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August 15, 2022

映画「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」(フレデリック・ワイズマン監督)

●Amazonプライムビデオでフレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」を観る。ワイズマン・スタイルのドキュメンタリーで、ナレーションもなければテロップもない。関係者のインタビューもない。効果音もないし、BGMも一切ない。音楽が鳴るのはその場で本当に音楽が奏でられているときだけだし、だれかが話している場面は本当にその場でだれかが話しているときだけ。ワイズマンのドキュメンタリーを観ていると、普通のドキュメンタリーの饒舌さに耐えられなくなりそうだ。3時間にわたって、ロンドンの美術館、ナショナル・ギャラリーの姿をさまざまな角度から映し出す。
●ワイズマンはナショナル・ギャラリー全館に3ヵ月間潜入して撮影したという。ただし、他の作品、たとえば「パリ・オペラ座のすべて」に比べれば知られざる舞台裏を覗いたという感覚は薄い。あるいは「ボクシング・ジム」ほど、予想外の視点を提供するものでもないと思う。それでもこの作品はとても刺激的だ。カメラがもっとも多くとらえているのは、学芸員たちによる展示作品の解説。これがさすがナショナル・ギャラリーで、どれもこれもわかりやすくておもしろい。本当の入門者に向けた本質的な解説というか。たとえば人々が文字を読み書きできなかった時代は絵画が物語を伝えていたのだとか、絵画の鑑賞が現代における映画のような娯楽だったとか、絵画には映画や本と違って時がない、だから時が流れない中でストーリーを語っているのだということとか(余談だけど音楽は時間の芸術だから対照的で、時が流れるのは強みにも弱みにもなると思う)。でも、それってナショナル・ギャラリーの質が高いのであって、ワイズマン関係なくない?っていう疑問も成立するかもしれない。しかし、ワイズマン以外の人が撮ったら、たぶんこうはならない、無遠慮なナレーションとテロップが侵入するから。
●あと中心的な題材となっているのは、絵画の修復作業。専門知識と職人技が要求される世界。修復はワニスの上からするから、何か月もかけた修復作業であっても、15分もあれば元に戻せるのだという。元に戻せるのが絵画修復の基本で、なにかあったら次世代がやり直せるようにする。
●途中、美術館のなかでピアノが演奏される場面が挿入されている。曲はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番の第2楽章だ。意気揚々としたスケルツォに合わせて、次々と絵画が映し出される。知らないピアニストだったが、調べてみたらKausikan Rajeshkumarという人。美術館でピアノを聴くという企画が実際に行われていたようだ。
ヴァトー「愛の音階」
●もうひとつ音楽ネタとしてはヴァトーの絵画「愛の音階」を前にして、専門家たちが会話をしている場面があって、ここで女が手にしている楽譜はなんなのか、という話題があがっていた。譜面は読めるほどクリアに描かれてはいない。ひとりが、音楽学者に尋ねたところこれはギター用の楽譜でも歌の楽譜でもなく、実際の曲ではないだろうという見解を得たと語る。別の人物は今ウィリアム・クリスティ(!)に問い合わせているところだから、その答えを待ちたいと語る。楽譜の部分について、黒の絵具は溶けやすいこと、過去に修整されている可能性も考慮しないといけないという指摘があって、なるほどそういうものかと思った。
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●今週は夏休み週。当ブログも不定期更新で。