●30日は東京文化会館で東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.13、ワーグナー「ローエングリン」(演奏会形式)。17時開演だが早めに到着して上野公園で桜を眺める、おそらく多くの人がそうしたように。ごく一部にキャストの変更があったものの、無事に開催できて本当によかった。
●指揮はマレク・ヤノフスキ。NHK交響楽団との相性は最高で、演奏会形式でなければ体験できない高密度なサウンドを堪能。オペラ全曲にわたって、ここまで緻密で引きしまった音楽を体験できる機会はまれ。というか、記憶にないレベル。83歳のマエストロだが音楽が弛緩する場面はいっさいない。第3幕冒頭、まだ拍手が鳴っているなかで指揮台に上がるやいなや棒も取らずに勢いよく前奏曲を開始。クライバーかよっ! 始まってから指揮棒を手にとる。なんというカッコよさ。合唱は東京オペラシンガーズ。壮麗。
●豪壮な管弦楽に対抗したパワフルな歌手陣も立派。エルザ役のヨハンニ・フォン・オオストラムは歌唱もキャラクターも完璧にエルザ。高貴さ、純粋さ、弱さをすべて表現できる。エレーナ・ツィトコーワの代役として出演したオルトルート役のアンナ・マリア・キウリもすばらしい。邪で妖しく、強靭。純然たる演奏会形式ではあったが、やはりそれでも人物造形は伝わってくるもので、ハインリヒ王のタレク・ナズミ、テルラムントのエギルス・シリンスもみんなその役柄のイメージそのもの。ひとり異彩を放っていたのが題名役のヴィンセント・ヴォルフシュタイナー。ローエングリンの既存イメージと違っていて、出色だと思った。以前、この音楽祭で「ローエングリン」を歌ったクラウス・フロリアン・フォークトは白鳥の騎士そのものだったけど、ヴォルフシュタイナーのローエングリンは俗人。ただ超然とするだけではない、ひとりの人間としてのローエングリン像は、なぜその高潔さを無条件に人々が受け入れているのかという疑問を抱かせる。神明裁判などという絶望的な不条理でこの人物を信用できるものか。第3幕の夫婦喧嘩なんて、一から十までエルザの言ってることが正しい。妻に名前ひとつ教えられない胡散臭い男。それでドイツ万歳言われても。そもそも多神教の世界観に親しむワタシらは古代の神々を敬うオルトルートとテルラムント側に立っているのではないかと気づく。
●スクリーンは設置されず、このシリーズ名物(?)の映像はなし。個人的には残念だけど、評判のよいものではなかったので仕方ないか。
2022年3月アーカイブ
東京・春・音楽祭 ワーグナー「ローエングリン」(演奏会形式)
ニッポン対ベトナム ワールドカップ2022カタール大会 アジア最終予選
●ワールドカップ・アジア最終予選の最終節はホーム埼スタでの対ベトナム戦。すでにニッポンはアウェイのオーストラリア戦でワールドカップ本大会出場を決めている。あのすばらしい試合にテレビ中継がなく、消化試合のようなベトナム戦にはテレビ中継がある。それどころか埼スタは収容制限なし。なんともちぐはぐな状況になってしまったが、試合が始まったら予想外の奇妙な事態が起きた。
●まるでアウェイの試合のように、ベトナムのチャンスになると客席がわきあがる。だが、ニッポンの声援は聞こえてこない。今、スタジアムで発声は禁止なのだ、感染症対策として。が、大勢のベトナム・サポたちが駆けつけており、彼らはそのようなルールなどまったく気にしてない。埼スタがベトナムになった。しかもあろうことか、ベトナムが先制してしまったのだ! 前半20分、ベトナムのコーナーキックから、この日彼らの唯一のシュートとなるヘディングが決まった。
●ニッポンは後半9分、攻め上がった吉田が原口のシュートのこぼれ球を蹴り込んでようやく同点。その後もほとんどの時間帯で攻め続けたが、2度のゴールシーンをファウルで取り消されるなどあって、26本ものシュートを打った末に1対1でドロー。サッカーではしばしばあり得る展開ではある。
●森保監督は2人を除いて先発選手を入れ替えた。状況から言って控え選手を先発させるのは納得だが、それでなぜキーパーに39歳の川島を起用し、若いシュミット・ダニエルや谷晃生がベンチになるのか……と思うが、森保監督は序列重視。GK:川島-DF:山根、吉田、谷口彰悟、中山雄太-MF:柴崎(→田中碧)-原口(→守田)、旗手(→伊東)-久保建英(→南野)、三笘-FW:上田綺世。個の能力に頼った即興的な攻撃で何点も取れるほどベトナムは弱くないことがわかった。
●ベトナム・サポたちの態度は物議を呼びそう。サッカーではスタジアムでのああいった行為は挑発的と受け取られる危険性があるので、無用なトラブルを避けるためにも慎んでほしかった(在住者ならなおさら。対ベトナム感情にも影響しかねない)。本当なら躍進するベトナム代表の記念碑的な勝点1が讃えられるべき試合だったのに(彼らはどんどん強くなっている)、後味の悪い試合になってしまった。
フェスタサマーミューザKAWASAKI 2022 ラインナップ記者発表会
●28日はミューザ川崎市民交流室でフェスタサマーミューザKAWASAKI 2022のラインナップ記者発表会。いつものように福田紀彦川崎市長、ミューザ川崎シンフォニーホールのチーフ・ホールアドバイザーである秋山和慶マエストロらが登壇。期間は7月23日から8月11日まで。今回は首都圏のオーケストラに加えて、大阪フィルが参加。全ラインナップはこちら。どれも気合の入ったプログラムだが、特に目立ったところを挙げると、開幕はノット指揮東響でクルターク「シュテファンの墓」、シェーンフィールド「4つのパラブル」、ドビュッシー「第1狂詩曲」、ストラヴィンスキー「タンゴ」「エボニー協奏曲」「花火」、ラヴェル「ラ・ヴァルス」という凝ったプログラム。尾高指揮大フィルは得意のエルガーの交響曲第1番他。久々のエッティンガー指揮東フィルのコンビはリムスキー=コルサコフ「シェエラザード」他。異彩を放っているのが広上淳一指揮新日本フィルの山本直純特集。フィナーレコンサートは原田慶太楼指揮東響でコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲(岡本誠司)、武満徹「3つの映画音楽」、プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」抜粋で、これもプログラムに妙味あり。
●オーケストラ以外の公演ではイリヤ・ラシュコフスキーと小川典子の2台ピアノによるストラヴィンスキー「春の祭典」+ラフマニノフ「交響的舞曲」が強力。浜松国際ピアノコンクールの優勝者と審査委員長のデュオというのがおもしろい。オンラインで会見に参加した小川典子さんが「ラフマニノフの交響的舞曲は決してオーケストラ版のミニチュアではない」と話していたのが印象に残った。ちなみに同曲はギルバート指揮都響も演奏するので、両方聴き比べると楽しそう。
