれ含まれるように全5公演を組んでいる。この方法だとバランスがよく、どの公演を聴いても一通りのベートーヴェンを体験できるという満足感がある。逆に言えば尖がったエクストリームな日もない。
●DSHの配信は十分なクォリティで、エルサレム弦楽四重奏団の骨太で濃密なベートーヴェンをたっぷりと味わう。正攻法の堂々たるベートーヴェン。第1番からは若きベートーヴェンの意気込みが伝わってくる。白眉は「ラズモフスキー第1番」。力強くスケールが大きいが、ニュアンスにも富む。第3楽章のアダージョは崇高。急速楽章と緩徐楽章のコントラストが鮮やか。おしまいの第12番はやや安定感を欠いたかもしれないが、熱量が高く、偉大な傑作を聴いた充足感に浸った。
●ちなみにこの公演は、DSHでライブ&リピート配信が行われていて、6月6日から6月11日の23:00まで配信されている。料金は1000円。同日に東京文化会館でサーリアホのオペラがあって、物理的にはダブルヘッダーは可能だったが自分の集中力を考えると現実的ではないので、翌日にリピート配信で聴いた。やはりオンデマンドはありがたい。
ニッポンvsタジキスタン代表@ワールドカップ2022カタール大会 アジア2次予選
●今月、日本で集中的に国際試合が開催されることになり、6日はW杯2次予選のニッポンvsタジキスタン戦。といっても、ニッポンはすでに最終予選進出を決めているのでこれは消化試合。2次予選のなかではこのタジキスタンがニッポンに次ぐ2番手なのだが、ニッポンはグループ分けに恵まれすぎたかも。難敵ぞろいになる最終予選と落差が大きい。
●森保監督はJリーグ勢を数多く起用。W杯予選に控え組中心の編成で臨むというめったにない状況に。GK:権田-DF:山根視来、中谷進之介、昌子、佐々木翔(→小川諒也)-MF:橋本拳人(→守田英正)、川辺駿-原口(→坂元達裕)、南野(→鎌田)、古橋亨梧-FW:浅野(→谷口彰悟)。かなり新鮮な顔ぶれで、交代枠も5人使った。前半6分、山根の縦パスから浅野がシュート、キーパーが弾いたこぼれ球を古橋が決めて早々に先制。ところが9分、サイドからのクロスボールにパンシャンベが山根に競り勝ってヘディングで同点弾。ニッポンは2次予選で初失点。久々にW杯予選らしい雰囲気になりかけたが、実はこれがタジキスタンの唯一のシュート。この後はニッポンが攻め続け、前半40分に古橋のクロスに南野が足で合わせて2点目、後半にも橋本、川辺が決めて4対1で勝利した。山根は3得点(と1失点)に絡んで主役級の働き。古橋もスピードと技術を生かして持ち味を発揮。新戦力の発掘にはなった。ただ、相手のクォリティを考えると、なんとも微妙なところ。
●いちばん新戦力の台頭が求められているのは左サイドバックだと思う。ベストメンバー組にいまだに34歳の長友が入るのはどうかと思うが、第二の選択肢がこの日の先発、31歳で代表キャップ数11の佐々木翔とは。うーむ。途中交代で出場した小川諒也に期待にするしかないのか。下のU-24年代でも左サイドバックはだれも定位置を獲得していないようだし、このポジションはオフト・ジャパンの相馬直樹以来、ずっと層の薄さが課題になっている感。右は次々とタレントが出てくる上に、本職ではない冨安や長谷部まで欧州で右サイドバックに起用されたりするのに、左となると途端に候補者が限られる。
サーリアホ オペラ「Only the Sound Remains -余韻-」東京文化会館
●6日は東京文化会館大ホールでサーリアホのオペラ「Only the Sound Remains -余韻-」日本初演。ヴェネツィア・ビエンナーレ他との国際共同制作、東京文化会館舞台芸術創造事業。能の「経正」(経政)と「羽衣」を題材とした二部構成になっている。多数の来日キャストを迎え、作曲者サーリアホも臨席。このオペラが無事に上演されたことを喜びたい。東京はいまだ緊急事態宣言中であることを忘れてしまう。客席はまずまずの盛況。演出はアレクシ・バリエール(作曲者の息子さんなのだとか)、ダンスと振付に森山開次、経正&天女役にミハウ・スワヴェツキ(カウンターテナー)、行慶&白龍役にブライアン・マリー(バス・バリトン)。ピットにはクレマン・マオ・タカス指揮、成田達輝と瀧村依里のヴァイオリン、原裕子のヴィオラ、笹沼樹のチェロ、エイヤ・カンカーンランタのカンテレ、カミラ・ホイテンガのフルート、神戸光徳の打楽器。コーラスは新国立劇場合唱団となっているが渡邊仁美、北村典子、長谷川公、山本竜介の4名のみ。エレクトロニクスを活用。舞台上もピットも少人数で疎。装置も大掛かりなものではなく、映像を用いた簡潔な舞台。
