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March 9, 2022

山田和樹指揮読響のドビュッシー、コルンゴルト、諸井三郎

●8日はサントリーホールで山田和樹指揮読響。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲(小林美樹)、諸井三郎の交響曲第3番というすばらしいプログラム。メインプログラムが戦時の交響曲であるという点で図らずも時勢に即したものになってしまった。
●前半、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲は小林美樹のソロが見事。つややかな美音で楽器を鳴らし切って豊麗。のびやかな歌心が隅々まであふれている。ドビュッシーと続けて聴くと、前半は晴朗で陶酔的な音楽。ソリスト・アンコールに武満徹の「めぐり逢い」。山田和樹がチェレスタの席に座って伴奏を務めるというサプライズあり。
●後半、諸井三郎の交響曲第3番は1944年の作。太平洋戦争末期に書かれた3管編成+オルガン入りの交響曲で、6年後の1950年に初演されている。完成から2か月後に作曲者は招集され、終戦まで任務に就いたという。曲は3楽章構成。第1楽章は「静かなる序曲」と題された序奏に「精神の誕生とその発展」とされた主部が続く。第2楽章が「諧謔について」というスケルツォ風楽章。第3楽章が「死についての諸観念」。時代を反映した標題が添えられている。後期ロマン派までの伝統的な書法にのっとった交響曲で、作曲年代を考えるとヨーロッパとの時差を感じずにはいられないが、それにしてもオーケストレーションの巧みさには驚くばかり。作曲当時の情勢で初演にどれほどの現実味があったのかはわからないが、求める響きを自在に書ける様子の洗練された筆力に圧倒される。時にスクリャービン、フランク、シュトラウス、マーラー、ニールセンなど色々な作曲家を連想する。極東で書かれた交響曲という辺境性は稀薄で、地域性の少なさは作品受容の点からするともしかすると不利なのかな、とも感じる。第1楽章こそ苦闘する戦争交響曲だが、第3楽章では恍惚とした高揚感とともに解決へと至る。現世の向こう側に見出した救済というべきか。暗澹たるペシミズムにとらわれるのは時節柄しかたがない。
●このコンビでは珍しく客席はかなり寂しかった。それでも熱気があり、楽員が退出しても拍手が止まず、指揮者のソロ・カーテンコールに。邦人作品のメインプログラムでこの反応は得難い。