●今回も映像配信がある。リアルとオンラインのハイブリッド開催。配布資料によると、有料配信券の販売は2020年の10,140枚に対して、2021年は6,295枚。これは2020年の有観客公演が600席限定だったのに対し、2021年は収容人数の制限がなかったことが大きく影響している。大幅に減ったことになるが、自分の感覚ではむしろ収容人数の制限なしでもこれだけ売れるんだということにポジティブな驚きを感じた。ウイルス禍とは無関係に有料映像配信には潜在的な需要があるし、これから育ってゆく分野だろうと期待している。ちなみに購入者の6割は女性。
●フォトセッションでは、今回のキャッチコピー「夏、ジャ~ン♪」に合わせて各氏がポーズ。写真左より辻敏東響事務局長、オルガニストの松居直美ホールアドバイザー、福田紀彦川崎市長、秋山和慶チーフ・ホールアドバイザー、桑原浩日本オーケストラ連盟専務理事。画面の向こうに小川典子ホールアドバイザー。
●久しぶりにリモートなし、リアルのみの記者発表に出席した。ウイルス禍の間、極力リモートしか出席しなかったので、たぶんリアル記者発表には今回を含めて2回しか足を運んでいない。あまりに久しぶりすぎて、対面における適度な社交の感覚を忘れている自分に気づいて焦る。
豊田市美術館 展覧会「サンセット/サンライズ」
●一週間前に豊田スタジアムに遠征したのだが、その際、スタジアムに行く前に立ち寄ったのが豊田市美術館。スタジアムと美術館は駅から見ると方向は逆なのだが(そして微妙に距離がある)、前々から行きたかったので。現在、展覧会「サンセット/サンライズ」が開催中(5/8まで)。
●中に入ると広々として快適度の高い空間が広がっていた。企画展も常設展もあるし、充実したコレクションを所蔵しているようだし、全般に予算の潤沢さを感じさせる。地元に住んでたら年パスはマストか。「サンセット/サンライズ」というテーマに直接的に結びつく題材の作品もあれば、もっとゆるかやなイメージでくくられたものもあり、思った以上に多様で、作品数も多い。
●こちらはポスターやチケットにも印刷されてる小林孝亘「Pillow」(2021)。ふっくらとした質感に引き寄せられる。心地よい眠りの予感。Zzzzz……。
●福田美蘭「涅槃図」。昔話や童話に登場する動物や人間たちが大集合した情報量の多い画。作者の祖父である童画家の林義雄が描いた生き物たちが登場する涅槃図ということなのだが、作品成立の背景も題も知らずに眺めれば、夢の中にあらゆる童話の登場人物/動物たちが乱入している図にも見える。この絵を別の場所で見たことがある気がするのだが、記憶はあいまい。
●クリスチャン・ボルタンスキー「聖遺物箱 (プーリムの祭り) 」。プーリムの祭りとはユダヤ人たちが滅亡を免れた故事に由来する祭りなのだとか。ひとつひとつの箱に子供の顔写真が電球で照らされている。ホロコーストを連想するというのが本筋の見方なのだろうが、時節柄、現在進行形の戦争に思いを馳せずにはいられない。
●これは抜群に楽しい作品。篠原有司男「ボクシング・ペインティング」。グローブを両手に装着し、ボクサーパンツとシューズを履き、グローブに絵具を付けて画面にパンチを繰り出す。その戦いの成果物。会場にはパフォーマンス映像も流され、グローブやパンツも展示されている。全長18mという長さから、力を振り絞って限界に挑む様子を想起する。見ているだけで足元がふらついてきそう。
●ところで、豊田市美術館へのアクセスだが、名鉄豊田市駅または愛知環状鉄道新豊田駅から約800mとなっている。タクシーを使うと車内で展覧会の割引券がもらえるのだとか。この日、美術館の後でスタジアムに行くことから体力温存と思い、駅のタクシー乗り場に行ってみたのだが、タクシーが止まっていない。800mしかないのに待ったり呼んだりするのはなんか違うなと思い、歩いてみたのだが、写真のような案内が至るところにあり、スムーズに到着。まあ、この距離でタクシーは使わないか、普通……。で、帰り道だが、なんと、美術館にもタクシー乗り場がある。こちらは乗り場で電話するとタクシーが来てくれる方式。駅までなら使わないが、スタジアムまで歩くとそれなりに距離があるので、ここでタクシーを呼んだ。歩いても行けなくはないんだろうけど、早起き日帰り遠征だったのでどこかで楽をしておかないとと思い。
オーストラリア対ニッポン@ワールドカップ2022カタール大会 アジア最終予選
●最終予選もいよいよ大詰め。アウェイのオーストラリア戦という難関を迎えた。勝てばニッポンはW杯出場決定、引分けでも残った最終節がホームのベトナム戦であることを考えると、かなり有利な状況。ニッポンは大迫、前田大然、古橋、冨安、酒井など多くのメンバーを欠くが、それ以上にオーストラリアも台所事情が苦しい様子。どんな結果もあり得ると思えた試合だが、オーストラリア 0対2 ニッポンで、なんとニッポンが完勝、ワールドカップ本大会出場を決めた。最終予選の序盤は1勝2敗で窮地に立たされていたのに、そこから6連勝はすごい。普通は最終予選ともなると相手が一段格下であっても引分けくらいは何試合か出るものだが(実際ライバルたちはそうなった)、ニッポンは引分けゼロで効率的に勝点を積みあげたのが大きい。ニッポンのメンバーはGK:権田-DF:長友(→中山雄太)、吉田、板倉、山根視来-MF:遠藤-守田、田中碧(→原口)-伊東、南野(→三笘)-FW:浅野(→上田綺世)。
●試合は異様な雰囲気で始まった。本来なら、オーストラリアがハイテンションで攻め込み、ニッポンが慎重に戦うのが普通。ところが、勝てばワールドカップ本大会出場が決まるという状況のためか、開始早々からとんでもなくオープンな攻め合いになってしまった。次々とニッポンがチャンスを作る。そして次々とピンチがやってくる。選手間の距離が序盤からこんなに開くとは。オーストラリアは右サイドで待ち構えるルスティッチにボールが出ると、ことごとくチャンスになる。南野は前半だけで何本シュートを打ったのか。でも入らない。オーストラリアは空中戦で勝利して、ニッポンのオウンゴールを誘発して先制……のはずだったが、主審が笛を吹いてファウルでゴールを取り消した。でも、ファウルはなかったと思う。狂騒的な前半だったが、不思議にもスコアは0対0。おかしな試合展開だった。
●後半、森保監督が選手たちを落ち着かせたのか、ノーマルな試合展開に。雨で芝が重く、空中戦を挑まれると嫌だと思っていたのだが、時間とともにオーストラリアのプレイ強度が下がっていった感。残り時間わずかになった後半44分、山根が敵陣深くに侵入し、守田とワンツー、縦に抜けた山根がゴールラインぎりぎりでマイナスのパス、これを予測したように走り込んだ三苫が蹴り込んでゴール。これでもう決まりではあったが、アディショナルタイムの後半49分、今度は三苫が完全な個人技で、左サイドで一瞬の加速で相手を置き去りにして、そこから鋭く中央に切れ込んでそのままシュート、キーパーの手を弾いて2点目。三苫の得意の型。初めて対戦する相手はなかなか止められない。気がつけば(元)川崎フロンターレ勢が2点を奪ってくれたわけで、Jリーグでは鬱なほど強かった敵が、味方になるとこんなにありがたいことを知る。
