●そういえば少し前に第65回グラミー賞が発表されたが、クラシック音楽部門について、今年も軽く振り返っておこう。なんどか当欄でご紹介しているようにグラミー賞の価値観は日本やヨーロッパとはかなり違っており、なかなか刺激的なラインナップなのだ。グラミー賞は全部で80部門以上あり(これでも一時期より減ったのだが)、クラシック音楽関連では10部門ほどある。そのなかから主要部門の受賞アルバムを、Spitifyの公開プレイリストとしてまとめておいたので、よかったら後で聴いてみてほしい。
●まずは、オーケストラ部門 BEST ORCHESTRAL PERFORMANCE。受賞アルバムはマイケル・レッパー指揮ニューヨーク・ユース・シンフォニーによる「フローレンス・プライス、ジェシー・モンゴメリー、ヴァレリー・コールマン作品集」だ!……えっ。たぶん、「は?」と、なる人が多いんじゃないだろうか。演奏者も作曲者もなじみがないが、これは説明を聞けば納得する。フローレンス・プライスはアメリカの黒人女性作曲家のパイオニアなのだとか。で、ジェシー・モンゴメリーとヴァレリー・コールマンは現代のアフリカ系アメリカ人女性作曲家。なるほど今にふさわしい受賞アルバムではある。ただ、日本や欧州のレコード賞とはだいぶ視点が違う。指揮者がどんな解釈で名曲と向き合って、どんなサウンドをオーケストラから引き出すかといったことよりも、そのアルバムが世の中にどんなインパクトを与え、どのような意義を有するかが重視されているようだ。
●続いてオペラ部門はテレンス・ブランチャードのFire Shut Up in My Bones。これは幸いに日本でもMETライブビューイングで上映されているので知っている人は知っていると思うが、その際に日本語題が作られなかったのが惜しい感じ。もっとも一般的なオペラ・ファンからすると「テレンス・ブランチャード、だれ?」って感じだろうか。ヤニック・ネゼ=セガン指揮メトロポリタン・オペラ・オーケストラ&合唱団の演奏(やっと知ってる名前が出てきた!)。
●室内楽部門 BEST CHAMBER MUSIC/SMALL ENSEMBLE PERFORMANCE は、キャロライン・ショウの「エヴァーグリーン」。演奏はアタッカ四重奏団。以前に同じアタッカ四重奏団によるショウの「オレンジ」もグラミー賞を受賞していた。前作同様、しっとりとした情感のあるリリカルな作品だ。
●器楽部門 BEST CLASSICAL INSTRUMENTAL SOLO は、Time for Threeの「Letters For The Future」。これはレーベルがドイツ・グラモフォンだ。Time for Threeというのはヴァイオリン2+コントラバスのトリオで、3人全員がヴォーカリストでもあるというグループ。今回の受賞アルバムにはケヴィン・プッツとジェニファー・ヒグドンによる協奏曲作品が収められている。
●ここまで作曲家の名前がほぼ現代の人ばかりなのだが(!)、これらとは別にちゃんと現代音楽部門 BEST CONTEMPORARY CLASSICAL COMPOSITION がある。今回の受賞作は上記Time for Threeのアルバムに収められたケヴィン・プッツのContact。
●声楽部門 BEST CLASSICAL SOLO VOCAL ALBUM は、ルネ・フレミングのソプラノとヤニック・ネゼ=セガンのピアノによる Voice Of Nature - The Anthropocene。ふー、やっとクラシック音楽っぽいアルバムが出てきた。だが、安心するのはまだ早い。このアルバムにはフォーレやレイナルド・アーンの曲に並んで、ケヴィン・プッツやニコ・ミューリー、キャロライン・ショウらの作品も収められている。もうコンテンポラリーな作品が入っていないとグラミー賞では賞を獲れないのかと思うほど、現代の作曲家の名前ばかりが出てくる。その一方でこれら現代の作曲家の作品はどれもおおむね聴きやすく、耳当たりがよいのも興味深いところ。ともあれ、今を生きている人に賞を与えるというのはもっともな話ではある。