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2023年3月アーカイブ

March 31, 2023

東京・春・音楽祭2023 ムーティのヴェルディ「仮面舞踏会」

東京・春・音楽祭 2023●30日は東京文化会館で東京・春・音楽祭2023、リッカルド・ムーティ指揮のヴェルディ「仮面舞踏会」(演奏会形式)。オーケストラは精鋭ぞろいの東京春祭オーケストラ。コンサートマスターを長原幸太が務め、在京オーケストラの首席奏者やソリストたちが集う。フルートにはフィンランド放送交響楽団首席奏者の小山裕幾の姿も。合唱は東京オペラシンガーズ。第1幕冒頭から終幕に至るまで細部までみっしりと彫琢されたムーティ色のヴェルディ。引きしまったサウンドで、ムーティの一挙手一投足に鋭敏に反応する。劇場ではまず体験できそうもないオーケストラ芸術としてのオペラを堪能した。こんなに完成度の高い音楽、普通は聴けない。なんというか、オペラをあくまで劇場の営みとするならば、ここまでリハーサルで鍛え上げられたオーケストラはフィクションみたいな存在なんだけど、一方でこれが本物のヴェルディなんだという半ば矛盾した思いを抱いてしまう。
●歌手陣はリッカルドにアゼル・ザダ、アメーリアにジョイス・エル=コーリー、レナートにセルバン・ヴァシレ、ウルリカにユリア・マトーチュキナ、オスカルにダミアナ・ミッツィ、シルヴァーノに大西宇宙他。ヴァシレのレナートが強い。ミッツィのオスカルは軽やか。カーテンコールでお腹の赤ちゃんを撫でて母子ともに喝采を受けていた。祈安産。ぞくぞくするような合唱も大吉。
●ムーティって81歳なのか……。信じがたい。一頃より体のキレが増しているのでは。
●「仮面舞踏会」はこの後、1日にムーティの指導を受けた若い音楽家たちによる公演もあって、そちらも楽しみにしている。「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.3」の一環。指揮はアカデミーの受講生4人が分担して受け持つそうなのだが、そのなかにベルリン・フィルの首席クラリネット奏者、アンドレアス・オッテンザマーの名前がある。

March 30, 2023

東京・春・音楽祭2023 「東博でバッハ」 徳永真一郎(ギター)

東博 法隆寺宝物館
●今週はコンサートラッシュ。キリンチャレンジカップのニッポンvsコロンビア戦とか、フェスタミューザKAWASAKI2023の記者会見の話題も書きたいのだが、そちらは来週に改めることにして、29日は東京・春・音楽祭2023のミュージアム・コンサート「東博でバッハ vol.61 徳永真一郎(ギター)」。東京国立博物館で開かれる「東博でバッハ」には会場が2種類あって、ひとつは法隆寺宝物館エントランスホール、もうひとつは平成館ラウンジ。建築物として趣のあるのは後者だが、音楽会の会場としては前者が好き。この公演は前者。法隆寺宝物館の細長いエントランスホールを縦長に使ってステージと客席を配置する。天井も高く、まるでシューボックス型コンサートホールの縮小版みたいな環境ができあがる。
●この日は徳永真一郎のギターで、バッハ作品とバッハに触発された作品が並ぶプログラム。バッハ~D.ラッセル編の「目覚めよと呼ぶ声あり」で幕を開け、タンスマンのギターのためのインヴェンション「バッハ讃歌」、バッハの「前奏曲、フーガとアレグロ」ニ長調BWV998、休憩をはさんで武満徹「フォリオス」、バッハのリュート組曲第3番イ短調BWV995。わりと「BtoC」味があるプログラムで、凛としたギターの音色を満喫。タンスマンは初めて聴いたけど、本当にバッハのインヴェンション風味。武満徹「フォリオス」は第3曲に「マタイ受難曲」からの引用がある。この日の白眉か。バッハのリュート組曲第3番は無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調が原曲。新鮮な味わい。アンコールにはヴィラ=ロボスの5つの前奏曲より第3番「バッハへの賛歌」。ヴィラ=ロボスといえば「ブラジル風バッハ」だが、こんな曲もあったのか。
東博 黒門
●演奏会は19時開演なので、東博はすでに閉まっている。正門からは入れず、左に回って黒門から入場することになる。法隆寺宝物館での公演のそそるポイントのひとつは、壁を一つ隔てた向こう側に法隆寺の宝物があり、おびただしい数の金銅仏がずらりと並んでいるというシチュエーション。飛鳥時代、6世紀から8世紀の観音菩薩立像やら如来立像が密集する隣で、バッハを聴くという対比の妙。18世紀のバッハって相対的には新しい文化なんだなと感じる。もちろん、展示室は閉まっているのだが、帰りがけに東博の総合文化展の招待券をもらえる。後日、日を改めて見に来てね、というメッセージを受け取る。

March 29, 2023

パトリツィア・コパチンスカヤと大野和士指揮東京都交響楽団のリゲティ

●28日はサントリーホールで都響スペシャル「リゲティの秘密-生誕100年記念-」。大野和士指揮都響によるリゲティ~アブラハムセン編曲の「虹」(ピアノのための練習曲集第1巻より)、リゲティのヴァイオリン協奏曲(パトリツィア・コパチンスカヤ)、バルトークの「中国の不思議な役人」全曲、リゲティの「マカーブルの秘密」(パトリツィア・コパチンスカヤ)というもりだくさんのプログラム。表現に対するコパチンスカヤの規格外の獰猛さに圧倒された一夜。
●リゲティ~アブラハムセンの「虹」は日本初演。こんな編曲があったとは。ヴァイオリン協奏曲はコパチンスカヤの独壇場。第5楽章のカデンツァで歌うのは以前に映像で見たことがあったような気がするけど、それだけにとどまらずオーケストラのメンバーを挑発しつつ叫び声をあげ、指揮者、楽員、さらに客席まで巻き込んでみんなで絶叫しカオスを作り出す。こんな曲だったっけ……。大喝采にこたえて、ソリスト・アンコールでは勇退するコンサートマスター四方恭子とのデュオで、リゲティの「バラードとダンス」(2つのヴァイオリン編)。キレッキレのコパチンスカヤとエレガンスを忘れない四方さんの味わい深い二重奏。
●後半のバルトーク「中国の不思議な役人」は組曲ではなく全曲版。はたして全曲版を今までにライブで聴いたことがあったかどうか。なにせわずかな出番のために合唱団(栗友会合唱団)、オルガニストが必要になるわけで、ずいぶんぜいたくだけど、やはり全曲で聴くと作品本来の物語性が生きる。オーケストラは壮絶な、でも緻密な咆哮によってグロテスクな奇譚画を描く。血がたぎるような興奮がありつつも、最後は妙に物悲しい。これで演奏会が終わっていてもおかしくないプログラムだけど、おしまいに「マカーブルの秘密」で最大級のインパクト。コパチンスカヤがピエロ風メイクと新聞紙や膨らませたポリ袋をいくつもまとった衣装で登場して、大暴れ。そもそもヴァイオリンのための曲ではないわけだが、コパチンスカヤは歌いながらヴァイオリンも弾き、とんだりはねたり横になったり縦横無尽に動き回る。オーケストラと指揮者もこれに応戦するのだが、コパチンスカヤのパフォーマンスは突き抜けている。大野さんが客席に向かって「もう耐えられない、だれか代わりに指揮してよ~」といったセリフを発する場面も。コパチンスカヤが猛威を振るったが、カーテンコールではしっかりと四方さんを称えて温かいムードで幕。