●序列重視の森保監督だが、何人かの選手が不在だったこともあり、今回はフレッシュな選手たちが躍動する姿を見ることができた。選手層の厚さで相手を勝ったともいえる。こんな重要な試合でも「リリーフ左サイドバック」みたいに中山が長友と交代出場するのがおかしな感じだが、これは前半に長友がイエローカードをもらっていたのが大きい。選手たちの喜ぶ姿は感動的。みんな重圧から解放されている。オーストラリア代表のディフェンスに元マリノスの ミロシュ・デゲネクがいた。現在はアメリカでプレイしているそう。フォワードのミッチェル・デュークはJ2の岡山に所属。
●ところでこの試合、テレビ放送がなかった。放映権が高騰して、テレビ局はホームの試合しか中継できなかったのだ。しかしオーストラリアならアウェイでも時差はわずか。もし中継していたらすごい視聴率になったはず。これほど重要な試合が、DAZNのネット配信でしか観られないのは、サッカー界にとって大きな損失だろう。でも、DAZNが放映権をテレビ局に再販しないのも当然のことなのだ。もし売ってしまったら、これが目当てでDAZNに加入したファンはもう二度と加入してくれなくなる。DAZNもがまんして筋を通した。じゃあ、だれが得をしたのかといえば放映権を売ったAFCなのだろう。でもこれは本質的に未来の利益を先食いしているだけなんじゃないか。こんなことを続けていたら、サッカーは一部のマニアだけのものになるし、一般の人はスター選手の名前も知らなくなる。
●あと、DAZNの中継で岡田武史さんの言葉がふるっていた。序盤で批判された森保監督の話題になって、「批判されると人は成長する。でもおもしろいことに、批判する人は成長しない。批判する人は自らの成長を投げ打ってまで自分を成長させてくれるのだから、ありがたいものなのだ」と。日本サッカー界でこの人ほど強烈に批判され、そして大きくなった人はいない。
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢の東京定期
●23日はサントリーホールで川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の東京定期。昨年の東京定期は中止だったので、東京でOEKを聴くのは久しぶり。プログラムはOEK委嘱作品の杉山洋一「揺籃歌(自画像II)—オーケストラのための」、ショパンのピアノ協奏曲第1番(亀井聖矢)、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。指揮の川瀬賢太郎はOEK常任客演指揮者を務める。杉山洋一「揺籃歌(自画像II)」は、新型コロナウイルスとその変異株が発見された国々である中国、イギリス、南アフリカ、ブラジル、インドの寝かせ歌を用いた曲で、医療関係者への畏敬の念と犠牲者への哀悼が込められているという。ゆりかごが揺れるようなゆったりとしたパルスの上に、静謐で断片的な音が重なり、期待や畏れの感情を交えながらやがて力強い歌へと育ってゆく。淡々とした歩みの中に、揺籃というよりは胎動のような秘めた生命力を感じる。
●ショパンは気鋭のソリスト、亀井聖矢が華麗で自在の独奏を披露。磨き抜かれた洗練されたタッチの持ち主で、音色は非常にきらびやか、まさしく玲瓏たるショパン。ショパンにふさわしくというべきか、弱音の表現に傾いた演奏なので大ホール向きとは言えないかもしれないが、オーケストラも好サポート。白眉は抒情的な第2楽章。後半のメンデルスゾーンはキレがあって、コントラストが鮮やか、推進力にあふれた川瀬節。OEKとの相性はよさそう。特にメッセージもなくアンコールにバッハ「G線上のアリア」が演奏されたが、これはウクライナ情勢を受けての選曲なのだろう。
●OEKは世代交代期にあるようで、メンバー表を見るとだいぶベテランが卒団している。新楽団員としてホルンにアメリカ出身のアンジェラ・フィオリーニが加わるという案内がチラシに挟まれていた。これからさらにフレッシュな奏者が加わって、新たなキャラクターを獲得してゆくのだろう。
●客席はまずまずの盛況。P席が空いているのが珍しい感じ。協奏曲の後、亀井聖矢ファンと思しき若い女性たちが立ちあがって拍手を送っていた。すばらしい光景。
豊田スタジアムで名古屋vs柏戦 J1第5節
●20日は豊田スタジアムへ。J1リーグの名古屋グランパスvs柏レイソルを観戦。日本最高のスタジアムとも言われる豊田スタジアムだが、ようやく足を運ぶことができた。以前にも何度か計画していたのだが、ウイルス禍で直前に取りやめたりしていたのだ。この日は天気も良く絶好のチャンス。日帰りで行ってみた。バックスタンド側からメインスタンドを見るとこの威容。ピッチを急勾配のスタンドが取り囲んでいて、すさまじい迫力。上層階のTOYOTAの文字が眩しい。3階席から見下ろしたが、すこぶる見やすい。そして見やすいだけではなく、スタジアムが美しい。選手たちに「ああ、ここでプレイしてみたい」と夢を抱かせるスタジアムだと思う。
●メインスタンドからゴール裏の方向にかけてはこんな感じ。当初可動式だった屋根は開きっぱなしになった。ともあれゴージャスで快適。でかいスタジアムなのにピッチが遠くない。ああ、どうして首都圏にこれがないのか……。昔、グランパスの試合を瑞穂公園陸上競技場で観戦したことがあったが、あのときは世界のTOYOTAがスポンサーについていながらどうしてこんなベンチシートの侘しい陸上競技場で試合をしているのかと思ったものだが、目指していたゴールはここだったのかと納得。
●3階席なんだけど、見下ろすと座席がこんな感じの急勾配なんすよ。階段降りるときにハラハラするくらい。まあ、これが満席だったら恐怖を感じたかもしれないけど、今は空いている。このエリアは一席空け。
●エントランスもなんだか立派だ。赤の名古屋。黄色のアウェイ柏勢もけっこう来ていた。豊田市駅からは徒歩でOK。ただ、この豊田市駅は微妙な場所にある。名古屋駅から1時間弱、豊橋駅から1時間ほど。これって、名古屋市民にとって「ホーム」感、あるんすかね。東京でいえば浦和美園の埼スタとか新横浜の日産スタジアムくらいの所要時間なわけで、どちらかといえばホームというより近郊のアウェイのような……。いや、これは自分が電車移動しか考えていないからで、車だとまた別なのかな? 豊田市には名古屋より岡崎のほうがずっと近いので、いずれJFLのFCマルヤス岡崎がJリーグ入りした際には、このスタジアムを名古屋から強奪する……わけないか。
●豊田スタジアムと豊田市駅の間にあるのが、この豊田大橋。これもまた巨大生物の骨格みたいなデザインでカッコいい。実はスタジアムも橋も黒川紀章のデザインなんだとか。豊田市駅から徒歩圏内に豊田スタジアムと豊田大橋があるわ、豊田市美術館があるわ、豊田市コンサートホールがあるわと、ずいぶん文化施設が充実した街なのだが、どうしてこの街はこんなにリッチなのか。というのは愚問か。
