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2023年4月アーカイブ

April 28, 2023

パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団のシベリウス、チャイコフスキー他

パーヴォ・ヤルヴィ NHK交響楽団
●26日夜はサントリーホールでパーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団。プログラムが少し変わっていて、シベリウスの交響曲第4番、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」(マリー・アンジュ・グッチ)、チャイコフスキーの幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」。普通の演奏会とは逆で前半に交響曲があって、後半にソリストが登場して、最後は序曲じゃないけどそう遠くもない幻想曲で終わる。微妙な逆回し感。
●シベリウスの交響曲のなかで、唯一、第4番は親しみを感じづらい作品なのだが、パーヴォ&N響のキレッキレの演奏を聴いて、こんなにも輝かしい作品だったのかと目から鱗。特に弦楽器の音色がつややか。ペシミスティックな曲という印象も少し変わる。
●ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」ではマリー・アンジュ・グッチがラ・フォル・ジュルネ以来、久々に登場。2018年のラ・フォル・ジュルネでルネ・マルタンが強力プッシュしていたアーティストで、そのときはまだ本当に若くて、超優秀な大学院生がステージに立ってます的な素朴な雰囲気を感じたけど、5年経ったら立派なアーティストになってN響に帰ってきた。ラ・フォル・ジュルネで無名時代に出会って、その後、N響定期で帰ってくるというおなじみのパターン。ルネ・マルタンの慧眼。そしてグッチは知的なピアニストという印象は以前と同じだけど、雰囲気はすっかり垢抜けていて、アーティストらしくなった。メカニックにも感傷にも傾かない、ていねいで音楽の流れを大切にしたラフマニノフ。盛大な拍手が起きたがソリスト・アンコールはなし。チャイコフスキーの幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」は切れ味鋭く、激烈。
●グッチはアルバニア生まれのフランスのピアニストで綴りはNguci。2018年のナントのラ・フォル・ジュルネのプレスツアーで、読み方がわからなくてカナ表記をどうすればよいのかという話になって、本人に発音を確認したら「あの有名ブランドと同じ発音ですよ」という答えが返ってきて、「グッチ」の表記で落ち着いた。もしかしたら「ングチ」みたいな「ン」から始まる系のアーティスト名が誕生するのかと思ったら、そうはならず。ちなみに(関係ないけど)Jリーグではすでにンドカ・ボニフェイス(横浜FC/埼玉県出身)のように「ン」から始まるJリーガーがすでに活躍している(→先日のJ1初ゴール)。

April 27, 2023

小泉和裕指揮東京都交響楽団のメンデルスゾーン

●26日は東京芸術劇場で小泉和裕指揮東京都交響楽団。平日14時開演の定期演奏会Cシリーズ。プログラムはオーソドックスな序曲+協奏曲+交響曲セットで、ヴェルディのオペラ「運命の力」序曲、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調(金川真弓)、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。お目当ては金川真弓のソロ。前回、同じ都響で弾いたバーンスタインのセレナードがすばらしい名演だったが、今回も見事。鮮やかな技巧と雄弁さ、明るく華やかな音色を堪能。健康的なメンデルスゾーン。ソリストアンコールはなし。後半の「スコットランド」は流麗で推進力に富んだ演奏。指揮ぶりも含めて、かつてのカラヤンの美学をほうふつとさせる。オーケストラはバランスよくたっぷりと鳴り、爽快。
●都響の平日昼のシリーズ、なかなか足を運ぶチャンスがなかったのだが、今回行ってみて納得。お客さんがよく入っている。平日14時開演って人によっては理想的な時間帯なんだと思う。ざっくり16時に終わって17時に帰宅と考えると、帰宅ラッシュの前に帰れるし、夕飯の準備にも支障がない。リタイア層、ハーフリタイア層であれば、街が若者やファミリー層で混雑する週末より平日のほうが出かけやすいだろう。先日、週末のN響定期で若者たちの姿を大勢見かけたけど、オーケストラの聴衆も曜日や時間帯でぜんぜん違ってくるのだとあらためて実感。

April 26, 2023

東京オペラシティアートギャラリー「今井俊介 スカートと風景」展

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●コンサートに合わせて東京オペラシティアートギャラリーに寄って「今井俊介 スカートと風景」展(~6/18)へ。もうすでに2度足を運んでいるのだが、カラフルで楽しい。展示空間の快適度はかなり高い。
今井俊介 スカートと風景