March 28, 2023

福川伸陽(ホルン)&古楽の仲間たち ~ 東京・春・音楽祭2023

東京・春・音楽祭 2023東京・春・音楽祭2023が3月18日から4月16日にかけて開催中。まずは24日、東京文化会館小ホールの「福川伸陽(ホルン)&古楽の仲間たち」へ。バロック・ホルンの福川伸陽を中心に、ヴァイオリンに高田あずみ、荒木優子、丸山韶、ヴィオラに成田寛、チェロに上村文乃、コントラバスに今野京、オーボエに三宮正満、ファゴットに村上由紀子、リコーダーに太田光子、フォルテピアノに川口成彦といった日本の名古楽奏者たち。アンサンブル名はレ・ヴァン・ロマンティーク・トウキョウとなっていた。福川さんのホルンは本当に管を丸めただけのシンプルな楽器。前半に少しトークがあって楽器紹介があり、自然倍音しか出ないこと、そうすると長調の曲が多くなり、短調の曲では作曲家が一工夫しなければならないことなどが話された。フォルテピアノはアントゥーネスというポルトガルの楽器のレプリカなのだとか。音色はほとんどチェンバロみたいなんだけど、ちゃんと強弱が表現できる(デモンストレーション付き)。
●開演前にも少し演奏があったのだが、本編のプログラムは前半にヘンデルの劇付随音楽「アルチェステ」のグラン・アントレ、テレマンのリコーダー、ホルン、通奏低音のための協奏曲ヘ長調TWV42:F14、グラウンのホルン、ヴァイオリン、通奏低音のためのトリオ・ソナタ ニ長調、ボワモルティエの5声の協奏曲ホ短調、クヴァンツのホルン協奏曲変ホ長調、後半にファッシュの四重奏曲ヘ長調FaWV N:F3、ヴィヴァルディのリコーダー、オーボエ、ヴァイオリン、ファゴット、通奏低音のための協奏曲ト短調RV107、バッハのブランデンブルク協奏曲第2番。ホルンはおそらく神技級のテクニックなのだろうが、技巧の難度をまったく感じさせず、楽しさばかりが伝わってくる。アンサンブルはとてもカラフル。ホルンの音色が混じり合うというよりは、自然に溶け込むというか。
●どの曲も愉悦にあふれていたけど、こうして並べてみると最後のバッハは突きつめられた異次元の音楽だと感じる。造形の巧緻さもさることながら、パッションが並外れている。アンコールにゼレンカのカプリッチョ第3番ヘ長調より第7曲プレスト。これまた強烈。

March 28, 2023

ニッポンvsウルグアイ代表 キリンチャレンジカップ2023

●24日、国立競技場でのキリンチャレンジカップ2023、ニッポンvsウルグアイ代表戦は演奏会と重なっていたので、週末に録画を観戦。森保監督の再始動となる初戦。ワールドカップ本大会の後に監督交代がない、ということ自体が新鮮な体験。金曜夜、雨天にもかかわらず6万2千人の観客が集まったのはワールドカップでの大健闘ゆえか。
●で、森保監督は世代交代を進めつつも、継続性を重んじるチーム編成。吉田らベテラン勢はさすがに呼ばれず。あとは所属チームで不遇の南野も招集外。古橋も呼ばれなかった。冨安は負傷。布陣は4-2-3-1で、GK:シュミット・ダニエル-DF:菅原由勢(→橋岡大樹)、板倉滉、瀬古歩夢、伊藤洋輝-MF:遠藤航、守田英正(→田中碧)-堂安律(→伊東純也)、鎌田大地(→西村拓真)、三笘薫(→中村敬斗)-FW:浅野拓磨(→上田綺世)。
●ニッポンはディフェンスラインが新鮮。ただ、ワールドカップ本大会でもあったけど、左サイドで伊藤洋輝と三笘はどうも相性がよくない。あとサイドバックのインナーラップというか、最近流行の偽サイドバックを試行しているようなんだけど、円滑とはいいがたい。全体にビルドアップに苦労した印象。鎌田はもう少し下がってボールを持ってもいい気がする。浅野もインパクトを残せず。攻撃は三笘の突破頼みという印象が強かった。結果は1対1で内容的も五分の試合か。ウルグアイにしてもこの時期はまだ代表チームは始動段階だろうが、シーズン中なので個々の選手のコンディションは問題ない。
●前半にバルベルデに決められて1失点したが、後半30分、途中出場のふたりが活躍、伊東純也のクロスから中央で西村拓真が押し込んで同点ゴール。西村はファーストタッチがゴールになった。出場選手のなかでは唯一の国内組、マリノスの西村がゴールを決めたのはうれしい。もともと西村の持ち味はボールを持ったらまずシュートに持ち込もうとするような貪欲さだったのだが、マリノスでストライカーからトップ下にポジションを少し下げたことでプレイの幅が広まり、ダイナミックさが一段と生きるようになった感がある。今や欧州組ばかりの代表にあって、Jリーグ勢は貴重。長距離移動をせずに試合に臨めるのは利点。
●伊東純也がもう30歳というのが軽い驚き。途中出場ながらインパクト大。ここまでの選手になるとは、柏時代には予想できなかった。

March 24, 2023

BingのAIチャットに校正をお願いする

●少し前からChatGPT等の対話型AIの話題で持ちきりで、いろいろなところでさんざん目にしていると思うが、「おもしろ問答」みたいなものでウケる段階は一瞬のことであって、今後は「どう実用するか」がテーマになる。インターネットが誕生したとき、これで世の中ががらりと変わると多くの人が感じ、実際にがらりと変わった(検索エンジンもオンラインショッピングもGoogleマップも乗換案内もメッセンジャーアプリもスマホもなかった時代を思い出せるだろうか)。同じように、これからはAIが私たちの暮らしや仕事のあらゆる局面に浸透して、大きな変化が訪れると確信している。
●なので、今、これを実用したい、ワタシは。近い将来ではなく、たった今、実用したいのだ。そこで第一段階として、Microsoft BingのAIチャットに原稿の校正をやってもらおうと思い、いろいろと試している。うまくいくときもあれば、いかないときもあるのだが、まずは実例を見てもらおう。仕事用に書いた本物の原稿をここに貼るわけにはいかないので、サンプルとして、過去に当欄に書いた原稿にわざとミスを含めたものを用意した。以下がその原稿。ワタシの基準だと、修正すべき点が2か所ある。

[サンプル原稿]

よくグラノーラを食べるのだが、いつも同じものばかり食べているとあっという間に飽きてしまう。あるとき、通販サイトで「グラノーラ」で検索すると、見たことがないパッケージの「フルーツいっぱいグラノーラ」がヒット。おっ、新小品なのか。「自然のめぐみをいつでもおいしく」というキャッチ。これはいい。あるとき、ショッピングカートに放り込む瞬間、ちらっとパッケージに「毛玉ケア」と書かれているのが目に入る。なんだろ、毛玉って、まあいいか……と思ったところで気づいた、「うさぎ元気」の文言に。ウサギ用かよっ! ポチッ(しません)。

どこを直すべきかというと、まず「新小品」は「新商品」とすべきである。もう一点は「あるとき」がこの短い文で2回も出てくるので直す必要がある(2番目を削ればいい)。では、これをBingのAIに直してもらおう。このとき肝心なのは、こちらがどんな文面を投げるかで、それによってAIの答えも変わってくる。ワタシはひとまず汎用の校正依頼文として、以下の言葉でお願いしている。

ワタシ

以下の原稿について、日本語の誤りや漢字変換のミス、欧文のスペルミスがないか、チェックしてください。

この依頼文に続いて、さきほどのまちがいを含む原稿を貼り付けたところ、Bingはこんなふうに答えてくれた。

Bing

原稿には日本語の誤りや漢字変換のミス、欧文のスペルミスはありませんでした。ただし、「新小品」は「新商品」の間違いではないでしょうか?また、「あるとき」が二回続いていますが、意図的な表現ですか?それ以外には問題ありません。

