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January 11, 2023

「ブラック・フォン」(ジョー・ヒル著/ハーパーコリンズ・ジャパン)

●昨年読んだ本でひたすら感心したのがジョー・ヒルの短篇集「ブラック・フォン」(ハーパーコリンズ・ジャパン)。この本、以前に小学館から刊行された「20世紀の幽霊たち」を改題した新装版で、表題作の「ブラック・フォン」(以前の題は「黒電話」)がイーサン・ホーク主演で映画化されたことをきっかけに再刊されたらしい。映画のほうは未見で、見るつもりもないのだが、この短篇集は秀逸。一応はホラー小説というジャンルにくくられるのかもしれないが、メタフィクション的趣向もあれば、青春小説もあれば、挫折した大人の物語もあって、一言ではとてもくくれない。ただ全体のトーンとして「ほろ苦さ」があって、そこがなんとも味わい深い。英国幻想文学大賞短篇集部門受賞作。
●特によいと思ったのは、「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」。主人公はショー・ビジネスの世界を夢見て都会に出たものの、売れないまま故郷に帰った男で、エキストラとしてゾンビ映画に出演している。もちろんただのゾンビ役のひとりだ。そこでやはりゾンビ役のエキストラとして参加している高校時代のガールフレンドと再会する。ふたりは高校時代は人気者のベストカップルだった。彼女は息子を連れて参加している。ふたりは適切な距離感を探り合いながら会話を進め、やがて現在の境遇にあらためて目を向ける。そんな場がゾンビ映画の撮影だというのがたまらない。他にもかつての親友は風船人間だったという素っ頓狂な設定で書かれた青春小説「ポップ・アート」だとか、カフカの「変身」ばりにある日とつぜん昆虫になってしまった男が、その能力に目覚める「蝗の歌をきくがよい」、ホラー小説についての小説でありつつそれ自体が一級のホラーになっている「年間ホラー傑作選」等々。巧緻な作品が目立つ。むしろ表題作が弱いか。
●で、ワタシは知らなかったのだが(あるいは知っていたけど忘れていたのかも)、著者のジョー・ヒルはあのスティーヴン・キング(とタビサ・キング)の息子なのだとか。これにはびっくり。いや、文才を受け継いでいるという意味では納得か。しかしキングの息子であるということは大金持ちの家に生まれているわけで、それでいてこんなにもやさぐれた世界、敗者の世界を巧みに描けるというのは、どういうことなのか。父親の名を伏したまま、無名の新人としてこの短篇集でデビューしたそうだが、後でキングの息子だと知った人は心底驚いたのではないだろうか。