今井俊介 スカートと風景

●ストライプや水玉など、さまざまな色の布地が折り重なってできる立体的な模様を平面で切り取って、それをカンヴァスに描いたような作品。画面には影も光もなく、完全に平面として表現されている。どの作品もタイトルはない。アートではあるけど、どれもデザインとして大量にプリントして「実用」できそうな柄でもあって、実際にパジャマ?っぽい服とかエプロンなんかが作品として展示されている。これなんかはもう「商品」とどう違うの?みたいなことも考えさせられる。

今井俊介 スカートと風景

今井俊介 スカートと風景

●上階の収蔵品展076「寺田コレクション ハイライト」(前期)および「project N 90 山口由葉」もかなり見ごたえあり。

April 25, 2023

クシシュトフ・ウルバンスキ指揮東京交響楽団の「シン・新世界より」

クシシュトフ・ウルバンスキ指揮東京交響楽団
●23日は東京オペラシティでクシシュトフ・ウルバンスキ指揮東京交響楽団。プログラムはメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」序曲、ショパンのピアノ協奏曲第2番(ヤン・リシエツキ)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。東響の宣伝文句に「シン・新世界」と書いてあったのがおかしい。たしかにウルバンスキなら「シン」を付けてもいいかもしれない。
●リシエツキは東京・春・音楽祭に続いての登場。ウルバンスキも相変わらずスラッとしていてカッコいいのだが、リシエツキはさらに長身痩躯。きわめて強靭なタッチの持ち主だと思うが、むしろ弱音表現に重きを置いたようなショパンで、ダイナミックレンジは非常に広い。なおかつ音色も多彩で、白眉は第2楽章。オーケストラも合わせるだけではなく、伸縮自在のテンポでかなり新鮮。第3楽章、オーケストラの総奏の出だしが聴いたことのないような柔らかい表現でびっくり。ポーランド人(系)のふたりがこれだけ独自色の強いショパンを演奏してくれるのも吉。ソリスト・アンコールにショパンのノクターン第20番嬰ハ短調(遺作)。
●後半は期待以上に新しい「シン・新世界より」。この曲、あまりに名曲すぎて「ここでタメが入る」等の「型」ができあがっていると思うが、いったんそれをご破算にして作品に向き合おうというのがウルバンスキの基本姿勢。冒頭の序奏はかなり速めのテンポで、主部とのコントラストを付けすぎない。第2楽章、あまりに有名なイングリッシュホルンのメロディは3階席から降ってくる(客席からはどこに奏者がいるのか見えなくて、終演後にわかった)。同楽章、休符で音楽が止まるところはうんと長く。終楽章も爆走するばかりではない柔軟さ。この曲にかぎらず、ウルバンスキの音楽は息が長いというか、アレグロであっても深呼吸しながら走るみたいなところがある。民俗舞曲の意匠を借りて蒸気機関車を表現するのがこの曲の本質だと信じているのだが、ウルバンスキが振ると、ある種、スチームパンク的なレトロな斬新さを感じる。盛大な拍手が続いて、ウルバンスキのソロカーテンコール。ブラボーとスタンディングオベーション。
●「シン・仮面ライダー」はまだ観てない。「シン・ゴジラ」「シン・ウルトラマン」は映画館で観たが、「ライダー」はどんなもんでしょうね。