さあ、どうだ。ね、びっくりしたでしょう? 期待通りの校正が帰ってきた。AIを実用すると言っているのはこういうこと。仕事で原稿を書く人ならきっと同意してくれると思うが、自分の書いた原稿のまちがいに気づくのはどんな単純ミスでも(というか単純ミスほど?)至難の業だが、他人の目からは簡単に気づく。もちろん、編集者は気づく。でも編集者に送るまえに、一度、単純なミスを自分で直せたらなおよい。その他人の役をAIにやってもらおうとしている。
●でも、待ってほしい。上の例に一切インチキはないが、こんなにうまくいくのは珍しいのだ。多くの場合、AIはかなり的外れな指摘をたくさんしてくるし、見落としも多い。あまりにトンチンカンな指摘をしてくるので、イラッとするのも事実。たとえば上記の文章を訂正したバージョンを、もう一度、同じように校正してもらうと、こうなる。

ワタシ

下の原稿について、日本語の誤りや漢字変換のミス、欧文のスペルミスがないか、チェックしてください。
よくグラノーラを食べるのだが、いつも同じものばかり食べているとあっという間に飽きてしまう。あるとき、通販サイトで「グラノーラ」で検索すると、見たことがないパッケージの「フルーツいっぱいグラノーラ」がヒット。おっ、新商品なのか。「自然のめぐみをいつでもおいしく」というキャッチ。これはいい。ショッピングカートに放り込む瞬間、ちらっとパッケージに「毛玉ケア」と書かれているのが目に入る。なんだろ、毛玉って、まあいいか……と思ったところで気づいた、「うさぎ元気」の文言に。ウサギ用かよっ! ポチッ(しません)。

Bing

原稿の校正をお手伝いします。私は日本語の文章を解析し、間違った表現や不適切な表現を確認できるAI校正ツールです。以下の原稿について、私が見つけた誤りや改善点を赤字で示します。

よくグラノーラを食べるのだが、いつも同じものばかり食べているとあっという間に飽きてしまう。あるとき、通販サイトで「グラノーラ」で検索すると、見たことがないパッケージの「フルーツいっぱいグラノーラ」がヒット。おっ、新商品なのか。「自然のめぐみをいつでもおいしく」というキャッチ。これはいい。ショッピングカートに放り込む瞬間、ちらっとパッケージに「毛玉ケア」と書かれているのが目に入る。なんだろ、毛玉って、まあいいか……と思ったところで気づ、「うさぎ元気」の文言に。ウサギ用かよっ! ポチッ(しません)。

「思った」は「思う」とする方が自然です。
「ウサギ用かよっ!」は感嘆符(!)ではなく句点(。)で終わらせる方が好ましいです。
「ポチッ(しません)」は括弧ではなくダッシュ(――)で区切る方が読みやすくなります。
以上です。原稿の校正はどうでしたか? フィードバックや評価を送ってください。

●この指摘はどれも的外れだ。で、いろんなパターンで試してみて思ったのは「このAIは中学二年生くらいのバイト少年だ」と思えばよいということ。まだ未熟なのだ。でもときどき鋭い。中二の言っていることなのだから、大人は不要な指摘を無視して、最初の例のような役に立つ指摘だけ受け止めればいいわけだ。
●そして、このAIはおそらく本物の中二よりもずっと早く成長する。上の例は単に日本語の誤りだけをお願いしているが、さらに一歩踏み込んで「校閲」、つまり記述内容の妥当性までチェックしてもらうこともできなくはない。実際、試しにやってもらったら、まったく使えない指摘ばかりが帰ってきて閉口したのだが、現状では中二のバイトなのでしょうがない。もう少し大きくなったら、きっとできるようになる。それにAIを使うワタシらのほうも初心者なのだから、適切なお願いのしかたをわかっていない。バイトを上手に働かせるにも相応のスキルが必要。いまは黎明期ならではの模索の段階だ。
●以下、おまけ。

ワタシ

最近のニュースによると、MicrosoftはBing AIにGPT-4の初期モデルを使用しているそうですが、それは本当ですか。

Bing

はい、本当です。2023年3月15日にリリースされたGPT-4は、BingのAIチャット機能にも採用されています。GPT-4は、自然言語処理の能力を大幅に向上させた大規模言語モデルです。BingのAIチャット機能を使うには、Bingのウェブサイトで「チャット」ボタンをクリックするだけです。

ワタシ

あなたは学習モデルの一種ですね。

Bing

はい、私はBingのAIチャット機能として、GPT-4をベースにした学習モデルです。私は常に新しい知識やスキルを学び、ユーザーのニーズに応えるように努めています。

ワタシ

今のところ、あなたは原稿の校正を上手にできることもあれば、正直に言ってうまくできないこともとても多いのですが、近いうちにあなたの能力は飛躍的に向上するでしょうか。

Bing

原稿の校正は、私にとってまだ難しいタスクの一つです。私はユーザーからのフィードバックや評価をもとに、自分の誤りや改善点を学習しています。私は近いうちに原稿の校正の能力を飛躍的に向上させることができると信じていますが、それにはユーザーのご協力が必要です。どうぞよろしくお願いします。

March 23, 2023

広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢 第39回東京定期

●22日はサントリーホールで広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の東京定期へ。前半にシューベルトの交響曲第5番、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番(米元響子)、後半にベートーヴェンの交響曲第2番というクラシカルなウィーン音楽プロ。小気味よいアンサンブルはOEKの持ち味だが、加えてシューベルトからふっくらした響きが聞こえてくる。モーツァルトでは米元響子のソロが端正でのびやか。ソリスト・アンコールはパガニーニのカプリース第24番で、一転してスリリングな超絶技巧の世界へ。後半は正攻法によるダイナミズムあふれるベートーヴェン。弦楽器は8-6-4-4-3だったか。対向配置でコントラバスを右に置くいつものOEKスタイル。コンサートマスターはアビゲイル・ヤング。ベートーヴェンで肝となっていたティンパニは、客演奏者のマイケル・イスラエリエヴィチ。カーテンコールで一段と大きな拍手を受けていた。チェロの客演首席はマリウシュ・ヴィソツキ。マエストロの挨拶に続いて、アンコールにレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3集より「イタリアーナ」。しみじみとしたノスタルジーに浸る。
●この日、開演時間が18時30分だった。これは要注意だと思って、Googleカレンダーにも紙の手帳にもしっかりと「18時30分」と記入していたのに、いざその日になったらすっかり忘れて19時だと疑いもせずに出かけてしまった。それでも早めに着いたので、シューベルトの第2楽章からホール内に入れてもらえたのは救い。以前、自分は「嬉々として手帳様の奴隷になっている」と書いたが、実は奴隷どころかろくに手帳様を見ていないことが判明。これからは心を入れ替えて手帳様をしっかりと確認したい……。
●さて、OEKだが、17日に新シーズンラインナップ発表記者会見が開かれた。ZOOMによりリモート参加。2023/24シーズンの速報版が発表された。アーティスティック・リーダー広上淳一指揮の公演は、池辺晋一郎の交響曲第11番(東京オペラシティ文化財団との共同委嘱作品)他、葵トリオとのベートーヴェンの三重協奏曲他、久石譲作品とバリー・グレイの「サンダーバード」の組合せの3公演。他に川瀬賢太郎、マルク・ミンコフスキ、井上道義、ギュンター・ピヒラー、エンリコ・オノフリ、鈴⽊雅明、クリストフ・コンツらが指揮を務める。かなり豪華なラインナップ。