●さて、この作品については以前当欄で2016年オランダ国立オペラにてピーター・セラーズ演出により上演された公演のDVDをご紹介している。で、今回のプロダクションから受ける手触りは大きく違う。セラーズ演出では第1部「経正」で、行慶と経正(の霊)の濃厚なラブシーンに焦点が当てられていて、それはそれで理屈は通っているのだが、本来観る側に委ねられた解釈の多様性を狭めてしまった感があった。その点では今回のバリエール演出のほうがバランスがとれている。第2部「羽衣」では天女の舞をダンサーが躍る。天女の歌と舞踊を歌手とダンサーがふたりで受け持つ形になる。なので第2部ではダンサーが大きな役割を担うのだが、バリエール演出はセラーズ演出と異なり第1部から早くもダンサーを登場させるのが特徴。
●セラーズ演出でもうひとつピンと来なかったのは、第1部「経正」と第2部「羽衣」のトーンがあまり変わらず、ずっと陰鬱だったところだが、バリエール演出は第2部「羽衣」にいくぶん軽やかさやユーモアを漂わせていた。「羽衣」は物語だけではなく、サーリアホの音楽そのものにこれらの要素があるので納得。ただし、バリエールもセラーズも舞台がずっと暗いんすよね。「経正」は幽霊話なので暗いのは当然だけど、「羽衣」は漁師が出てくるくらいだから自分のイメージは朝。まだ月が空に残る春の朝に天女と出会ったという清々しい空気感を期待してしまう。素朴な漁師が欲を張ってしまうも天女の尊さを前に己を恥じる、といった程度のほんわかした話だと思っていても、舞台が暗いと漁師と天女の関係に暴力性を感じ取らずにはいられない。
●サーリアホの音楽は、精妙で繊細な響きが連綿と続くもの。洗練された色彩感による美麗な音楽に浸る。脚本も音楽も起伏に富んだスリリングな展開が続くものではなく、隅々まで描き込まれた細密画を眺めるような感。演奏はこれ以上望みようのない水準だろう。以前のサーリアホ「遥かなる愛」よりもそうだったが、大きな枠組みとしてのストーリーは用意されているが、プロットははなはだ簡潔なので、上演ごとにずいぶんテイストは違ってくると思う。
ニッポンvsU-24ニッポン 急遽実現した兄弟対決
●3日は札幌ドームでニッポン対ジャマイカ代表……の予定だったが、ジャマイカ代表の欧州組選手たちが期限までに入国できず、試合開催が不可能になった。新型コロナウイルス陰性証明書に不備があったためにアムステルダムの空港で搭乗を断られたのだとか。米国経由の選手たちは予定通り来日している。困惑したジャマイカ代表の選手たちは天を仰いで「じゃ、ま、いっか」と言ったとか言わなかったとか(←言うわけない)。そこで、苦肉の策で実現したのが、なんと、ニッポンvsU-24ニッポン。フル代表と五輪代表の兄弟対決が実現! これは悪くない発想だと最初は思った。U-24にオーバーエイジの3人(吉田、酒井、遠藤航)が加われば、もはやフル代表と大して変わらない。興味津々。
●が、テレビで先発メンバーを見て、少し勘違いをしていたことに気づく。もともとフル代表はこの日に試合を予定したわけだが、U-24は5日にU-24ガーナ代表との試合がある。つまり中一日で試合が控えているわけで、じゃあどんなメンバーを出せるのかと言ったら、まあ、主力はほとんど出せない。オーバーエイジ組もベンチ。オリンピックメンバーに残れるのかどうか微妙な選手たちが大勢いるBチーム感あり。
●なので、フル代表が貫禄を見せたのも当然だろう。チームとしての完成度がぜんぜん違う。ニッポン 3-0 U-24ニッポン。ゴールは橋本拳人、鎌田、浅野。2点目の鎌田がすばらしい。ディフェンスとゴールキーパーの位置を冷静に確認して、ゴール右下に精度の高いシュート。U-24は組織としての連携が不足している。開始早々の失点など、コーナーキックの守備でファーサイドにだれもいなくなるという混乱ぶり。終盤でオーバーエイジの遠藤航が入るとかなり中盤が安定し、チャンスが増えたが、なにしろ3点差がついた後なので。
●U-24の先発だけ記しておくと、GK:大迫敬介-DF:菅原、町田、橋岡、旗手-MF:中山雄太、板倉、三好、久保、遠藤渓太-FW:田川。選手選考会だったと思えばいいのかな。さて、この中からオリンピックに行ける選手はどれだけいるのか……ってか、オリンピックって本当にあるの!? ここ、東京で?
ロスレス幻想
●さて、先日も書いたように6月よりApple Musicのカタログ全体がロスレスオーディオ(ハイレゾ含む)になるということで、6月1日をドキドキしながら待っていたんである。でも、どんなふうにして始まるかは発表されてなかった。アメリカ時間で何時にスタートするんだろうか。Windows用のiTunesはアプリのアップデートが降ってくるのかな。あるいはスマホアプリのほうが先に始まるのかな……。とか思っていると、SNSで「Apple Musicのロスレス、音が格段によくなった!」みたいな感想がいくつも目に入る。えっ、やっぱり始まってたの?