April 24, 2023

コリン・カリー・グループのライヒ「18人の音楽家のための音楽」

●21日は東京オペラシティでコリン・カリー・グループ、シナジー・ヴォーカルズによるスティーヴ・ライヒ・プログラム。曲は前半に「ダブル・セクステット」(2007)、「トラベラーズ・プレイヤー」(2020)日本初演(東京オペラシティなど7団体による共同委嘱)、後半に「18人の音楽家のための音楽」(1974~76)。客層がふだんとぜんぜん違ってて、カジュアルな若者率高し! めちゃくちゃ慣れた場所に来ているはずなのに、アウェイ感満載。が、年配層もけっこういる。コリン・カリー・グループって、以前ライヒ本人といっしょに来てたんすよね。忘れてたけど、2012年にも聴いていて、そのときも客層が猛烈に若くてびっくりしたのだった。でも、それってもう11年前だから、あのときの若者はもう若者ではないので、2023年にはまた新しい若者が来ているわけだ。すごいな、ライヒの若者動員力。2公演あるけど客入りもよい。
●前半の「ダブル・セクステット」ではフルート、クラリネット、ヴィブラフォン、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの六重奏がダブルで左右に配置される。2群に分かれたアンサンブルで、緩─急─緩の3楽章構成というのがなんだかバロック的。「トラベラーズ・プレイヤー」はパンデミック中にされたという比較的簡潔な楽曲で、祈りの音楽といった趣。寂寥感がある。
●後半「18人の音楽家のための音楽」は約1時間の大作。パルスで始まり11のセクションが続きパルスで終わると見れば、「ゴルトベルク変奏曲」や「ディアベリ変奏曲」みたいな大作変奏曲に向き合う気分で聴いてもいいのかも。一定のパルスをベースに短い楽句がリズミカルに反復され変化してゆく曲想は、メカニカルなようでいて、実際の演奏に接すると生身の人間ならではの「熱さ」がある。曲が進むにつれてじわじわと熱を帯び、音楽が高潮する。この恍惚感、なにかに似てるな……と思ったら、ブルックナーの交響曲だ! ずっと没入して聴いていると、なんだか崇高なものに触れた気がしてくる。一時間の長い音楽の旅はヴァイオリンの弱音で終わる。そして完璧な静寂が訪れて余韻を味わう……わけはなくて、スパーンとした瞬発力で怒涛の拍手がわき起こり、あっという間に場内ほぼ総立ち、あちこちから歓声があがる。そう、これでいいんだ。ワタシも立った。イェーイとかけ声があがり、ヒューと口笛が鳴る。奏者たちもすごく満足そう。わっと一斉に盛り上がって、カーテンコールをなんどかやったら、すっと終わる。ソロ・カーテンコールとかはない。こういう流儀もさっぱりしていて気持ちいいなと思った。ブルックナーにも応用できないものか(できません)。

April 21, 2023

映画「TAR/ター」(トッド・フィールド監督)

●映画「TAR/ター」(トッド・フィールド監督)を試写で拝見。これはふだんからクラシック音楽に親しんでいる人ほど楽しめる映画だと思う。とてもよくできている。主役のリディア・ター(ケイト・ブランシェット)は、ベルリン・フィルの首席指揮者に就任した初の女性。才能はあるけど強権的で打算的な指揮者という役柄で、しかもベルリン・フィルの女性コンサートマスターが自分のプライベートなパートナーでもあって、ふたりの間には養女までいるという設定。音楽映画にありがちな荒唐無稽なところが少なく(あるんだけどストーリー展開上ぎりぎり受け入れられる)、オーケストラのリハーサル・シーンなどもていねいに作ってある(ただし指揮シーンは意外と少ない)。音楽面では指揮者のジョン・マウチェリが監修している。さすがにベルリンのフィルハーモニーは使えなかったようで、代わりにドレスデン・フィルの本拠地を撮影に使っている。著名な音楽家の名前やドイツ・グラモフォンだとかCAMIなどが実名で出てくる。
●で、問題はこの映画がなんの映画か、ってことなんすよね。並の発想だと、昨今の女性指揮者たちの活躍を反映して、才能ある女性がいろんな障壁を打ち破ってベルリン・フィルのシェフという世界トップの座にのぼりつめる成功譚になると思う。でも、監督・脚本のトッド・フィールドの発想は逆。この映画はスタート時点で女性指揮者ターは頂点に立っている。だから、あとは危機が訪れるばかり。夢をかなえた才能が悪夢を体験するという構図になっていて、そこがおもしろい。じゃあ、これがサスペンスかというと、そうともいえるような、そうでもないような……。むしろ「いじわるな笑い」が肝かも。少なくとも、アクの強い映画ではある。終盤でターが自分の原点を見つめ直そうと、古いVHSでバーンスタインの「ヤング・ピープルズ・コンサート」を再生している場面があるんだけど、ここから後の展開が予想外すぎて仰天。
●話の本筋をばらさない範囲で、いくつか大ウケしたポイントを。まず、指揮者としてはぱっとしないけど資産家という設定でカプランという人物が登場する。これは露骨にマーラー「復活」専門の指揮者になった実業家ギルバート・キャプランがモデルになっている。このカプランがターに「この前のマーラーの演奏聴いたけど、あそこの部分の音はどうやって出したの、教えて~」みたいなことを言ってきて爆笑。まあ、モデルにされたキャプランはすでに鬼籍に入っているので訴えられたりはしないとは思うが。
●あと、ターが試用期間中の若いロシア人女性チェリストを気に入って、エルガーのチェロ協奏曲のソリストに抜擢して問題を起こすという展開があるんだけど(かつてのザビーネ・マイヤー事件を思い出さずにはいられない)、ターとこのチェリストとの会話シーンが傑作。ターが「やっぱりあなたのアイドルはロストロポーヴィチかしら?」と尋ねると「デュ・プレ」と答える。それでターが納得して「そうよねー、デュ・プレとバレンボイム指揮ロンドン・フィルのエルガーのチェロ協奏曲は最高の名盤よね」みたいなことをいうと、「YouTubeで聴いた。指揮者はだれか知らない~」とか答えられてしまう。笑。このジェネレーション・ギャップ、すごいリアリティ。デュ・プレとバレンボイムの関係も若い世代にはなんのこと?みたいな感じか。
●あ、あと映画内で現代の代表的な作曲家の名前として、ジェニファー・ヒグドンとかキャロライン・ショウの名前が挙がるんすよ。このあたりが強烈にアメリカ映画。ヨーロッパや日本じゃまず出てこないグラミー賞的な人選だなあと感心してしまった。
●5月12日公開。159分。

