November 2, 2022

アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル 曲目は当日発表

●1日は東京オペラシティでアンドラーシュ・シフのピアノ・リサイタル。同会場でもう一公演あるので先に言っておくと、終演が午後10時半だった。型破りなリサイタルで、プログラムは当日発表。「バッハ、ハイドン、モーツァルト、シューベルトなどの作品から、シフ自身がトークを交えながら当日ステージ上で発表する」ということだったが、シューベルトがなくて代わりにベートーヴェンが演奏される予想外の展開。大変すばらしい。トークといっても、中身はしっかりとしたレクチャー、作品解説。シフがわかりやすい英語で話し、舞台上で座っているパートナーの塩川悠子さんが緩く通訳するというアットホームなスタイル。
●前半はバッハとモーツァルトの関係がテーマ。バッハの「ゴルトベルク変奏曲」より「アリア」、「音楽の捧げもの」から「3声のリチェルカーレ」、モーツァルトの幻想曲ハ短調K.475、バッハのフランス組曲第5番ト長調、モーツァルトの小ジーグK.574、バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻から前奏曲とフーガ ロ短調、モーツァルトのアダージョ ロ短調、ピアノ・ソナタ第17番ニ長調。対位法や調の話を軸に。前半が終わってもう8時40分くらいで、さすがに長さを感じ、これから休憩を入れると普通の公演なら終演時間だ……と、たじろいだのだが、後半に入ると楽しすぎて、逆に長さをまったく感じなくなる謎。ハイドンのピアノ・ソナタ ト短調Hob.XVI-44、ベートーヴェンの6つのバガテル、ピアノ・ソナタ第31番変イ長調。プログラムノートを見て、後半はきっとハイドンとシューベルトなのだろうと思い込んでいたのだが、まさかのベートーヴェン、そしてこれが圧巻。肩の力の抜けた自在さが作品の核心に迫るといった趣。最後に平均律第1巻から前奏曲とフーガ ハ長調を弾いておしまい。ピアノはベーゼンドルファー。トークの中で、ホール開館時にシフ自身が選んだピアノであることが紹介され、コンディションが保たれていてうれしいと語っていた。
●それにしても思い出すのは前回、同じ場所で開かれたシフのリサイタル。まだウイルス禍の最初期で、クラシック音楽業界には世間に先行して公演自粛のムードが広がる中、微妙なタイミングでシフのリサイタルが敢行された。いいのかな、大丈夫かな?とドキドキしながら聴きに行ったのを覚えている(今から思えばその時点での感染者数などかわいいものだったが、そんなことは知りようがない)。だれひとり咳払いもしない(できない)あのときの会場の静かさは、後にも先にもないレベルだったと記憶。