●試合は1対1の引き分け。内容では柏が勝っていたが、名古屋のGKランゲラックが無双状態に。レオ・シルバが少し厳しくなってきた。
東京・春・音楽祭が開幕!リッカルド・ムーティ指揮東京春祭オーケストラ
●18日は東京文化会館で東京・春・音楽祭の開幕公演、リッカルド・ムーティ指揮東京春祭オーケストラ。昨年は「マクベス」の記念碑的名演もあったが、今年のムーティはオーケストラ2公演のみ。プログラムは前半にモーツァルトの交響曲第39番、後半にシューベルトの交響曲第8番「未完成」、イタリア風序曲ハ長調。東京春祭オーケストラは読響の長原幸太がコンサートマスターを務め、N響をはじめとする各地の楽団のメンバーとソリストたちが集った若手中心のオーケストラ。
●最初にムーティがマイクを持って登場。音楽祭の開幕へのお祝いのメッセージを述べ、続いて現在のウクライナ情勢について言及し、ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」の一節「私は叫びたい、平和を!」「私は叫びたい、愛を!」を引用して、困難な中で苦しんでいる人々のために演奏すること、若い音楽家たちの存在は未来への希望であることを述べた。
●モーツァルトの第39番は昨年聴いた「ハフナー」「ジュピター」と同様に、すっかり角の取れた柔和で滑らかな表現。彩度をぐっと抑えた水墨画のようなモーツァルトといった様子で、淡く、どこか儚い。第1楽章の序奏がまるで追悼の音楽のように聞こえたのは、先のスピーチがあったからなのか。ムーティは80歳。時の流れを感じずにはいられない。
●後半のシューベルト「未完成」は一転して苛烈な音楽に。重たく粘りのある表現で、ときには荒々しい。暗いロマンがほとばしる。この日の圧巻は最後のイタリア風序曲。この曲が本当にイタリア・オペラの序曲のように聞こえたのは初めて。ロッシーニ風というかドニゼッティ、なんならヴェルディまで未来から外挿されたような血湧き肉躍る音楽で、これからなにが始まるのかとワクワクしてしまう。いや、始まるのではなく、これで本日はおしまいなのだが!
●楽員が退出しても拍手が止まず、ムーティのソロカーテンコールに。最前列で手を差し出すお客さんに握手をしたりとマエストロはサービス精神旺盛。2日間の公演のために来日してくれたことに感謝するしか。
セイジ・オザワ松本フェスティバルと松本山雅あるいはAC長野
●2022セイジ・オザワ松本フェスティバルの開催が発表された。ウイルス禍で2年連続中止となっているので、3年ぶりの開催に。30周年を迎えた今年は夏だけではなく秋にも特別公演が行われる。現在発表されているサイトウ・キネン・オーケストラの公演は、8月21日(日)と24日(水)と27日(土)がオペラで、沖澤のどか指揮の「フィガロの結婚」(ロラン・ペリー演出)。それから8月26日(金)と28日(日)がデュトワ指揮でストラヴィンスキー「春の祭典」他。さらに11月25日(金)と26日(土)にアンドリス・ネルソンス指揮でマーラーの交響曲第9番が演奏されるのだが、こちらは会場が要注意で25日がキッセイ文化ホール、26日が長野市のホクト文化ホールとなっている。
●で、毎回注目しているのが、サイトウ・キネン・オーケストラとJリーグの松本山雅(またはAC長野)を同日あるいは一泊二日で行ける日程はないのか、という点。せっかく松本に行くなら、アルウィンで松本山雅を観戦したいと思うじゃないすか。でもこれが意外とうまくつながらないんすよねー。前回は松本山雅とつなげられなかったけど、代わりに長野市に移動してAC長野の試合につなげる技を編み出した。長野からだと新幹線を使える分、「終電」が遅くなるのは強み。今季は松本山雅もAC長野もそろってJ3にいるのだが、8月の両チームの試合日程はこちら(検索の仕様上アウェイも含んでいるが、ホームゲームのみに注目)。サイトウ・キネンのほうはまだ開演時間が発表されていないが、27日に沖澤「フィガロ」からアルウィンの松本山雅(18時キックオフ)にハシゴするのは、おそらく無理。なお、11月公演はタッチの差でJ3が閉幕している。
地震と停電があった
●昨晩は久しぶりに大きな地震があった。夜11時半すぎ、ぐらぐらと小さく揺れ始めたと思ったら、その後、大きくガタガタと揺れ出して、なかなか収まらない。すっと部屋が真っ暗になる。停電だ。スマホを見ると宮城県と福島県で震度6強、東京は震度4。体感的には2011年3月11日以来の揺れだと思ったが、実際のところはどうなんだろう。最大震度もさることながら、揺れが長く続くと怖い。
●で、夜に停電になると本当になんにもできないのはこれまでも何度か体験済みだが、今の時代はすっかりスマホ頼みになる。地震と停電について情報がほしいし、明かりにもなる。電池の残量は心もとない状況。しかし充電済みのモバイルバッテリーがあるので、それでしばらくはしのげるとして、はたして何時間くらい動作するものなのかと考える。ともあれ、できることはあまりなく、枕元に懐中電灯とモバイルバッテリーを置いて寝ることに。ウトウトしているところで、パッと照明がついて、電力が復旧したことを知る。
●朝になってわかったが、この停電は事故が発生したわけではなく、「電力システム全体を保護する装置である周波数低下リレーが自動動作した」(需要と供給のバランスと周波数の関係)。不測の広範囲におよぶ停電を防ぐために、自動的に送電を止めるシステムが働いているらしい。200万軒以上が停電したが、午前3時前にはすべて復旧したという。電力など安定して供給されて当然と思いがちだが、きっと知らないところで需給バランスを常時保ち続ける匠の技が発揮されているのだろう。
牛田智大のオール・ショパン・プログラム
●14日夜は東京オペラシティで牛田智大ピアノリサイタル。ホールの入り口をくぐった瞬間から客席の熱い期待感が伝わってくるような盛況ぶり。満席というだけではなく、ロビーの雰囲気からして違う。デビュー10周年を祝う東京公演限定グッズが販売されており、牛田智大オリジナルチロルチョコ・アソートがいいなと思ったのだが、牛柄のタオルハンカチも気が利いている。整理券が配られているのに気づき、グッズ売場からは撤退。これって行列に並ぶ前に整理券をもらうのかな? 自分のよく知らない文化に怯む。
●そんな華やいだ客席の雰囲気とはうらはらに、ステージ上のピアニストはいたって真摯でひたむきにショパンに向き合う。オール・ショパン・プログラムだが、重めの作品が多めで聴きごたえあり。前半がノクターン第8番変ニ長調、バラード第4番、舟歌、英雄ポロネーズ、後半が3つのマズルカop.56、マズルカ へ短調op.68-4、幻想曲へ短調、幻想ポロネーズ。前半と後半がそれぞれひとつの大きな作品であるかのようなプログラムで、特に後半は拍手を入れずに集中度の高いステージに。全体として華麗さやスペクタクルよりも作品から自然と醸し出される豊かな詩情や抒情性が強く感じられる。白眉は最後の「幻想」つながりの2曲。詩人の独白のような内省的な表現に持ち味が発揮されていたと思う。