April 20, 2023

低音デュオ第15回演奏会

●19日は杉並公会堂小ホールで低音デュオ。バリトンの松平敬、チューバの橋本晋哉という異色のデュオで、これが第15回演奏会。この継続性はすごい。プログラムは前半に山根明季子「水玉コレクションNo.12」(2011)、川上統「児童鯨」(2016)、鈴木治行「沼地の水」(2009)、後半に山本和智「高音化低音」(2017)、まとばゆう「色とりどりの花」(2023)委嘱初演、川崎真由子「低い音の生きもの」(2023)委嘱初演、山根明季子「大量生産」(2023)委嘱初演。全体として「低音」であることにあらためてフォーカスした作品が多く、また比較的近づきやすい曲がそろっていたという印象。多様なアイディアに彩られ、凝縮度が高い。
●川上統「児童鯨」は小型のクジラ感がよく伝わってくる。児童鯨という言葉を知らなかったのだが、クジラとイルカは生物学的に区別されないものなので、むしろイルカ的なイメージで聴く。鯨類的感情表現の豊かさ。鈴木治行「沼地の水」は自己言及的な作品。今鳴っている音が言語化され、歌になる。山本和智「高音化低音」はさまざまな小道具を用いた楽しい曲。大小の銅鑼の使い方がおもしろい。最後のチューバの最高音(?)は意表を突かれて笑った。まとばゆう「色とりどりの花」は花の名前が次々と歌われるポップソング。
●川崎真由子「低い音の生きもの」は詩人の小笠原鳥類とのコラボレーション。最初こそサンショウウオとかシーラカンスとか、いかにも低音っぽいイメージの動物が出てくるが、だんだん意味の把握できない文で埋め尽くされる。意味があるかもしれないし、ないのかもしれない。最後が「ウグイスの鳴き声は、ヴォツェック」。そういえばベルク「ヴォツェック」のおしまいで子供が「ホップ!ホップ!」って歌うのって、鳥みたいだよなあと思ったのだが、よく考えたらウグイスは「ホー、ホケキョ」だから違うか。よくわからない。山根明季子「大量生産」はインパクト大。小さなタイルを延々とコピペして敷き詰めたような反復的な音楽で、歌手が片手をあげる、横を向く、足踏みをするなどの動作をする。ポップな要素と、ぜんぜんポップじゃない低音デュオのミスマッチ感がおもしろいなと思って聴きはじめるのだが、予想外に執拗に「大量生産」が続き、どこかの時点でおもしろさは不気味さに変わる。キュートだと思ったらグロテスク。