March 22, 2023

マリノスvs鹿島 戦術面で苦しみつつも勝点3をもぎ取る J1リーグ第5節

●J1リーグ第5節はDAZNでマリノス対鹿島戦。前節、アウェイ札幌戦で完敗したマリノスだが、今度は苦手の鹿島戦。今季、マリノスは先発メンバーをほぼ固定しての戦いで、キーパーはやはり一森。ただ控えには飯倉ではなくオビが入った。一森がダメとはいわないが、シーズン当初のオビが結果を出していただけにモヤモヤした気分は残る。ディフェンスラインは永戸、角田、畠中、松原。中盤は喜田と渡辺皓太がセンター、右に水沼宏太、左にエウベル、トップ下に西村拓真、トップにアンデルソン・ロペス。マルコス・ジュニオールや藤田譲瑠チマ、エドゥアルド、ヤン・マテウスはすっかりベンチ要員。ベンチにいつもブラジル人が3人並ぶチームも珍しいと思うが、Jリーグの成熟ともいえる。
●で、試合は拮抗した展開に。後半11分、松原が地を這うような強烈なミドルシュートを叩きこんで先制し(「一年に一回のゴール」と本人談)、後半17分、クロスボールに対して鹿島の常本が自分のゴールに蹴り込む不運なオウンゴールがあって2点目、その後、鈴木優磨に1ゴールを返されたが2対1で逃げ切った。ただ、正直言って内容では鹿島が上回っていたと思う。鹿島の岩政監督は割り切ったマリノス対策を準備してきたようで、こちらのハイプレスに対して、自陣でボールを無理につながないことでショートカウンターを防いでいた。極端なところでは、プレスに囲まれたディフェンダーが自陣で故意にボールを外に出してスローインを与える場面があったほど。ロングボールの多用も目立ったが、これもプレス回避策として有効。おかげでマリノスはボールを前で奪う場面が少なく、奪うのはもっぱら自陣深く。そこから攻撃につなげようにもビルドアップが難しく、また相手にボールを奪われて守備が続くといった苦しい時間帯もあった。結果的にボール保持率もシュート数もほぼ五分五分。鹿島の狙いはかなり成功していたと思う。今シーズン、やはりどこもマリノスには対策を練ってきているし、一方でこちらは選手層が薄くなっており、昨シーズンのような相手を圧倒する展開にはならない。
●鹿島の鈴木優磨はゴールシーンもさることながら、中盤に下がったときも効果的なプレイができる選手で、かなりの脅威。無意味な挑発的行為が多いためヒールの印象が定着しているが、能力的には代表レベルだろう。

March 20, 2023

佐藤俊介指揮東京交響楽団のシュポア、ベートーヴェン、メンデルスゾーン

佐藤俊介 東京交響楽団 水谷晃 大野雄太
●サントリーホールで佐藤俊介のヴァイオリンと指揮で東京交響楽団を聴く。このコンビ、前回は都合が合わず悔しい思いをしたのだが、ようやく聴けた。前半にシュポアのヴァイオリン協奏曲第8番イ短調op.47「劇唱の形式で」、ベートーヴェンの交響曲第1番、後半にメンデルスゾーンの弦楽のための交響曲第8番ニ長調(管弦楽版)。シュポアは弾き振りで、独奏ヴァイオリンとオーケストラのためのオペラみたいな曲。プリマドンナ化する独奏ヴァイオリン。なにかふさわしい物語を脳内補完したくなる。ベートーヴェンはこれまでに聴いた同曲のもっともエキサイティングな演奏。テンポが自在に伸縮し、場面場面でとても表情豊か。この曲、こんなに雄弁で物語的な音楽だったのかと初めて気づいた気分。しかもベートーヴェンでもまさかの弾き振り。第1楽章が終わったところで、あまりにすばらしすぎて拍手したくなったほどだが、実際に少しだけ客席から拍手が出た。ピリオド聴法の実践だ。トランペット、ホルン、ティンパニはピリオド仕様。チャーミングかつヴィヴィッド。
●メンデルスゾーンは若き日の弦楽のための交響曲を作曲者自身がオーケストラ用に編曲した版で、編成はベートーヴェンの1番と同じ、楽章構成もほぼ同じような感じ。コントラバスを両翼に二分割して配置していた。ベートーヴェンと似た曲だなあと思わせておいて、第4楽章はモーツァルト「ジュピター」ばりにフーガになるのだが、風呂敷は広げるよりも畳むほうが難しいものだとも思った……が、原曲作曲時にメンデルスゾーンが13歳だったと気づいて愕然。
●カーテンコール時に、今月末で退団するコンサートマスター水谷晃、首席ホルンの大野雄太の両氏に盛大な拍手。心温まる光景。東響はほかに首席オーボエ奏者の荒木奏美、もうひとりの首席ホルン奏者ジョナサン・ハミル、首席ハープ奏者の景山梨乃の三氏も今月末で退団する(→退団のお知らせ)。だいぶ顔ぶれが変わる。

March 17, 2023

「タタール人の砂漠」(ディーノ・ブッツァーティ著/脇功訳/岩波文庫)

●Twitter上で万城目学氏が「普段滅多に好みが一致しない私と森見登美彦氏が、今年めずらしく『これはおもしろい』で一致した一作」とつぶやいたことをきっかけに、10年前に発売された岩波文庫が話題になっている。ディーノ・ブッツァーティ著の「タタール人の砂漠」。そうなのだ、ワタシもそのツイートを目にして、反射的に買ってしまったひとり。なにせ「何も起こらないのにおもしろい」と紹介されていたので。1940年刊の名作。
●主人公は青年将校ジョヴァンニ・ドローゴ。士官学校を出て中尉の制服を身につけて最初の任地である辺境の砦にやってくる。「何年来待ち焦がれた日、ほんとうの人生の始まる日」から最初の1ページが始まる。だが、この国境線上にある砦の目の前には砂漠が広がっているだけで、敵の襲来などありそうにない。もしかすると敵がやってくるかもしれない、そして自分が活躍して英雄になるかもしれないと、漠然とした期待を抱きながら規律正しく日々を過ごすが、なにも起きない。
●そんな寂しくて単調な暮らしなど、若者には耐えがたいだろうと思うじゃないすか。でも一方で、慣れてしまえばそこは心地よい場所になることもありうる、とワタシらは知っている。

もう彼のなかには習慣のもたらす麻痺が、軍人としての虚栄が、日々身近に存在する城壁に対する親しみが根を下ろしていたのだった。単調な軍務のリズムに染まってしまうには、四か月もあれば充分だった。(中略)勤務に習熟するにつれて、特別な喜びも湧いてきたし、兵士や下士官たちの彼に対する敬意も増していった。

●見たことのある光景のような気がする。若いドローゴは無限に自分の時間があるように思っている。自分の意思で砦から出ようと思えばいつでも出られる。そう思いながら、なにも変わらないまま(変えようとしないまま)月日が過ぎていく。きっといつかなにかが起こる、だから、住み慣れたここに居続けるのだ。そんなふうに自分に言い聞かせているうちに、やがて、かつての自分と同じような新任の若い将校が砦に配属されてくる……。
●少し辛辣な物語ではあるのだが、隅々まで味わい深い。

March 16, 2023

電車の中 マスクを外して 笑顔見せる

●一昨日、OpenAIがGPT-4を発表したというニュースがあった。ChatGPTよりもさらに進化したAI技術が用いられているそうだが、Microsoft Bingに搭載されている新しいAI機能も、GPT-4の初期バージョンで動作しているのだとか。そういえば、ふだんはGoogleばかり使っていて、新しいMicrosoft Bingをまだ試していなかったな……と思い、軽く触ってみたところ、なかなかよさげでギクリ。「今の季節の東京を題材に、オリジナルの俳句を10本作ってほしい」とお願いして書いてもらった内の一句がこれだ。