●いや、始まってなかった。よく確かめてみたら始まってなかった。でももうロスレスは絶賛されていた。始まると思っただけでも音質アップ。わかる! これがオーディオの神髄だっ!(ウソ)
●まあ、6月からスタートとは書いてあったけど、6月1日からとは書いてなかった。慌てずに待ちたい。
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●久々に東京の新規感染者数を見ておく。4月25日から始まった東京の緊急事態宣言だが、直後はゴールデンウィークと重なってしまい、本当に感染者が減っているのか、暦のせいで報告数が偏っているのか、判然としなかった。連休の頃は7日移動平均でもグラフが平滑化されず、いびつになっている。しかし、5月13日をピークにその後は少しずつ減りだした。ただし、変異株の感染力が強いためか、前回に比べて減り方は緩やかで、やっと4月半ばの水準まで減ったところ。時間がかかる。ワクチン接種とのスピード勝負になりそうな様相。
「RESPECT2 監督の挑戦と覚悟」(反町康治著/信濃毎日新聞社)
●前作「RESPECT 監督の仕事と視点」がおもしろかったので、続編となる「RESPECT2 監督の挑戦と覚悟」(反町康治著/信濃毎日新聞社)も読んでみた。前作以上の読みごたえ。反町康治元監督が松本山雅FC時代に地元新聞に寄稿していた連載がまとめられている。期間は2016年4月から2019年12月まで。この間に松本山雅はJ2優勝により2度目のJ1昇格を果たし、そしてJ1から降格して反町監督の退任に至っている。
●なにがびっくりかといえば、対戦相手の分析に膨大な時間と労力をかけていること。選手に見せる「5分の映像をつくるのに50時間ぐらいかかる」。監督とコーチ陣で対戦相手のセットプレイでの攻撃、セットプレイでの守備、オープンプレーでの攻撃と守備を分担して検証する。反町監督は相手の直近3試合を見て、去年の得点シーンを点検し、さらにダイジェスト版で今季の全試合を見る。コーチ二人が今季のセットプレー全場面と昨年以前のセットプレーを確認する。そうやって集めた映像から、どこを抽出するかを議論して、試合前に選手に見せる20分の映像を作り出す。PKの傾向も5年前まで遡って確認するし、外国人選手なら海外リーグの映像も探す。もちろん、自分たちのフィードバック用の映像も編集する。まさに映像時代のフットボール。
●あとは反町監督にとって決定的な体験となった、バルセロナへのコーチ留学の話がおもしろい。国際的には無名の監督志望者がいったいどうしてバルセロナになんか行けたんだろうと思うじゃないすか。これは元バルセロナ監督のカルロス・レシャックが横浜フリューゲルスの監督を務めたことがあって、その縁で指導者交流プログラムがあったのだとか。フリューゲルスでプレイ経験のある反町はそれに応募してバルセロナへ飛んだのだが、実際に行ってみると「そんな話は聞いてない」。ああ、いかにもありそう……。それでも粘り強く交渉を続けて、ついに毎日練習に通えるようになったという。1年4か月、蓄えを切り崩して生活費にあて、スペイン語の語学学校に通いながら、家族と離れてひとりでバルセロナに暮らす。選手を引退した後、これほどのエネルギーを注いでセカンドキャリアを切り拓ける人はまれだろう。
「カルメン」と「タマンゴ」
●ビゼーの超ウルトラ大傑作オペラの原作となったのが、メリメの「カルメン」(堀口大学訳/新潮文庫)。日本語訳は何種類か出ている。メリメの原作でしか味わえないおもしろもたしかにあるのだが、それ以上に感じるのはビゼーのオペラの巧みさ。オペラではドン・ホセをどこにでもいそうな生真面目な男として描くことで、観る人が容易に共感できるようになっている。原作でのドン・ホセは道を踏み外したアウトサイダーであって、どこか語り手の「私」から突き放されているようにも感じる。ONTOMO連載「耳たぶで冷やせ」に、「オペラ『カルメン』に登場する強烈キャラクターを原作から読み解く!」を書いた。ご笑覧ください。
●ところで、このメリメ「カルメン」では表題作と並んで「タマンゴ」という短篇が読ませる。題材は奴隷貿易。フランス人の船長はアフリカの港で奴隷たちを買い、植民地に売って荒稼ぎをしている。奴隷を調達してくるのは現地人のタマンゴ。腕っぷしが強く、情け容赦のない男だ。タマンゴは奴隷の売値について船長と交渉するが、ブランデーですっかり酔っていたこともあり、ささいなことで妻に腹を立て、勢い余って妻を奴隷として売り飛ばしてしまう。ひと眠りして酔いがさめた後、タマンゴは大変なことをしてしまったと動転し、船長を追いかけて妻を返してほしいと懇願する。そこで船長は思う。このタマンゴはさっき買った奴隷たちよりもよほどたくましく、高く売れそうではないか……。メリメの語り口が冴えている。
●「タマンゴ」はメリメ。「マタンゴ」は東宝特撮のキノコ怪人。