April 19, 2023

「インナーラップ」ではなく「アンダーラップ」

戦術図のイメージ(本文とは関係ありません)
●最近、サッカーのサイドバックが外側ではなく、内側から前の選手を追い越す動きが大流行している。マリノスではおなじみの動きであり、先日は森保ジャパンでも試していた。従来はサイドバックが攻撃参加するときは、前の選手を外側から追い越す「オーバーラップ」が常。大外を駆け上がる。ところが、近年は内側に走り込む動きが増え、これが和製英語で「インナーラップ」と呼ばれている。が、英語では「アンダーラップ」という。ベン・メイブリーさんのTweetで知ったのだが、言われてみればもっともな話で、「オーバー」の反対は「アンダー」だ(「インナー」は「アウター」の対語)。
●自分はなんの疑問も感じずに「インナーラップ」と呼んでいたが、今後は「アンダーラップ」と呼びたい。用語はいったん定着すると訂正するのは至難の業だが、今ならまだ間に合う、かも?

参考)Overlap and Underlap

April 18, 2023

東京・春・音楽祭[配信]辻彩奈 「マティス展」プレ・コンサート

東京・春・音楽祭 2023●16日はライブ配信で東京・春・音楽祭の辻彩奈「マティス展」プレ・コンサート。この日で音楽祭は閉幕したのだが、一度、配信でも聴いておきたいと思っていたので滑り込みで。会場は東京都美術館講堂。この音楽祭ではおなじみの場所。休憩なしの1時間プログラム。辻彩奈のヴァイオリン、碓井俊樹のピアノで、コレッリの「ラ・フォリア」、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より「シャコンヌ」、ストラヴィンスキー(ドゥシュキン編)の「イタリア組曲」。これまでロマン派や20世紀作品での見事な名演が記憶に残っている辻彩奈だが、今回はバロック+疑似バロック・プログラム。ノン・ヴィブラートも用いるが、HIPというよりは、朗々とした現代的なスタイル。芯のある美音がたっぷりと鳴り響く。ストラヴィンスキーは切れ味鋭く、爽快。乾いたリリシズムが魅力の曲だが、そこに潤い豊かな歌の要素が加味された感。アンコールに(伝)パラディスの「シチリアーノ」。この曲も「イタリア組曲」と同じく、ドゥシュキンが「生みの親」だからということでの選曲なのだろう。
●で、ライブ・ストリーミング配信について。この音楽祭での配信はIIJのサポートにより実現しており、飯田橋の本社にあるスタジオを拠点にして行っている。会場にはリモートカメラが設置され、操作はスタジオからのリモートだったかと。この公演についてはカメラは固定の一台のみ。自分で拡大して、上下左右に操作して見たいところを見ることができるようになっているのだが、カメラが動くのではなく、もとの画の一部を自分でズームアップしているだけの簡便な方式。徹底して合理化した配信スタイルとして、これはこれで大いにありだと思った。少なくとも自分は公演を楽しめた。音質も十分よい。
●アーカイブ配信はないので、その場で消えるという意味では、配信といっても演奏会と同じ。まあ、本音をいえば、往々にして「出かけられない時間帯」は「配信を見れない時間帯」でもあるので、一日かせめて半日くらいタイムシフトで聴けたらありがたいとは思うけど。

