●話題の本、「親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語」(吉原真里著/アルテスパブリッシング)を読んだ。題材となっているのは著者がワシントンの議会図書館で出会った、バーンスタインに宛てられた数百通の手紙。日本では最初期のバーンスタイン・ファンであるカズコ、バーンスタインと激しい恋に落ちたクニ(橋本邦彦氏)のふたりの日本人との交流をひも解きながら、ステージ上からは見えないバーンスタインの姿を描き出す。2019年に英語で原著が出版されており、それを著者自身が改稿の上、自ら日本語で書き直して出版したというノンフィクション。生前のバーンスタインがこれらの手紙を手元に保管しており、それがいま図書館にアーカイブされていて閲覧できるというのもすごい話。
●もっとも印象深かったのは橋本邦彦氏とバーンスタインのラブストーリー。橋本氏からバーンスタインに宛てた手紙がたくさん引用されているのだが、当然のことながらとてもプライベートな内容で、熱烈な愛の手紙が続く。他人が読んではいけないものを読んでしまった感が半端ではない(本人の許諾はとれている)。そして、読むと憂鬱になる。だって、ふたりの関係性はどう転んだって不均衡なものだから。たとえ濃密な時間をふたりで過ごせたとしても、それはひとときのもの。相手は世界中を飛び回るスーパースターであり、独占することはできず、ともに人生を歩むことはかなわない相手。いちばんグサッと来たのは、橋本氏と同席していた場で、ゼッフィレッリがバーンスタインに向かって「海で魚を釣ったら、魚をいったん眺めた後は、海に放してやらなきゃいけない」と諭したという場面。つまり橋本氏が魚。これはゼッフィレッリのやさしさでもあるだろうけど、しんどい一言なわけで……。ただ、その先に待っているのは決して暗い結末ではない。バーンスタインというより、橋本邦彦の物語が美しい。
●もうひとつ柱になっているテーマは、書名にもあるように「戦後日本の物語」。これは最初のほうは知らない過去の話だけど、途中から自分も知っている時代になってきて、「そういうことだったんだ!」という発見がいくつもある。バーンスタインがイスラエル・フィルと来日したとき、ワタシはまだ大学生で、名古屋公演を聴くことができたんだけど、あのときのツアー実現の経緯なんかも興味深かった。コミュニケーションの行き違いでチケット発売後に演目の変更があったと書いてあったけど、まさに名古屋公演がそれで、当初の発表からマーラーの交響曲第9番に変わったんである。この変更を知って、ワタシは思わず「マジか?ヨッシャーーーー!」とガッツポーズをとったのだった(最初からマーラー9番だったら、チケットが取れなかったかもしれないと思った)。初めて目にした実物のバーンスタインが、あまりに身長が低くてイメージと違っていたのも忘れられないが(大男だと信じていた)、やっぱり同じ感想を持つ人も多かったんすね。あの公演の後、バーンスタインは名古屋に泊まらずに、能を鑑賞するために新幹線で大阪に戻ったという話は初耳。あと、日本はバブル期があったから、今とは違った景色が広がっていて、あの頃の時代の空気も伝わってくる。
February 3, 2023