●29日は東京オペラシティでアレクサンダー・ガジェヴのピアノリサイタル。昨秋のショパン・コンクールで第2位(反田恭平と同位)を獲得したガジェヴとあって会場は満席。熱気と期待感が渦巻いていた。プログラムは前半がショパンの前奏曲嬰ハ短調op.45、ポロネーズ第5番嬰ヘ短調、ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調、後半がシューマンの幻想曲ハ長調。まずは会場を真っ暗にして、ガジェヴからのメッセージが流され、2分間の沈黙の後に演奏を始めたいと述べられた。オペラシティの天窓から明かりがわずかに漏れるなか、完璧な静寂が続き、それからピアニストの靴音が聞こえて、照明がつくとともに音楽が始まるというドラマティックな幕開け。
●磨き上げられた演奏を再現する予定調和的な音楽ではなく、一期一会のインスピレーションを大切にしたような、詩的で思索的なショパンとシューマンを堪能。パッションにもあふれている。本人談によれば、シューマンの幻想曲はショパンのソナタの「悲劇性に対する解毒剤」のようなもの。両曲のコントラストは際立っていた。ショパンの厳粛な葬送行進曲とシューマンの中間楽章のシンフォニックな祝祭性が対照的なクライマックスを作り出す。ダークサイドとライトサイドのようでいて、真のダークサイドはシューマンに潜んでいるのかも。終楽章もショパンが急峻な峰を全力疾走で駆け上がるエクストリーム登山だとすれば、シューマンはなだらかに広がる裾野から山頂へと一歩一歩踏みしめながら登り切る音楽。どちらにも最後は壮観が待っている。きわめて濃密な一夜。
●アンコールは2曲。ショパン「24の前奏曲」より第4番ホ短調、ドビュッシー「12の練習曲」より第11曲「組み合わされたアルペジオのために」。スタンディングオベーションも多数。いまだにブラボーの声は出ないわけだが、若い女性が多いせいか、拍手が高密度。なんというか、想いを乗せた拍手。
June 30, 2022