April 17, 2023

パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団のリヒャルト・シュトラウス・プロ

パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団
●15日はNHKホールでパーヴォ・ヤルヴィ指揮N響。プログラムはリヒャルト・シュトラウスの「ヨセフの伝説」交響的断章と「アルプス交響曲」。「ヨセフの伝説」はなかなか聴くチャンスはない……のだが、もともとのバレエ音楽はパパ・ヤルヴィがかつてN響で指揮したのを聴いているのだった。今回はそのバレエ音楽をもとにした交響的断章ということで、もっとコンパクトな楽曲ではあるのだが、やっぱり似たようなことを感じた。音楽は華麗で官能的で、部分部分で見ると他のシュトラウスの有名曲となにが違うのかと思うけど、全体を眺めると一貫したストーリー性が見えてこない。逆にいえば「アルプス交響曲」は山に登って下りるというこのうえなく明快なストーリーがあるから、人気曲なんだなとも感じる。
●で、その「アルプス交響曲」はきわめて色彩感が豊かで壮麗。しかも起伏に富み、表情豊か。整備された最上の自然公園を散策するような快適ハイク。輪郭のくっきりとした明瞭な響きはパーヴォならでは。N響はシェフが変わっても、パーヴォが帰ってくるとすっかりパーヴォの音になるのがうれしい。客席の反応も上々で、楽員が退席しても拍手が止まず、パーヴォのソロ・カーテンコールに。パーヴォはだれもいない舞台に向かって透明オーケストラを称える仕草。
●客席は若者の姿が目立つ。これは「アルプス交響曲」効果なの? だとしても、最近、N響の客席に若い人が増えている実感がある。かつては在京オケでも圧倒的に平均年齢が高いと思っていたけど、その状況はコロナ禍を経てだいぶ変わったのかも。楽員も他の楽団に比べて若い。うっかり過去の先入観で語らないように気をつけねば。
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●宣伝を。ONTOMOの連載「心の主役を探せ! オペラ・キャラ別共感度ランキング」第10回はブリテン「ピーター・グライムズ」。キャラ視点によるオペラガイド。このオペラ、奇跡のような傑作だと思う。

April 14, 2023

「ハイドン」作曲家◎人と作品(池上健一郎著/音楽之友社)

●新刊「ハイドン」作曲家◎人と作品(池上健一郎著/音楽之友社)を読む。このシリーズはどれも資料として有用なものばかりなので、だいたいの巻は目を通しているが、今回の「ハイドン」はためになるばかりではなく、純粋に本としておもしろい。こういった読書の楽しみまで提供してくれる評伝は貴重。おもしろい理由はふたつあって、ひとつは著者の筆致が巧みだから。ニュートラルな文体で、語り口が抜群にうまい。もうひとつはハイドンの人生そのものが興味深いから。
●ハイドンの人物像はエキセントリックとはいえないが、その人生の歩みはかなり特異。長いエステルハージ家時代は、はたから見れば音楽家としての成功だけど、ひとりの人間の生き方として見れば囚われの身だったのだと痛感。エステルハーザが豪華だという話はたびたび目にしていても、その周囲が貧しく悲惨な土地であるということまではわかっていなかったので、当時のハイドンへの見方が少し変わる。ハイドンが手紙に記した「奴隷であり続けるというのはみじめなものです」という一言が刺さる。そしてずいぶんと年をとってからロンドンへの大旅行を敢行し、そこでハイドンがどれだけ甘美な瞬間をくりかえし味わっていたか。想像するとくらくらしてくる。人生を取り戻してやろうというくらいの強い気持ちを抱いていたのかもしれない。
●ロンドンでのザロモン・コンサートの評が載っていて、これがまた会場の熱気を伝えてくれていて、とてもよい。以下引用するけど、どの曲を指しているか、わかるだろうか。

ハイドンによる他の新しい交響曲の2回目の演奏が行われた。中間楽章(第2楽章)は再び大変な喝采の声とともに受け入れられた。すべての席からこだまする「アンコール!アンコール!アンコール!」の合唱。淑女たちでさえも声を抑えることができないほどであった。

●いいっすよねー。人々の興奮が伝わってきて。曲は交響曲第100番「軍隊」。第2楽章の軍隊風趣向が熱狂を巻き起こしている。上記の評はこう続く。

戦地へと進攻し、人々が行進し、突撃の音が鳴り響き、攻撃の音が轟き渡り、武器がぶつかり合い、傷を負った者たちがうめき声をあげる。そして地獄のような戦争の鳴動というべきものが増していき、ついには恐るべき崇高の極みへといたるのだ!