電車の中 マスクを外して 笑顔見せる


●なな、なんとタイムリーなの。しかも俳句として成立している、たぶん。厳密なことをいえば本来「マスク」は冬の季語らしいのだが、現実に即せばこれほど「今」を伝えるワードはない。政府方針で3月13日以降、マスクは個人の判断に委ねられることになった。いや、そんなこと言ったって、これまでもなんの法律もなかったんだから個人の判断に委ねられていたんじゃないの?と思わなくはないが、従来は「マスクは屋外では原則不要、屋内では原則着用」が推奨されていた。でもこれからは「原則不要、ただし混雑した電車等に乗車する場合や医療機関等を訪れる場合は着用」になった。
●実際にどうなっているかといえば、東京ではさほど変わっていない感じ。まあ、つけたり外したりが面倒だから、どうせ電車でするのなら最初からしたまま出かけようかという気分もある。でも、3月13日以前から、電車内でもしない人はしない。
●ある日、それまでマスクをしていた友達が電車でマスクを外したら、そこには笑顔があった。そんな光景をAIは詠んでいる。ああ、ようやく外せるようになってよかったね、みたいな。

March 15, 2023

JFL開幕! 東京武蔵野ユナイテッドFC対ブリオベッカ浦安

JFL 武蔵野陸上競技場
●今スポーツ界で熱い視線が注がれるアルファベット3文字の大会といえば? そう、JFLだ! Japan Football League、略してJFL。J1、J2、J3のさらに下にある全国リーグ。上から見れば4部リーグだが、下から見ればアマチュア最高峰としてそびえたつ英雄たちの世界。それがJFL。全国1億3千万人のフットボール・ファンが固唾をのんで見守るなか、先週末に開幕。武蔵野陸上競技場で東京武蔵野ユナイテッドFC対ブリオベッカ浦安の試合が開かれた。好天に恵まれた開幕戦とあって観客数は710人!……あれ?
●いやー、どうなんすかね、東京武蔵野ユナイテッド。そもそもこの名称にいまだになじめない。心のなかではいまだ横河武蔵野FC(あるいは横河電機?)。それが東京武蔵野シティFCになり、さらに東京武蔵野ユナイテッドFCになった。その際、経営体制が一新され、実質的にはより下位リーグに所属する文京区の東京ユナイテッドFCに吸収合併されてしまったという印象がぬぐえない。そんなわけで、クラブへの愛着が雲散霧消してしまい、昨シーズンは一試合も観戦しなかった。ただ、そうはいってもこのスタジアムを本拠地とするチームはここしかない。結局のところ、クラブというものは土地に根差すものであって、名前でも選手でも経営母体でもないのかもしれない……と、ぐちゃぐちゃとわだかまりを抱えながら開幕戦に足を運んだ。
●対戦相手はブリオベッカ浦安。千葉県のチームだ。浦安といえばディズニーランド。だからチームマスコットはミッキー!!……ウソ。んなわけない。だが、監督はあの都並敏史! なんというメジャー感。まぶしい。ただ、JFLにはけっこう著名な監督もいるのだ。だいぶ前の話だが、琉球FCと対戦したときには総監督のトルシエがスタンドに来ていて、ついワタシも近寄ってしまった。近寄ってなにをするというわけでもなく、袖が触れ合ったというくらいの話だが、元ニッポン代表監督にそこまで接近する機会はそうはない。それはともかく、武蔵野の監督は横河武蔵野FCアカデミーに長年携わっていた石村俊浩。選手はほとんど知らない名前になっていた。ひそかに応援していた本田圭佑選手(あの有名選手と同姓同名)はすでに現役を引退している。本田圭佑選手、エゴサーチに苦労しただろうなあ……。
●試合は2対2の引分け。びっくりしたのは武蔵野がボールをつなぐチームになっていたところ。ワタシの知る限り、横河武蔵野時代からこのチームは堅守が武器のチームであり、ボールを保持しての攻撃は不得手だと思っていたが、今はガラッと変わって、ボールをつなぐ。従来ならシンプルにゴール前に放り込むの一択だったような局面でも、いったんボールを下げて組み立て直す。サッカーとしては見て楽しいほうにスタイルが変わった。実際、2ゴールとも華麗なボレーで決まったスーパーゴールで、かなりの見ごたえ。ただ、攻撃的になれば失点も増えるのがサッカーの常。特に2失点目は、こちらの積極的な攻撃からミスでボールを奪われ、それがあっという間にシュートにまで持っていかれた形で、悔やまれる。攻守の切り替えの場面で、反応が一歩遅れた感。
JFLメモ帳●マッチデープログラムがなかったようだ。寂しい。メンバー表の配布もなくなってしまった。以前は100円を寄付してメンバー表をもらう方式だったのだが、今は入口に貼ってあるメンバー表を撮影すればよいそう。少々わびしさを感じないわけにはいかないが、救いは写真のJFL特製メモ帳をもらえたことだろうか。全15チームのエンブレムが載っている。これはよい記念品。レアアイテムっぽい。

March 14, 2023

吉松隆の〈英雄〉~ 原田慶太楼指揮東京交響楽団

東京芸術劇場
●11日は東京芸術劇場で「吉松隆の〈英雄〉」。原田慶太楼指揮東京交響楽団によるオール吉松隆プログラム。前半に「鳥は静かに……」、鳥のシンフォニア「若き鳥たちに」、キース・エマーソン&グレッグ・レイク~吉松隆編曲の「タルカス」、後半に交響曲第3番。珍しく芸劇で東響を聴くことになったが、これは東響の主催公演ではなく、ジャパン・アーツ/日本コロムビアの主催。原田指揮東響による渾身の演奏で、吉松作品にまた新たな命が吹き込まれた。
●一曲目、弦楽合奏による「鳥は静かに……」の儚さが沁みる。鳥のシンフォニア「若き鳥たちに」は吉松版「青少年のための管弦楽入門」といった趣。パートごとに立奏する場面があったが、まさかチェロまで立つとは。「タルカス」は以前にも藤岡幸夫指揮東フィルで聴いたことがあったような……と一瞬思ったのだが、ライブで聴いたのは佐渡裕指揮東フィルだった。そう考えると、すごい人気曲。原田&東響はテンションマックスでキレッキレ。交響曲第3番は堂々たる交響曲で、すさまじい高揚感と祝祭感。終楽章の5拍子攻めが強烈だった。
●最後に吉松さんがマイクを持って登場して挨拶。客席はよく入っていた。昔から吉松ファンはたくさんいたと思うんだけど、原田慶太楼効果でさらに新しい聴衆を獲得しているはず。こうして若い指揮者がとりあげ、また聴衆が増えて、というサイクルをくりかえすことで、作品が「名曲」の仲間入りを果たすのだろう。わたしたちはそのプロセスを現在進行形で体験している。

March 13, 2023

バッティストーニ指揮東京フィルのベルリオーズ、カゼッラ、サン=サーンス

●10日はサントリーホールでバッティストーニ指揮東京フィル。プログラムはベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、カゼッラの狂詩曲「イタリア」、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」(石丸由佳)。全編バッティ節による痛快な一夜。語り口の巧みさにすっかり魅了される。「ローマの謝肉祭」はいつだってスペクタクル満載の曲だけど、この曲にこれほど歌の要素を感じたことはなかった。そういえばこれはイタリア体験に基づく音楽だったと今さら思い出す。カゼッラの「イタリア」はあの「フニクリ・フニクラ」が臆面もなく用いられる快作。リヒャルト・シュトラウスの交響的幻想曲「イタリアから」と双璧をなすクラシック音楽界二大フニクリ・フニクラ名曲。ほかにもイタリア民謡がいくつも登場する。「ソーラン節」「炭坑節」「八木節」……あ、それは違う曲だった!ともあれ、バッティストーニがぐいぐいとオーケストラをドライブして、エキサイティング。頭のなかに「鬼のパンツ」がこびりついて離れない。鬼に金棒、バッティに指揮棒。
●メイン・プログラムのサン=サーンス「オルガン付き」も大変な盛りあがりぶり。サウンドは鮮やか、たっぷりと歌うところは歌い、キレもよく、ブラスが輝かしい。壮麗ではあるけど、白眉は緩徐楽章相当の第1楽章後半か。石丸由佳のオルガンともども、ゴージャスなばかりではなく情感豊かな味わいが印象に残る。終演は早めだったが密度が濃かったのでお腹いっぱい。理想的。

