●夏は名作を読む季節、読書感想文の季節。とはいえ、今年はあまり重いものを読む気になれず、なにか空想的な旅の気分を味わえる本はないかなと思って手にしたのが、クリストファー・プリーストの「夢幻諸島から」(早川書房)。夢幻諸島と呼ばれるおびただしい数の島々の観光ガイドブックという体裁をとっている。これがびっくりするほどのおもしろさ。この世界には「北大陸」と「南大陸」があり、諸国は軍事的な緊張状態にあるのだが、そのはざまで夢幻諸島は条約により中立を保っている。島々にはそれぞれ固有の文化がある。小説上の仕掛けとして、「時間勾配によって生じる歪み」のため正確な地図が作成できないという設定があり、島から島への移動は可能ではあるけど容易ではない。このあたりの旅のハードルを高くする設定が絶妙で、現在のウイルス禍と微妙に重なり合っている。そして想像力を刺激されて「さて、自分はどの島なら住んでみたいと思えるだろうか」とつい考えてしまう。
●で、最初は島々のガイドブックだと思って読み進めると、独立した短篇小説みたいな章がいくつも出てきて、この世界の文化や芸術に重要な役割を果たしている何人かの人物がくりかえし登場する。実質的に連作短篇集になっているのだ。読み進めると思わぬところで章と章がつながっていて、この世界にあるいくつかの興味深いストーリーが徐々に見えてくる。これが秀逸。
●特におもしろかったのが、あるパントマイム芸人の舞台上での事故を扱った物語で、この部分はミステリー風味。あと「大オーブラックあるいはオーブラック群島」の章。無人島だと思って上陸したらそこは最凶の昆虫が棲息している土地だったという怖すぎる話。忘れがたいのは「シーヴル 死せる塔」の章。大学を出て故郷の島に帰った青年が、かつての同級生の女性と再会する。ふたりはお互いの距離を縮め、冒険をともにするが、最後は意外なところに着地する。ノーマルではないけど一種のハッピーエンドだと思った。
August 2, 2022