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February 3, 2022

新国立劇場 ワーグナー「さまよえるオランダ人」デスピノーサ指揮、シュテークマン演出

新国立劇場 ワーグナー「さまよえるオランダ人」
●2日は新国立劇場でワーグナー「さまよえるオランダ人」。マティアス・フォン・シュテークマンの演出で、2007年以来、これで4度目の上演。同じ演出を過去にも観ている。入国制限によりキャストは国内組に変更、指揮はガエタノ・デスピノーサ(去年からずっと日本にいるのでもはや国内組)、ゼンタに田崎尚美、オランダ人に河野鉄平、エリックに城宏憲。ダーラントは妻屋秀和。マリーの山下牧子は「都合により」出演できず、代わって金子美香が舞台袖で歌い、演技は澤田康子(再演演出)が務める変則的な対応になった(カバーの歌手も別途いる)。感染者数が急増している今、オペラのような関わる人数の多い公演が無事に開催できたことはなにより。客席も盛況に見えた。ピットには東京交響楽団。序曲は通常のバージョン。休憩あり方式。
●シュテークマンの演出は伝統的なスタイル。だからワーグナーの音楽を安心して楽しめるとも言えるし、乙女の自己犠牲という今日性を失った物語がそのまま差し出されたとも言える。田崎尚美のゼンタが圧巻。豊かな声量で、信念の人を表現。河野鉄平のオランダ人は毅然としてカッコいいのが吉。そう、フライング・ダッチマンはカッコよくなければ。
●で、久しぶりにこの作品を観て感じたのは、「さまよえるオランダ人」ってパッチワーク的だなということ。純ワーグナーと未ワーグナーが混じり合っているというか。エリックという役柄におもしろさを感じる。単にゼンタにふられるだけの役なんだけど、ゼンタとオランダ人が救済や誠の愛というワーグナー的な世界に生きているのに対して、エリックはイタリア・オペラから迷い込んだような現世的な人物なのが可笑しい。ダーラントのお金大好きパパっぷりも同じで、彼らは現実世界を生きている。というか、ゼンタとオランダ人だけが観念の世界を生きている。で、水夫たちや猟師、糸紡ぎの女たちは「労働」に勤しんでいる。第2幕冒頭で、女たちが糸車を回しているのに、ゼンタがそれを止める場面があったのがすごく印象的だった。労働を一種の信仰が侵す場面で、人と人は分かり合えないことをこれほど端的に示すシーンもない。人の仕事に手を出すな。狂信的な女性をこちら側に戻すにはどうしたらいいのか。もうエリックに全面的に共感するしかない。
●デスピノーサの指揮がいい。適度に煽り、ときに粘る。先日の読響とのコンサートでも感じたけど、勘所を押さえた語り口で楽しませてくれる。デスピノーサは昨年からずっと日本に滞在して各地のオーケストラで代役を引き受けていて、「さまよるオランダ人」に続いて同劇場で「愛の妙薬」も指揮することになった。もうアクセルロッドと並んで「全日本首席客演指揮者」のタイトルを差し上げたいくらいの気分。あるいは「全日本常任指揮者」でもいいのか。