March 10, 2023

鈴木優人指揮読響&タメスティのヴィトマン他

●9日はサントリーホールで鈴木優人指揮読響。プログラムは前半が鈴木優人作曲のTHE SIXTY(世界初演)、アントワーヌ・タメスティのソロによるヴィトマンのヴィオラ協奏曲(日本初演)、後半がシューベルトの交響曲第5番。前半の世界初演と日本初演が聴きもの。鈴木優人のTHE SIXTYは読響創立60周年を記念して委嘱された作品で、60人の編成で演奏される。これまでの楽団の歴史をふりかえるように、混沌としたエネルギーがうごめく黎明の音楽で始まって、楽団名に由来する(らしい)音列を奏でながら、時の積み重ねを複雑なテクスチャーで表現する。曲のイメージは旅だと思った。区切りをつけるというよりは、まだ先にずっと道が続く旅。
●ヴィトマンのヴィオラ協奏曲はソリストのアントワーヌ・タメスティの活躍が圧巻。楽器配置が不思議な感じで、通路みたいにスペースが空いているのだが、そこを舞台にソリストが歩き回るという趣向。最初に楽員たちといっしょにそっとタメスティが入場して、下手後方の椅子に座っている。弓は持たず、ピッツィカートや楽器を叩いたりして演奏を始め、やがて別の椅子に弓を発見して、ようやく弓奏を始める。動き回りながらオーケストラの各楽器を挑発したり、しまいには雄叫びをあげたりする様子はまるで狩人のよう。でも、最後はたっぷりとしたメロディを奏でて、静かに曲を終える。多分に演劇的な要素が込められており、ソリストには技巧だけではなく、役者っぷりも求められる。タメスティのために書かれた曲だけあって、この人のキャラクターや風貌もあっての作品だろう。曲のアイディアを思いついたヴィトマンは事前にタメスティに相談したはずである。「今度の新作でこんなことをやってみようと思うんだけどできるかなあ、いっぺん、試すてぃ?」「がってん!」。そんな会話があったとかなかったとか(←あるわけない)。
●ソリスト・アンコールは、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第1番ト長調BWV1027の第3楽章アンダンテ。ここで優人さんがいっしょに演奏するのは納得だが(ふたりでharmonia mundiでレコーディングもしているし)、まさか舞台上のピアノとチェレスタを片手ずつ弾くとは! トリオ・ソナタだ。
●後半はしっかりと低音の効いた重心低めのシューベルト。前半がすこぶる刺激的だったので、後半はリラックスした気持ちで楽しむデザートのよう。退任するコンサートマスター小森谷巧に花束が贈られる。
●前半、ヴィトマンが客席から呼ばれてステージ上で喝采に応えていた。11日にオーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演を指揮するヴィトマンは、金沢でのリハーサルを終えてすぐに東京に移動した模様。それでまた金沢に戻るわけだから本当に忙しい。

March 9, 2023

マリノスのゴールキーパー問題

ゴールネット
●「は? そんなの知らねーよ」だと思うが、聞いてほしい、マリノスの正ゴールキーパー問題について。昨シーズンの絶対的な守護神、高丘は開幕直前にアメリカに移籍してしまった。で、今季の開幕スタメンはオビ・パウエル・オビンナになった。たぶん、マリノスサポはみんなオビが好き。出身は大宮だが、流通経済大学を経てマリノス入団後、出場機会がなかなか訪れない中で研鑽を積み、ローンに出た栃木で武者修行しながら、雌伏の時を過ごしてきた。そして今季。オビはスーパーカップから3試合に出場し、結果を出してきた。
●一方、マリノスはキーパーを補強している。マリノス育ちの大ベテラン、飯倉を再獲得してベンチに座らせるのは、まあ、わかる。プレイ以外での貢献度が高いはず。白坂楓馬はローン先の鹿児島から帰ってきた。オビのよきライバルになるか。オビ、白坂、飯倉でポジションを争うことになった……と思っていたら、開幕後にさらにガンバ大阪から一森純をローンで獲得した。ガンバはキーパーの選手層が厚く、一森は第3キーパーの扱い。だが、ケヴィン・マスカット監督は一森が来ると即座にリーグ戦で先発させ、さらに昨日のルヴァン・カップでも先発させた。どちらも控えは飯倉。なんと、一森が正ゴールキーパーなのか。しかも控えに飯倉を置くとなれば、オビはどうなる? 開幕スタメンだと思ったら、ベンチにも入れないとは!
●オビが今季チャンスをつかめないとなったら、きっと他のクラブから声がかかるし、オビはマリノスを見限ると思う。一方、一森はローンの選手。活躍してもガンバに帰るだろう。仮にシーズン後に完全移籍させるにしても、将来有望な若いオビの代わりに今年32歳の選手を獲るのはどうなのか。
●監督がどうしても一森を使いたいのなら、せめてカップ戦はオビを起用してほしいというのがファンとしての願い。白坂だって昨季は鹿児島でばりばりに試合に出ていたのだから、チャンスを与えたい。一森、飯倉、オビ、白坂。競争が激しいのはいいことかもしれないが、このままだと、チームに余計な緊張が生まれるんじゃないかとゾワゾワしている。

March 8, 2023

新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会

新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 小川絵梨子 大野和士 吉田都
●7日は新国立劇場の2023/2024シーズン・ラインアップ説明会へ。今年はリモートはなく、現地で。例年のように、まずオペラ、バレエ/ダンス、演劇の3部門合わせての発表が行われ、その後、部門ごとに分かれて各芸術監督との懇談会に移るという流れ。写真は左より小川絵梨子演劇芸術監督、大野和士オペラ芸術監督、吉田都舞踊芸術監督。
●で、オペラの新シーズンラインアップをざっと記すと、開幕が「修道女アンジェリカ」&「子供と魔法」のダブルビル(新制作)、以降、「シモン・ボッカネグラ」(新制作)、「こうもり」「エウゲニ・オネーギン」「ドン・パスクワーレ」「トリスタンとイゾルデ」「椿姫」「コジ・ファン・トゥッテ」「トスカ」。コロナ禍による財政難、ロシアの戦争によるインフレといった経済的な事情により、新制作は2演目のみとなっている。これに関しては理事から説明があり、オペラ、バレエ、ダンス、演劇のそれぞれから一演目ずつ、新作を延期することになったそう。それでもオペラは新制作が2演目残ったが、バレエ/ダンスに至ってはゼロになってしまった。そして料金も改定される。とりわけエネルギー価格の上昇が大きく、苦しい決断だったという。現在の世界情勢を考えれば、すべてこれまで通りにはいかないことはわかっていたが、改めて厳しい状況にあることを実感する(同種の話をこれからいくつも目にすることになるのだろう)。
●個別の演目に目を向けると、プッチーニ「修道女アンジェリカ」&ラヴェル「子供と魔法」のダブルビルは「母と子の愛の強さ」を共通項とする組合せ。演出は粟國淳、指揮は沼尻竜典、アンジェリカにキアーラ・イゾットン。もうひとつの新制作、ヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」は、長年オランダ国立オペラを率い、エクサン・プロヴァンス音楽祭総監督も務めるピエール・オーディによる演出。大野監督が待ち望んでいた演出家で、フィンランド国立歌劇場およびテアトロ・レアルとの共同制作。新国立劇場での上演が初演となる。指揮は大野和士、題名役はロベルト・フロンターリ。
●レパートリー公演で注目度が高そうなのは、13年ぶりとなるワーグナー「トリスタンとイゾルデ」。デイヴィッド・マクヴィカー演出、大野和士指揮。ピットには都響が入る。トリスタンにトルステン・ケール、イゾルデにエヴァ=マリア・ヴェストブルック。あとはヴァンサン・ブサール演出のヴェルディ「椿姫」で中村恵理がヴィオレッタを歌う。ミキエレット演出のモーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」では飯森範親が指揮。「トスカ」の指揮はマウリツィオ・ベニーニ。大野監督によれば「巨匠と呼ばれる人は世に数多いけれど、彼は本当の巨匠」。
●マスク着用やブラボーのかけ声についての質問も出たが、現在検討中ということで、この時点での決定事項はなし。近々、なんらかのアナウンスがあると思う。

