●6日は新国立劇場でビゼーの「カルメン」。スペイン・バルセロナ出身のアレックス・オリエによる新演出。東京都のイベント開催制限により開演が18:30から17:30に変更された。注目はなんといってもオリエの読み替え演出で、舞台は現代の東京に置き換えられている。ステージ上にはロックコンサート風の鉄パイプ構造のステージが組まれ(ステージ内ステージだ)、カルメンはショービジネスの世界をたくましく生きる来日シンガー。ホセは竜騎兵ではなく、日本の警官だ。第1幕冒頭に出てくる警察官たちはまさに日本の警察だし、子供たちはまさに日本の小学生という衣装。たばこ工場で女工たちが喧嘩をするのではなく、リハーサルの最中に争いが起きるといった具合。カルメンはシンガーだけど、裏の仕事もあって、密輸団を手伝っている。密輸するのは白い粉だ。細かなところはともかく、読み替えはかなりスマートにできている。
●今回のオリエの演出、ワタシは以前の「トゥーランドット」よりもずっといいと思った。あの陰鬱な「トゥーランドット」と違って、この「カルメン」には楽しさがある。古典的な悲劇には笑いの要素が必須。あくまでシリアスなスタイルのなかに、すっとぼけたファンキーさが織り込まれていて、ワタシはなんども客席で(静かに)笑った。あの「ハバネラ」のシーンとか、かなりシュール。終場で本来なら闘牛士たちが登場する場面で、レッドカーペットが敷かれてセレブたちが次々と登場してフラッシュを浴びる様子なども、相当に可笑しい(ただし、エスカミーリョは本物の闘牛士なのだ。スター闘牛士として来日している)。あと、ミカエラのファッション! いかにもエンタメ業界っぽい尖がった男女のなかに、ひとり田舎の繁華街から迷い込んでしまったかのよう。
●以前、ONTOMOの連載にも書いたけど、もともとメリメの原作「カルメン」は、その出自ゆえに疎外された者同士の悲劇を描いている。カルメンはジプシー、ホセはバスク人。ともにスペイン社会での少数者だ。しかしビゼーのオペラは、ホセの出自に焦点を当てず、どこにでもいるようなあらゆる男たちの物語に変換することで、万人の共感を呼んだ。オリエの演出は、さらにカルメンからジプシーの要素を剥ぎ取って、あらゆる女たちの物語に仕立てている。
●キャストはカルメンにステファニー・ドゥストラック、ドン・ホセに村上敏明(当初のミグラン・アガザニアンから変更)、エスカミーリョにアレクサンドル・ドゥハメル、ミカエラに砂川涼子。大野和士指揮東京フィル。カルメン役のドゥストラックが出色。歌もキャラクターも役にふさわしい稀有な存在。
●この日、客席には若者たちの姿が目立った。吉。やはり「カルメン」は血の気の多い時期に聴いておかねば!
July 7, 2021