●客席は大半が女性、若い人や子連れも多かったのだが、静かに舞台に聴き入っており、集中度はブルックナーを聴きにくるオッサンたちと変わらない。聴きたいものを聴いている人の姿は同じになるのかも。アンコールは一転して名曲集で、リストのコンソレーション第3番と「愛の夢」第3番、シューマン~リストの「献呈」、シューマン「トロイメライ」。途中でマイクを持ってあいさつ。現在のウクライナ情勢を踏まえ、当時のポーランドの状況に思いを巡らせながらショパンを弾く意義、まさに当日がデビュー10周年でありこの日を迎えることができたことへの感謝などが述べられた。プログラムノートもピアニスト本人が執筆しており、とてもためになる内容。少年時代からアイドル的な人気を博しながらも、当人は知的で成熟したピアニストへの道を着実に歩んでいることに感服するほかない。
バッハ・コレギウム・ジャパン記者発表会
●14日午後はバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の記者発表会。2022/23シーズン定期演奏会やヨーロッパ・ツアーの話題が中心。Zoomを使用してオンラインのみの会見(これでいいと思う。お互い慣れない点もあるけど、すぐに慣れるはず)。プレス側は約50名の参加で大盛況。登壇は写真左より、新たにBCJとパートナーシップを締結した株式会社グリーンハウスの田沼寛子さん、首席指揮者の鈴木優人さん、音楽監督の鈴木雅明さん。
●まずは2022/23シーズン定期演奏会について。東京で6公演、神戸で3公演。東京でのラインナップは4月15日のバッハ「マタイ受難曲」ではじまって、初夏のカンタータ「昇天祭オラトリオ」、ハイドン「天地創造」、秋のカンタータ「大天使ミカエルの休日」、モーツァルト「レクイエム」、春のカンタータ「魂の憩い」というラインナップ(曲目詳細は公式サイト参照)。指揮は「マタイ受難曲」「昇天祭オラトリオ」「大天使ミカエルの休日」が雅明氏、「天地創造」「レクイエム」「魂の憩い」が優人氏。「定期演奏会20周年を意識しながら内容を決めた。『マタイ』は毎年演奏しているが私たちにとってもっとも重要なレパートリー。去年一昨年はソリストの招聘が難しかったが、今年は来てもらえそう」(雅明氏)。モーツァルトの「レクイエム」は優人氏の補筆版。
●欧州ツアーは2022年10月下旬から11月中旬にかけて。ポーランドのヴロツワフ、ケルン、デュッセルドルフ、ローザンヌ、アントワープ、マドリッド、ハーグでの公演が決まっており、他にウィーン、パリでも公演予定。バッハのミサ曲ロ短調など、2種類のプログラムが用意される。2020年の欧州ツアーがパンデミックにより3公演で中断してしまい、いわばそのリベンジ・ツアー。「前回のツアーはケルンでレコーディングに切り替えて『ヨハネ受難曲』を録音した。今回は最後まで走り抜けられるようにと願っている」(優人氏)。
●パートナーシップを締結した株式会社グリーンハウスは、バッハの名前を冠した「ホテルグランバッハ」を全国4拠点(銀座、熱海、仙台、京都)で運営している。今回の提携により「ホテルグランバッハ」へのBCJソサエティメンバー等への優待、BCJによる「ホテルグランバッハ」などグリーンハウスグループのコンサート・イベントへの出演等が行われるという。
●ほかに優人氏がエグゼクティブ・プロデューサーを務める6月の調布国際音楽祭2022の話題も。「“BACH”TO THE FUTURE ~未来へつなぐ音楽祭~」というキャッチがふるっている。
マキシム・パスカル指揮読響のフランス音楽プログラム
●12日は東京芸術劇場でマキシム・パスカル指揮読響。予定通りにマキシム・パスカルが来日してくれた。ソリストは出演者変更。プログラムは前半がベルリオーズの劇的物語「ファウストの劫罰」から3曲、前橋汀子の独奏でショーソン「詩曲」とラヴェルの「ツィガーヌ」、後半がルベルのバレエ音楽「四大元素」とラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲でたっぷり。テーマを挙げるなら「踊りと神秘」か。
●パスカルは長身痩躯、指揮棒を持たずに長い腕をくねるように激しく動かしながらオーケストラを鼓舞する。まさに踊りのダイナミズムを体現したかのような指揮ぶりで、ベルリオーズの「ハンガリー行進曲」は猛然として豪快。芸劇の空間いっぱいに響きが満たされる。しかし盛大に鳴らしてはいても、決して響きが重くならないのが魅力。重心高め。後半、ルベルはカオスを表現する冒頭の不協和音がよく知られるが、全体としては清爽として軽快。ラヴェルもシャープ。最後はすさまじい推進力で駆け抜けて、熱狂のダンス。スピード感あふれる壮麗なクライマックスに胸のすく思い。
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●JFLが開幕。鈴鹿ポイントゲッターズで三浦カズが先発出場した。試合映像はこちら。相手のラインメール青森が前半で退場者を出して鈴鹿にとっては楽な展開になったのだが、カズのボールタッチは非常に少なく、見せ場のないまま後半20分に交代。その後、鈴鹿が2ゴールを奪って2対0で快勝した。観客数4,620人は普段のJFLではありえない盛況ぶり。動員力という点で55歳のカズはいまだにスーパースターで、体も絞れているが、敏捷性や走力ではJFLの若武者たちに到底かなわない。
SUICAで新幹線
●いつの間にか新幹線にSUICAで乗れるようになっていて、これは便利だなと思った。ウイルス禍以来、長距離移動の機会が減ったこともあって、なんだか知らない内にそういうサービスが始まっていた感じなんだけど、最初に使ったのは北陸新幹線をえきねっとで予約したとき。「新幹線eチケットサービス」なるものができていて、新幹線のチケットを普段使っているSUICAに紐づけることができるようになった。紙の発券は不要で、SUICAでタッチするのみ。これで「切符を忘れる」心配がなくなった。もしSUICAを忘れたとしても、自宅最寄り駅で気づくわけだし。あと、乗車券と特急券が一体になっている商品設計もすっきりしていていい。長距離電車の切符の買い方って、複雑すぎると思うんすよね。あれをみんなが普通に理解しているのがすごい。
●で、先日、神戸に行く際に同じように新幹線eチケットを買おうと思ったら、買えないんすよ! いや、従来のような切符は買えるんだけど、eチケットは買えない。なんで……と思ったら、そうだ、東海道新幹線だからだ。えきねっとはJR東日本なのだった。JR東海で買えばいいのかと思って、スマートEXというサイトに行ってみたら、ちゃんとeチケットで買えた。スマートEXはスマホアプリが使いやすく出来ていて、えきねっとより洗練されている感じ。
●と言いつつ、小心者なので、新幹線の改札でSUICAをタッチするときは毎回ドキドキする。なにかまちがえてて通れなかったらどうしよう、と軽く案じながらピッ!