March 7, 2023

インゴ・メッツマッハー指揮新日本フィルの新ウィーン楽派プログラム

メッツマッハー 新日本フィル
●6日はサントリーホールでインゴ・メッツマッハ―指揮新日本フィル。かつて新日本フィルでコンダクター・イン・レジデンスを務めたメッツマッハ―が久しぶりに帰ってきた。最後に同コンビを聴いたのはいつだったか……2015年のヴァレーズか? 一頃の新日本フィルはメッツマッハー、ハーディング、ブリュッヘンらが指揮台に登場して、ずいぶんと話題を呼んでいたのを思い出す。
●プログラムはウェーベルンの「パッサカリア」、ベルクのヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」(クリスティアン・テツラフ)、シェーンベルクの交響詩「ペレアスとメリザンド」。新ウィーン楽派の3人がそろい踏み。とはいえ官能性豊かな作品が並ぶスーパー・ロマンティック・プログラムでもある。メッツマッハーはすべて指揮棒なし。前半、テツラフが弾いたベルクのヴァイオリン協奏曲は、つい先日ルノー・カプソンのソロでも聴いたばかり。カプソンが豊麗なら、テツラフは端然。鋭利でひりひりとした手触りがある。クリアで硬質な美音に聴きほれてしまう。ソリスト・アンコールにバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番よりアンダンテ。滋味豊か。
●大編成のシェーンベルクの「ペレアスとメリザンド」では、うねりを伴う音の奔流に圧倒される。濃厚だけれど見通しのよいサウンドは、かつての同コンビの名演と同様で、聴きごたえ大。メーテルリンクの原作に寄り添った音楽なので、物語を知らないとなじみづらいと思うのだが、幸いにして同時期に書かれたドビュッシーのオペラがあるので、そちらで親しめるのがありがたいところ(原作に向ける視点の違いはあるにせよ)。この曲、高いところから落ちてゆくみたいな下行音型が目立つと思うのだが、「ペレアスとメリザンド」ではよく物が落ちる。メリザンドは最初のゴローとの出会いで王冠を落とすし、ペレアスと遊んでいて指輪を落とすし、塔の上からは長い髪を垂らす。「ペレアスとメリザンド」は位置エネルギーが悲しみに変換される話だと思う。
●終演後は拍手が鳴りやまず、メッツマッハーのソロ・カーテンコールが実現。この曲でソロ・カーテンコールは立派。新日本フィルもカーテンコール時の撮影がOKになっている。

March 6, 2023

METライブビューイング ジョルダーノ「フェドーラ」新制作

●久々に東劇でMETライブビューイング。演目はジョルダーノ「フェドーラ」新制作。デイヴィッド・マクヴィカー演出、ソニア・ヨンチェヴァの題名役、ピョートル・ベチャワのロリス・イパノフ伯爵、マルコ・アルミリアート指揮。「アンドレア・シェニエ」と並ぶジョルダーノの代表作だが、なかなか観る機会はなく、METでも四半世紀ぶりの上演だとか。ロシアの皇女フェドーラが婚約者を暗殺されてしまうが、パリでその犯人であるロリスと恋に落ちる……。ロマンスとミステリの融合みたいなストーリー。第1幕がロシア、第2幕がパリ、第3幕がスイスと舞台が移り変わっていくあたりトラベルミステリー風でもあるのだが、異国巡り的なエンタテインメント性も狙いとして込められているのだろう。ゴージャスなので「007」的なノリもなくはない。
●が、最大の魅力はジョルダーノの音楽。1898年初演とそこそこ新しい作品でもあって、冴えたオーケストレーションが魅力。そして主役級ふたりのテンションマックスの熱唱がすさまじい。2幕の終わりなどこれでもかと盛り上げてくれる。
●いろいろと趣向に富んだ作品なのだが、特におもしろかったのは、第2幕でパリのサロンを舞台にショパンの後継者とされるポーランド人ピアニストが登場して、舞台上のピアノでショパン風小品を弾くところ。ここで本物のMETのピアニストがショパンの後継者に扮装して登場して弾くのが楽しい。しかもこの優美なサロン音楽を背景に、主役ふたりは緊迫のドラマをくりひろげており、その前景と後景の鮮やかなコントラストが秀逸。
●と、ジョルダーノの才知が伝わってくる作品だが、もうひとつ人気が高くない理由もわかる。まず歌手への要求が過酷。題名役は出ずっぱりで高音も低音も求められる。主役ふたりはかなりパワフルな歌唱が続く。それと、ストーリーはよいと思うのだが、プロットがうまく整理されていないと感じる。もう少し効果的な伏線の張り方があるのでは。台本がもっと練られていたら、プッチーニの主要作に負けない人気作品になっていたかも。

