June 7, 2021

サーリアホ オペラ「Only the Sound Remains -余韻-」東京文化会館

Only the Sound Remains●6日は東京文化会館大ホールでサーリアホのオペラ「Only the Sound Remains -余韻-」日本初演。ヴェネツィア・ビエンナーレ他との国際共同制作、東京文化会館舞台芸術創造事業。能の「経正」(経政)と「羽衣」を題材とした二部構成になっている。多数の来日キャストを迎え、作曲者サーリアホも臨席。このオペラが無事に上演されたことを喜びたい。東京はいまだ緊急事態宣言中であることを忘れてしまう。客席はまずまずの盛況。演出はアレクシ・バリエール(作曲者の息子さんなのだとか)、ダンスと振付に森山開次、経正&天女役にミハウ・スワヴェツキ(カウンターテナー)、行慶&白龍役にブライアン・マリー(バス・バリトン)。ピットにはクレマン・マオ・タカス指揮、成田達輝と瀧村依里のヴァイオリン、原裕子のヴィオラ、笹沼樹のチェロ、エイヤ・カンカーンランタのカンテレ、カミラ・ホイテンガのフルート、神戸光徳の打楽器。コーラスは新国立劇場合唱団となっているが渡邊仁美、北村典子、長谷川公、山本竜介の4名のみ。エレクトロニクスを活用。舞台上もピットも少人数で疎。装置も大掛かりなものではなく、映像を用いた簡潔な舞台。
●さて、この作品については以前当欄で2016年オランダ国立オペラにてピーター・セラーズ演出により上演された公演のDVDをご紹介している。で、今回のプロダクションから受ける手触りは大きく違う。セラーズ演出では第1部「経正」で、行慶と経正(の霊)の濃厚なラブシーンに焦点が当てられていて、それはそれで理屈は通っているのだが、本来観る側に委ねられた解釈の多様性を狭めてしまった感があった。その点では今回のバリエール演出のほうがバランスがとれている。第2部「羽衣」では天女の舞をダンサーが躍る。天女の歌と舞踊を歌手とダンサーがふたりで受け持つ形になる。なので第2部ではダンサーが大きな役割を担うのだが、バリエール演出はセラーズ演出と異なり第1部から早くもダンサーを登場させるのが特徴。
●セラーズ演出でもうひとつピンと来なかったのは、第1部「経正」と第2部「羽衣」のトーンがあまり変わらず、ずっと陰鬱だったところだが、バリエール演出は第2部「羽衣」にいくぶん軽やかさやユーモアを漂わせていた。「羽衣」は物語だけではなく、サーリアホの音楽そのものにこれらの要素があるので納得。ただし、バリエールもセラーズも舞台がずっと暗いんすよね。「経正」は幽霊話なので暗いのは当然だけど、「羽衣」は漁師が出てくるくらいだから自分のイメージは朝。まだ月が空に残る春の朝に天女と出会ったという清々しい空気感を期待してしまう。素朴な漁師が欲を張ってしまうも天女の尊さを前に己を恥じる、といった程度のほんわかした話だと思っていても、舞台が暗いと漁師と天女の関係に暴力性を感じ取らずにはいられない。
●サーリアホの音楽は、精妙で繊細な響きが連綿と続くもの。洗練された色彩感による美麗な音楽に浸る。脚本も音楽も起伏に富んだスリリングな展開が続くものではなく、隅々まで描き込まれた細密画を眺めるような感。演奏はこれ以上望みようのない水準だろう。以前のサーリアホ「遥かなる愛」よりもそうだったが、大きな枠組みとしてのストーリーは用意されているが、プロットははなはだ簡潔なので、上演ごとにずいぶんテイストは違ってくると思う。

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