国際音楽祭NIPPON 2022 諏訪内晶子室内楽プロジェクト Akiko Plays CLASSIC with Friends
●9日は紀尾井ホールで国際音楽祭NIPPON2022の諏訪内晶子室内楽プロジェクト。音楽祭の音楽監督である諏訪内晶子が仲間たちと「クラシック」と「モダン」の2公演にわたって室内楽を演奏する。この日は「クラシック」の一夜。生誕200年のフランクを中心に置きつつ、ファニー・メンデルスゾーン、クララ・シューマンといった女性作曲家にも光を当てる。出演は諏訪内晶子、マーク・ゴトーニ(ヴァイオリン)、鈴木康浩(ヴィオラ)、辻本玲(チェロ)、阪田知樹(ピアノ)。
●プログラムは前半がモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲ト長調、ファニー・メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲変ホ長調、クララ・シューマンの3つのロマンス(諏訪内+阪田)、後半がフランクのピアノ五重奏曲ヘ短調。普段はあまり聴けない曲を最上のクオリティで聴けたという充足感あり。ファニー・メンデルスゾーンは意外とアグレッシブで、とりわけ終楽章がスリリング。クララ・シューマンはやっぱりロベルトに似ているなと思う。が、ロベルトのような危うさは感じないかな。後半の前に舩木篤也さんが登場して、諏訪内さんと音楽祭のことや各作曲家の魅力についてインタビュー。舩木さんは開演間にもトークを務める活躍ぶり。
●後半のフランクは圧巻。ピアノ五重奏曲、これまで録音で聴いても今一つ地味な印象を持っていたが、こんなに傑作だったのかと改めて知る思い。交響曲ニ短調と同じような世界を描いているのだが、より野心的というかスケールが大きい。濃密で憂鬱なロマン、強烈な匂い、うねりと高揚。ダサカッコイイの極致。微妙に前夜の読響で聴いた諸井三郎と通じているという奇遇。豊かなパッションにあふれた、フランク記念の年にふさわしい名演を堪能。
山田和樹指揮読響のドビュッシー、コルンゴルト、諸井三郎
●8日はサントリーホールで山田和樹指揮読響。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲(小林美樹)、諸井三郎の交響曲第3番というすばらしいプログラム。メインプログラムが戦時の交響曲であるという点で図らずも時勢に即したものになってしまった。
●前半、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲は小林美樹のソロが見事。つややかな美音で楽器を鳴らし切って豊麗。のびやかな歌心が隅々まであふれている。ドビュッシーと続けて聴くと、前半は晴朗で陶酔的な音楽。ソリスト・アンコールに武満徹の「めぐり逢い」。山田和樹がチェレスタの席に座って伴奏を務めるというサプライズあり。
●後半、諸井三郎の交響曲第3番は1944年の作。太平洋戦争末期に書かれた3管編成+オルガン入りの交響曲で、6年後の1950年に初演されている。完成から2か月後に作曲者は招集され、終戦まで任務に就いたという。曲は3楽章構成。第1楽章は「静かなる序曲」と題された序奏に「精神の誕生とその発展」とされた主部が続く。第2楽章が「諧謔について」というスケルツォ風楽章。第3楽章が「死についての諸観念」。時代を反映した標題が添えられている。後期ロマン派までの伝統的な書法にのっとった交響曲で、作曲年代を考えるとヨーロッパとの時差を感じずにはいられないが、それにしてもオーケストレーションの巧みさには驚くばかり。作曲当時の情勢で初演にどれほどの現実味があったのかはわからないが、求める響きを自在に書ける様子の洗練された筆力に圧倒される。時にスクリャービン、フランク、シュトラウス、マーラー、ニールセンなど色々な作曲家を連想する。極東で書かれた交響曲という辺境性は稀薄で、地域性の少なさは作品受容の点からするともしかすると不利なのかな、とも感じる。第1楽章こそ苦闘する戦争交響曲だが、第3楽章では恍惚とした高揚感とともに解決へと至る。現世の向こう側に見出した救済というべきか。暗澹たるペシミズムにとらわれるのは時節柄しかたがない。
●このコンビでは珍しく客席はかなり寂しかった。それでも熱気があり、楽員が退出しても拍手が止まず、指揮者のソロ・カーテンコールに。邦人作品のメインプログラムでこの反応は得難い。
今年の確定申告は
●ああっ、今年も確定申告の期限が近付いてきた……と、かつてはこの時期に頭を抱えていたものだが、今のワタシは違う。以前は経理の仕事が嫌いすぎて一日中呪詛の言葉を吐きながら帳簿を付けていたものだが、市販の会計ソフトとおさらばしてエクセル簿記/ExcelBというツールを使うようになって以来、帳簿付けのストレスが激減した(参照:ExcelBを讃えて)。3月15日が期限だって? ふふ、もうe-Taxで青色申告を済ませたとも。すでにワタシは来年の確定申告に向かって走り出しているのだよ!