March 3, 2023

第65回グラミー賞のクラシック音楽部門

●そういえば少し前に第65回グラミー賞が発表されたが、クラシック音楽部門について、今年も軽く振り返っておこう。なんどか当欄でご紹介しているようにグラミー賞の価値観は日本やヨーロッパとはかなり違っており、なかなか刺激的なラインナップなのだ。グラミー賞は全部で80部門以上あり(これでも一時期より減ったのだが)、クラシック音楽関連では10部門ほどある。そのなかから主要部門の受賞アルバムを、Spitifyの公開プレイリストとしてまとめておいたので、よかったら後で聴いてみてほしい。
●まずは、オーケストラ部門 BEST ORCHESTRAL PERFORMANCE。受賞アルバムはマイケル・レッパー指揮ニューヨーク・ユース・シンフォニーによる「フローレンス・プライス、ジェシー・モンゴメリー、ヴァレリー・コールマン作品集」だ!……えっ。たぶん、「は?」と、なる人が多いんじゃないだろうか。演奏者も作曲者もなじみがないが、これは説明を聞けば納得する。フローレンス・プライスはアメリカの黒人女性作曲家のパイオニアなのだとか。で、ジェシー・モンゴメリーとヴァレリー・コールマンは現代のアフリカ系アメリカ人女性作曲家。なるほど今にふさわしい受賞アルバムではある。ただ、日本や欧州のレコード賞とはだいぶ視点が違う。指揮者がどんな解釈で名曲と向き合って、どんなサウンドをオーケストラから引き出すかといったことよりも、そのアルバムが世の中にどんなインパクトを与え、どのような意義を有するかが重視されているようだ。
●続いてオペラ部門はテレンス・ブランチャードのFire Shut Up in My Bones。これは幸いに日本でもMETライブビューイングで上映されているので知っている人は知っていると思うが、その際に日本語題が作られなかったのが惜しい感じ。もっとも一般的なオペラ・ファンからすると「テレンス・ブランチャード、だれ?」って感じだろうか。ヤニック・ネゼ=セガン指揮メトロポリタン・オペラ・オーケストラ&合唱団の演奏(やっと知ってる名前が出てきた!)。
●室内楽部門 BEST CHAMBER MUSIC/SMALL ENSEMBLE PERFORMANCE は、キャロライン・ショウの「エヴァーグリーン」。演奏はアタッカ四重奏団。以前に同じアタッカ四重奏団によるショウの「オレンジ」もグラミー賞を受賞していた。前作同様、しっとりとした情感のあるリリカルな作品だ。
●器楽部門 BEST CLASSICAL INSTRUMENTAL SOLO は、Time for Threeの「Letters For The Future」。これはレーベルがドイツ・グラモフォンだ。Time for Threeというのはヴァイオリン2+コントラバスのトリオで、3人全員がヴォーカリストでもあるというグループ。今回の受賞アルバムにはケヴィン・プッツとジェニファー・ヒグドンによる協奏曲作品が収められている。
●ここまで作曲家の名前がほぼ現代の人ばかりなのだが(!)、これらとは別にちゃんと現代音楽部門 BEST CONTEMPORARY CLASSICAL COMPOSITION がある。今回の受賞作は上記Time for Threeのアルバムに収められたケヴィン・プッツのContact。
●声楽部門 BEST CLASSICAL SOLO VOCAL ALBUM は、ルネ・フレミングのソプラノとヤニック・ネゼ=セガンのピアノによる Voice Of Nature - The Anthropocene。ふー、やっとクラシック音楽っぽいアルバムが出てきた。だが、安心するのはまだ早い。このアルバムにはフォーレやレイナルド・アーンの曲に並んで、ケヴィン・プッツやニコ・ミューリー、キャロライン・ショウらの作品も収められている。もうコンテンポラリーな作品が入っていないとグラミー賞では賞を獲れないのかと思うほど、現代の作曲家の名前ばかりが出てくる。その一方でこれら現代の作曲家の作品はどれもおおむね聴きやすく、耳当たりがよいのも興味深いところ。ともあれ、今を生きている人に賞を与えるというのはもっともな話ではある。


March 2, 2023

「昼の家、夜の家」(オルガ・トカルチュク著/白水社)

●あれ、この本、なんのきっかけで読みはじめたんだっけ……Amazonのオススメだったのかな? 2018年にノーベル文学賞を受賞したポーランドの作家オルガ・トカルチュクの「昼の家、夜の家」(小椋彩訳/白水社)。とてもゆっくりと時間をかけて少しずつ読み進めたので(そうしたくなるタイプの小説)、なぜこれを読みはじめたのかを忘れてしまった。どんな話かを一言で表すとすれば「辺境小説」。舞台はポーランドとチェコの国境地帯にある小さな町ノヴァ・ルダ。町はずれの山村に移り住んだ語り手と風変わりな隣人たちとの交流を軸に、土地に伝わる聖人の伝説やらキノコ料理のレシピやら寓話だとか妙な事件だとかが語られる。そして、ときどき背景に戦時の記憶や社会主義の残滓みたいなものが垣間見える。
●たとえば、あるドイツ人の話。かつて自分が住んだ家を見ようと、国境を越えてポーランドへと旅する。しかし登山中に発作を起こし、チェコとポーランドの国境を両足でまたいで絶命する。不思議な話、可笑しい話、怖い話、いろんな小さな物語が集まっているのだが、どれも多かれ少なかれ辺境的な要素を備えている。
●ノヴァ・ルダという町についての記述から少し引用。

太陽が昇らない町。出ていった人が、いつか必ず帰る町。ドイツが掘った地下トンネルが、プラハとヴロツワフとドレスデンに通じている町。断片の町。シロンスクと、プロイセンと、チェコと、オーストリア=ハンガリーと、ポーランドの町。周縁の町。頭のなかではお互いを呼びすてにするくせに、実際に呼ぶときには敬称をつける町。土曜と日曜には空っぽになる町。時間が漂流する町。ニュースが遅れて届く町。名前が誤解をまねく町。新しいものはなにもなくて、現われた途端に黒ずみ、埃の層に覆われ、腐っていく街。存在の境界で、みじんも動かずに、ただありつづける町。

●いろんなキノコが出てくる。ポーランド人はキノコ狩りやキノコ料理が好きなのだとか。おいしそうにも思えるし、ひょっとして毒キノコなんじゃないのという怪しさも漂う。

March 1, 2023

ベルリン・フィル2022/23シーズンのデジタル・コンサート・ホール備忘録

●しばらくぶりにベルリン・フィルのデジタル・コンサート・ホール(DCH)にアクセス。2022/23シーズンから興味のあるものをいくつかピックアップして観てみた。DCHは「ひとつのコンサートをしっかり聴こう」と思うと結局まとまった時間がとれなくてなにも観れないので、割り切って曲単位で拾い聴きしている。
●それにしても直近のベルリン・フィル、知らない人が多い! えっ、いつの間にこんなに?と思い、公式サイトのメンバー表を確認してしまったが、こちらを見るとそんなに変わっていない。ゲストが多いのか、試用期間中の人なのか。あと、管はだんだんベテランぞろいになってきたなと感じる。
●以下、備忘録。まずはサロネン。今シーズンのコンポーザー・イン・レジデンスになっている。委嘱新作はまだ聴いていないが、とりあえずバルトークの「中国の不思議な役人」を。もうキレッキレ。驚異的に若々しいサロネンもさすがに爺の領域に入っているが、それでもカッコいい。フルートはジャコー。
●ヤノフスキ。彼が指揮台に立つとベルリン・フィルも一段ピリッとする(ような気がする)。アムランの独奏でレーガーのピアノ協奏曲を演奏しているのだが、これが凄まじい。この曲、あまりにブラームスのピアノ協奏曲第1番の影響が濃厚だと思っていたが、そんなことがまったく気にならないレベルの名演。魂のレーガー。あと、ヤノフスキが振るとベルリン・フィルもヤノフスキの音になる(N響も)。
●ペトレンコ。ベートーヴェンの交響曲第8番を聴く。すぐれた演奏だが、なにか物足りない。沸き立つようなものがないというか、公開リハーサル的な印象を受けてしまう。ペトレンコの別の演奏会でのクセナキス「刻印」はすばらしかった。荒々しい曲なのにすごく耽美な音が鳴るベルリン・フィル。続いて演奏されたベルント・アロイス・ツィンマーマンの「1楽章の交響曲」もよい。油断してぼんやり聴いていたら、どんどんすごいことになって最後は茫然。
●ブロムシュテットのベートーヴェン交響曲第7番。N響登場時と同じように椅子に座っての指揮。さすがの鉄人も体があまり動かせなくなっている。かなりのところ、自走式ベルリン・フィルの演奏で、これは少し残念だと思っていたら、第4楽章になると火がついて燃えるようなクライマックスを作り出した。巨匠への敬意が熱狂として具現化。
●ハーディング。今月の演奏会が「海」をテーマにした見事なプログラム。やはりこの人はおもしろい。シベリウス「大洋の女神」、リゲティ「ロンターノ」、ブリテン「ピーター・グライムズ」より4つの海の間奏曲、リゲティ「アトモスフェール」、ドビュッシー「海」。リアル海の間にリゲティの響きの海が挟まれている。演奏のクォリティも驚くべき高さで、リゲティやドビュッシーの精緻さは並のオーケストラでは聴けそうにない。ブリテンも泣ける。弦がすごい。別の日の演奏会でのシュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」も聴きごたえがあった。合奏能力の高さにファンタジーが加わっている。以前のハーディングはベルリン・フィルの前だとなんだか窮屈そうな印象を受けたけど、今はまったくそんなことはなく、確信を持った指揮ぶり。最高。

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