●30日は東京文化会館で東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.13、ワーグナー「ローエングリン」(演奏会形式)。17時開演だが早めに到着して上野公園で桜を眺める、おそらく多くの人がそうしたように。ごく一部にキャストの変更があったものの、無事に開催できて本当によかった。
●指揮はマレク・ヤノフスキ。NHK交響楽団との相性は最高で、演奏会形式でなければ体験できない高密度なサウンドを堪能。オペラ全曲にわたって、ここまで緻密で引きしまった音楽を体験できる機会はまれ。というか、記憶にないレベル。83歳のマエストロだが音楽が弛緩する場面はいっさいない。第3幕冒頭、まだ拍手が鳴っているなかで指揮台に上がるやいなや棒も取らずに勢いよく前奏曲を開始。クライバーかよっ! 始まってから指揮棒を手にとる。なんというカッコよさ。合唱は東京オペラシンガーズ。壮麗。
●豪壮な管弦楽に対抗したパワフルな歌手陣も立派。エルザ役のヨハンニ・フォン・オオストラムは歌唱もキャラクターも完璧にエルザ。高貴さ、純粋さ、弱さをすべて表現できる。エレーナ・ツィトコーワの代役として出演したオルトルート役のアンナ・マリア・キウリもすばらしい。邪で妖しく、強靭。純然たる演奏会形式ではあったが、やはりそれでも人物造形は伝わってくるもので、ハインリヒ王のタレク・ナズミ、テルラムントのエギルス・シリンスもみんなその役柄のイメージそのもの。ひとり異彩を放っていたのが題名役のヴィンセント・ヴォルフシュタイナー。ローエングリンの既存イメージと違っていて、出色だと思った。以前、この音楽祭で「ローエングリン」を歌ったクラウス・フロリアン・フォークトは白鳥の騎士そのものだったけど、ヴォルフシュタイナーのローエングリンは俗人。ただ超然とするだけではない、ひとりの人間としてのローエングリン像は、なぜその高潔さを無条件に人々が受け入れているのかという疑問を抱かせる。神明裁判などという絶望的な不条理でこの人物を信用できるものか。第3幕の夫婦喧嘩なんて、一から十までエルザの言ってることが正しい。妻に名前ひとつ教えられない胡散臭い男。それでドイツ万歳言われても。そもそも多神教の世界観に親しむワタシらは古代の神々を敬うオルトルートとテルラムント側に立っているのではないかと気づく。
●スクリーンは設置されず、このシリーズ名物(?)の映像はなし。個人的には残念だけど、評判のよいものではなかったので仕方ないか。
March 31, 2022