●小学館のファッション誌 Precious 4月号に寄稿した。Precious ChoiceのMusicの1ページで、日本の若手音楽家たちを紹介。それにしても、この雑誌、見本を手にしてびっくりしたのだが、「レコ芸」より重い。紙も印刷も写真も超絶高品質で、高級感が半端ではない。そして、おしゃれな服がたくさん掲載されている。シャツが22万6千円とか、カーディガンが38万6千円とか、ラグジュアリーな誌面にくらくら。Excelでちまちまと370円とかの領収書を記録している自分はぜんぜんラグジュアリーじゃない。
Windows 11の音声入力機能を試してみる
●近頃では音声入力など珍しくもないし、スマホでもGoogle音声入力を使えるわけだが、Windows 11にも音声入力機能が付いている。Windows 10よりも大幅に精度が高まったというウワサ。以前はデスクトップPCにマイクを付けていなかったので試してみよという気にもならなかったのだが、ふと気がついた。ウェブカメラにマイクが付いてるじゃないの! そうだ、オンラインミーティングが増えて、ウェブカメラを導入したのだった。だから、いつでも音声入力を試せるのだ。Windowsキー+Hキーで起動する。ポチッ。
●以下がその音声入力の結果と、原文(このブログの過去記事を使った)。音声入力中に明示的に句読点の挿入を指示することもできるのだが、あえてそれは使わずに、シンプルに朗読したのが以下の結果。
[Windows 11の音声入力]
原稿の締め切りは月末に集中する傾向がある 月刊誌などで発売日から逆算して締め切りがたまたま月末になってしまうのであればまあしょうがない しかし特に進行上の必然性がないのに何となく月末に設定されてしまう締切も少なくない これはズバリそん 何もわざわざ混雑する場所に突っ込む必要はないだろう 昔から ごとうびには道路が混むと言われる 各種の締め日が10日とか20日とか切りのいい日に設定されることがオークその影響で道路が混雑するということらしいのだが月末締切も似たようなものであるもっと分散したほうがお互いにハッピーになれる
そこで特に何日でもいいような締め切りは他人と重なりそうもないそすうの日に設定してみてはどうか 月末とか10日とか20日という締め切りはよくあるが なのかとか11日という締め切りは滅多にない 素数びなら空いている道をスイスイと進むような快適さを体験できるのではないか 13日や17日という締切もさっぱり記憶がない 19日23日もなかなか臣民のある〆切だ 続く素数琵琶 29日31日 一か月の中で最大の素数琵琶31日だ キングオブ素数締め切りは31日 yeah
[原文]
原稿の〆切は月末に集中する傾向がある。月刊誌などで発売日から逆算して、〆切がたまたま月末になってしまうのであれば、まあ、しょうがない。しかし、特に進行上の必然性がないのに、なんとなく月末に設定されてしまう〆切も少なくない。これは、ずばり、損。なにもわざわざ混雑する場所に突っ込む必要はないだろう。昔から「5・10日(ごとうび)には道路が混む」と言われる。各種の締め日が10日とか20日とかキリのいい日に設定されることが多く、その影響で道路が混雑するということらしいのだが、月末〆切も似たようなもので、もっと分散したほうがお互いにハッピーになれる。
そこで、特に何日でもいいような〆切は、他人と重なりそうもない素数の日に設定してみてはどうか。月末とか10日とか20日という〆切はよくあるが、7日とか11日という〆切はめったにない。素数日なら空いている道をスイスイと進むような快適さを体験できるのではないか。13日や17日という〆切もさっぱり記憶がない。19日、23日もなかなか新味のある〆切だ。続く素数日は、29日、31日。一か月のなかで最大の素数日は31日だ。キング・オブ・素数〆切は31日! イェーイ!
●精度はかなり高いと感じたのだがどうだろうか。「素数日は」を「素数琵琶」と解釈されたのには笑ってしまうが、もともと「素数日」などという言葉はないのだから、聴き取れなくてもしょうがない。最後の一文ははっきりとカタカナで「イェーイ!」としゃべったのに「yeah」と書き起こしてくれた。もっともこれは落ち着いて朗読した結果なので、早口の喋り言葉だとまた別の結果になるのかも。
Jリーグ、ここまでのマリノスは2勝1敗1分
●水曜日、Jリーグはマリノス対ヴィッセル神戸と川崎対浦和の2試合のみが行われ、他のチームはルヴァンカップのグループステージを戦った。つまり、ACL(アジア・チャンピオンズ・リーグ)出場勢のみ、先にリーグ戦を消化しているわけだ。ACL勢はもう4試合を終えているのが、他はまだ2試合のみ。ACL勢同士で戦うので、必然的に昨季上位のチームがリーグ戦序盤でぶつかり合うことになる。
●マリノスはここまで2勝1敗1分。まだ好調とも不調とも言いづらい。水曜日のホーム神戸戦は2対0で勝利。この神戸戦は少し目をひく内容だった。主力がごっそり抜けて、先発メンバーに昨季までの主力がほとんどいなかった。バックラインは小池裕太、エドゥアルド、實藤友紀、松原健、セントラルミッドフィルダーに藤田譲瑠チマと新人の山根陸、トップ下に西村拓真、左に仲川、右に初先発の宮市亮、トップにアンデルソン・ロペス。開幕戦には新戦力が一人もいなかったのとは対照的にまったくフレッシュな布陣。
●で、やっぱりこのメンバーになるとボール支配率は落ちる。なんと、神戸のほうが上回った。しかもパス成功率でも神戸がやや上。マリノスが上回っていたのは運動量とプレイ強度で、なんどもカウンターから決定機を迎えていたのが印象的。いつもの攻撃に偏ったスタイルに比べるとノーマルな戦い方で、38分の西村のゴールで得た1点を守り切った感がある。2点目は終了直前に西村が決めたカウンター。攻撃力以上に守備力で相手を凌駕したというか。なんだか普通に戦ったほうが勝ちやすいんじゃないかなと、いけないなことを考えてしまう罠。
●西村はゴールへ向かう姿勢がすばらしい。2点目は足が攣りながら相手を交わして打った気迫と執念のゴール。マリノスにいなかったタイプ。そういえば西村にはCSKAモスクワでプレイしていた経験があったっけ。もはやロシアへの移籍など考えられないが。元マリノスでは、現在新潟のイッペイ・シノヅカはロシアでキャリアをスタートさせ、国籍もロシアだったはず。ウクライナに対するロシアの軍事侵攻が始まって以来、暗い気持ちでニュースを眺める日が続いている。コロナ禍のことなど、忘れてしまいそう。
映画「ウエスト・サイド・ストーリー」(スティーヴン・スピルバーグ監督)
●ようやく映画館で観ることができた、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画「ウエスト・サイド・ストーリー」(CD)。もうこれはなんといったらいいのか、すべてにおいて完璧だと思った。才能のある人間が束になって創造した至高の映像作品。この世にこんなスゴいものを作れる人間がいるということに、ただただ畏怖の念を抱く。歌唱もオーケストラもすばらしく、ダンスがキレッキレで、レトロテイストの映像は心地よく、現代に通じる問題を鋭くかつ正当に扱い、ユーモアもあり、なによりやるせない悲劇である。
