August 3, 2021

ドキュメンタリー映画「ボクシング・ジム」(フレデリック・ワイズマン監督)

●フレデリック・ワイズマンといえば、当欄ではドキュメンタリー映画「パリ・オペラ座のすべて」を紹介したことがある(傑作)。その「パリ・オペラ座のすべて」に続いて2010年に製作されたのが「ボクシング・ジム」。EURO2020目当てで入会したWOWOWで、たまたま配信されていたので見た。これもまた心に刺さるドキュメンタリー。
●「パリ・オペラ座のすべて」でもそうだったが、ワイズマンは画面に映っているものに対して一切説明を加えない。ナレーションもキャプションもない。それどころか取材対象へのインタビューすらない。ただありのままを映し、それを編集する。今回の「ボクシング・ジム」で映し出されているのは、テキサス州オースティンのボクシング・ジム。古くて雑然としたジムだが繁盛している(地元では名の知れたジムらしい)。通っている多くの人は普通の人々で、年齢も性別も人種も職業もまちまち。本格派の人もいれば、軽いフィットネス目的の人もいる。ボクサーらしい引きしまった人もいれば、ぽっちゃりした人も多い。映像はトレーニングのシーンと何気ない会話で組み立てられている。
●なにせ題材がボクシングなので、みんな殴り合いの練習をしているわけで、最初は不穏な空気を感じた。サンドバッグやスパーリング、シャドウボクシング、ステップワーク、筋トレなど、秩序だったトレーニングが映されているが、どこかでマッチョな荒くれ者が規律を乱すのではないか、と。ところがこのジムに通う人たちはみなストイックで、いい人たちばかりなのだ。生活に苦労している人もいるようだが、月50ドル払っていつでも通えるこのジムを気に入っている様子。ジムのオーナーらしきオヤジがいい味を出している。新規入会希望でやったきた学生が、目の周りに痣を作っているのを見逃さない。聞けば喧嘩だという。ジムのオヤジは「ボクシングは人を殴るためにやるんじゃねえぞ。殴ると拳をケガするから、トレーニングができなくなるぜ」みたいなことを諭しつつ、エールを送る。そのうち、ジムに通う人同士の会話で、銃の乱射事件の話題が出る。悲しんでいる人も怒っている人もいる。そこで気づく。最初に感じた暴力の気配は、ジムのなかにはまったく見当たらないが、外の世界の日常に充満しているのだと。ワイズマンはボクシング・ジムを求道者たちのサンクチュアリとして描いているのだ。

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