●といっても自分は旧作の映画に思い入れがなく、バーンスタインの音楽からこの作品を好んでいる者なので、映画に対する基本スタンスはバーンスタイン作曲のオペラ「ロメオとジュリエット」。モンタギュー家とキャピュレット家というヴェローナの名家の対立では現代人にとっては共感が難しいが、20世紀のニューヨークなら等身大の物語になる。違うのはジェット団もシャーク団も名家どころか居場所の見つけられない少年ギャングだというところ。原作にある物語の畳み方は現代的視点からはあまりに不条理だが(仮死の薬を飲むが、計画を伝える手紙が届かず、勘違いからロミオが毒をあおる……ああ、郵便屋さん!)、これを少年たちにふさわしい形に置き換えた。和解はかすかにトニーの遺体を両団の少年たちが担ぐ点で示唆される。一種の読み替え演出として、本当によく出来ている。それは旧作もそうだろうが、今回の新作はリアリティの解像度を桁違いに高めて、舞台作品であれば残される余白を、きっちりと埋めてゆく。「ああ、なるほど、だから○○○は×××なんだね」みたいな納得感の連続体。これが映画の作法なんだなと感心する。
●で、自分が観る前に心配していたのは、あまりに映画的なリアリティが優先されて、刺激が増す代わりに、古典性を失ってしまっていたらどうしようということ。でも、これは杞憂だったんすよ。たしかに律義にリアルになってるんだけど、大丈夫、やっぱり登場人物がいきなり歌いだしたり踊りだしたりするというミュージカルの作法のおかげで、古典性は担保されている。オペラがそうであるように、絶対的にバーンスタインの音楽が主役であることは変わらない。こんな鮮烈な新作もいずれは旧作と同様に古びていくと思うけど、音楽は古びない、おそらく。
●マリア役のレイチェル・ゼグラーが出色。これだけのびやかで清澄な声を持っていて、しかも役柄にぴったりのキャラクターを持った人がよく見つかったなと思う。アニータ役のアリアナ・デボーズはダンスシーンに圧倒的なダイナミズムをもたらしていた。男性陣ではトニー役のアンセル・エルゴートの歌唱が勝手の違う感じではあったが、リフ役のマイク・ファイストがいい。指揮はグスターボ・ドゥダメル。オーケストラはニューヨーク・フィル、一部LAフィル。ハイテンションでキラッキラの輝かしいサウンド。聴きどころ満載でどの曲も名曲だけど、やっぱり「トゥナイト」(クインテット)は神がかっている。
新国立劇場 2022/2023シーズンラインアップ説明会
●1日、新国立劇場の2022/2023シーズンラインアップ説明会が開かれた。こちらもリアルとオンラインが選べる方式だったので、オンラインで参加。Zoomミーティングを使用。大野和士オペラ芸術監督、吉田都舞踊芸術監督、小川絵梨子演劇芸術監督が登壇。
●大野芸術監督はまずラインナップの紹介に先立って、今シーズンに入国制限のため代役で出演した日本人歌手たち、および長期滞在した指揮のガエタノ・デスピノーサへの感謝を述べ、「さまよえるオランダ人」でオーディションでオランダ人役に抜擢された河野鉄平、さらに「初めて声を聴いて、日本のブリュンヒルデになると思った」というゼンタ役の田崎尚美のふたりを称賛した。
●で、22/23シーズンだが、新制作は例年の4つではなく3つに留まる。まずは開幕を飾るヘンデルの「ジュリオ・チェーザレ」。こちらは2年前から延期された公演。もともと大野監督にはバロック・オペラと日本人の新作を隔年で上演しようというプランがあり、そのバロック・オペラ第1弾がこのプロダクションになる予定だった。指揮はアレッサンドリーニ。ロラン・ペリーの演出で、パリ・オペラ座で上演されたもの。日本人新作はさらに次のシーズンに回されることに。
●それとムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」が開場25周年記念公演として新制作される。こちらはマリウシュ・トレリンスキの演出。大野和士指揮で都響がピットに入る。当ブログではここのところ「ボリス・ゴドゥノフ」の話題をなんどかとりあげているが、この作品には初稿と改訂稿があって、ずいぶん雰囲気が違う。配布資料によると「1869年の原典版と1872年の改訂版を折衷し上演」するそう。
●もうひとつの新制作はヴェルディ「リゴレット」。エミリオ・サージ演出。こちらはビルバオ・オペラから購入したプロダクションで、今後レパートリーとして使用できるのだとか。期待。
●ほかには5年ごとに上演されているゼッフィレッリのヴェルディ「アイーダ」をはじめ、「ドン・ジョヴァンニ」「タンホイザー」「ファルスタッフ」「ホフマン物語」「サロメ」「ラ・ボエーム」が並ぶ。「タンホイザー」では久々にステファン・グールドが登場。「ドン・ジョヴァンニ」は2年前に予定されていた「コジ・ファン・トゥッテ」の出演者がほとんどそのまま移ってきたもの。「ホフマン物語」「サロメ」も延期公演で、出演者はほぼ変わらず。コロナ禍で延期になった公演がいくつもある。大野「出演者をキャンセルして新しい出演者を契約すると経済的に二重に負担がかかる。延期をした場合、なるべく同じキャストで上演するのが世界中の劇場の通例であり、新国立劇場もこれにならった」
●説明会の後、参加者はオペラ、舞踊、演劇の3分野に分かれて、それぞれの芸術監督との懇談会に参加する。いつもは参加していたのだが、今回オンラインでは懇談会に参加できないということで、どんな話題が出たのかは知らない。こんど教えてください→リアル出席組の方。
ソニー音楽財団とサントリー芸術財団の「こども音楽フェスティバル」記者発表
●28日はソニー音楽財団とサントリー芸術財団が開催する「こども音楽フェスティバル」の記者発表。サントリーホールのブルーローズで行われたが、リアルとオンラインのハイブリッド形式だったので、ありがたくオンラインで参加。配信ツールはYouTube。子供を対象とした世界最大級のクラシック音楽の祭典をうたった「こども音楽フェスティバル」だが、当初2020年に開催予定だったところ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って断念、今回改めて2022年5月4日(水・祝)から7日(土)の4日間にわたって開催されることになった。会場はサントリーホールを中心に、アーク・カラヤン広場等周辺施設も含める。
●4日間で全18公演ということで規模は大きい。子供向けのコンサートに関してはこれまでソニー音楽財団がさまざまな形で主催して来ており、そういった経験の蓄積から生まれた企画なのだろう。対象は妊婦さんから中高生まで幅広く、公演ごとに目安となる子供の対象年齢が記されている。たとえば小学生以上対象の公演としては、はじめてのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」や、「名作アニメ×スクリーン!」など。中高生向けには吹奏楽関連の企画が目立つ。オーケストラは東フィル、読響が参加。指揮、ソリストもそうそうたる顔ぶれ。チケット価格はかなり安価に設定されており、しかも無料配信も予定されているのが太っ腹。
●記者発表には公式アンバサダーの清塚信也さんも登壇。ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」を演奏。無料ライブ配信番組の総合パーソナリティも務めるということで、活躍してくれそう。
●紆余曲折を経ての開催だけど、結果的に絶妙のタイミングになったのではないかという気もする。ひとつには「ラ・フォル・ジュルネ」のなくなった大型連休に、子供向けの音楽祭が開催されるという巡り合わせ。もうひとつは子供向けのコロナワクチン。今、12歳未満の子供たちはノーガードなので小学校の学級閉鎖が相次いでいるが、ようやく今月からファイザー社製の5歳から11歳用のワクチン接種がスタートする。5月には今よりも格段にファミリー層が出かけやすい状況になっているはず。