こういう記事を読むと、18世紀末に比べると、現代の演奏会はずいぶんと作品も聴衆もおとなしくなったものだと思わずにはいられない。なんというか、ワタシたちはハイドン時代よりも枯れている。

April 13, 2023

東京・春・音楽祭 リッカルド・ムーティ introduces 若い音楽家による「仮面舞踏会」(演奏会形式)

東京・春・音楽祭 若い音楽家による「仮面舞踏会」
●書きもらしていたが、少し遡って1日、東京・春・音楽祭の若い音楽家による「仮面舞踏会」を聴いたのだった。会場は東京文化会館。ムーティと東京春祭オーケストラによるすばらしい「仮面舞踏会」があった後、それとは別に、指揮者と主な歌手陣を変更して、若い音楽家による「仮面舞踏会」が上演された。ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.3」での指揮受講生4人が本公演と同じオーケストラを指揮する。当初の予定では抜粋だったのが、全曲を上演することに。で、指揮受講生4人というのが、澤村杏太朗、アンドレアス・オッテンザマー、レナート・ウィス、マグダレーナ・クライン。ムーティによれば、4人の順番は「仮面舞踏会」の物語と同様にくじ引きで決めたとか。笑。歌手陣はリッカルドに石井基幾、アメーリアに吉田珠代、レナートに青山貴、ウルリカに中島郁子、オスカルに中畑有美子。
●同じオペラを4人の指揮者がリレーで振る。普通はありえないから、非常に興味深いものになった。なんといってもアンドレアス・オッテンザマーという世界最高峰のクラリネット奏者がここで受講生のひとりとして出てくるのが新鮮。もちろん、なんの特別待遇もない。舞台の下にムーティ御大がにらみを利かせるこの状況では、オッテンザマーですらひとりの若者にすぎない。
●4人それぞれのキャラクターはもちろんあったと思うが、なにしろムーティの教えがオーケストラに浸透した状態で振るので、どうしたってムーティの解釈をなぞる形にはなる。受講生の立場で指揮をするのだから、これはしょうがない。たとえば最後のマグダレーナ・クラインだと、ムーティが刻印したティンパニの痛烈打のあたりから、指揮者がオーケストラに火をつけたというよりは、オーケストラが指揮者に火をつけたような感触。棒の振り方がもっともきれいだったのはレナート・ウィス。4人それぞれにとって得がたい体験だったはずで、これから大きな飛躍を果たすことだろう。

April 12, 2023

佐渡裕指揮新日本フィルのラフマニノフ、シュトラウス

佐渡裕指揮新日本フィル
●10日はサントリーホールで佐渡裕指揮新日本フィル。佐渡裕が新音楽監督に就任して、これがシーズン開幕の公演となる(4月スタートなのだ)。ソリストに辻井伸行を迎え、チケットは完売。場内は活気がある。サントリーホールでチケットが完売すること自体はぜんぜん珍しくないが、明らかにふだんと違うタイプの賑わいがあった。年配の方も若い方もいるんだけど、人に動きがあるというか、好奇心が高まっているというか。ふだんのオケ定期とはなにか雰囲気が違う。
●開演時に佐渡さんがマイクを持って登場して軽くトーク。これも在京オーケストラの定期公演では見慣れない光景だが、よく考えてみたら開幕公演でもあるのだから、本来これくらいのホスピタリティがあって当然なのかもしれない。もちろんトークは抜群にうまい。
●プログラムはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(辻井伸行)とリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」。辻井伸行にとってのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、優勝したヴァン・クライバーン・コンクールのファイナル以来の縁の深い作品でもあり、佐渡裕とのコンビでレコーディングもある鉄板のレパートリー。集中度の高い演奏で、過度な感情表現に溺れない純度の高いまっすぐなラフマニノフ。盛大な拍手にこたえて、ソリスト・アンコールにカプースチンの8つのエチュード第1曲「前奏曲」。最近カプースチンに意欲的に取り組んでいる模様。
●後半のシュトラウス「アルプス交響曲」は期待を上回る名演。これからの佐渡&新日フィル・コンビへの期待を大いに高めてくれた。大編成の作品だが、スペクタクルに傾かず、ていねいに練られている。金管セクションが決して荒っぽく咆哮せず、楽器間のバランスを絶妙に保ちながら、弦楽器をベースとした壮麗な響きを作り出す。充実のアルプス登山。この公演を絶対に成功させようという使命感みたいなものも伝わってくる。これは指揮者のソロカーテンコールまであるはずと思ったが、そうならなかったのは少々意外。
●つい先日、受難節コンサートでBCJの「マタイ受難曲」を聴いたばかりなんだけど、その直後にニーチェ「アンチクリスト」由来の「アルプス交響曲」を聴く奇遇……と思ったら、今週末のパーヴォ&N響も「アルプス交響曲」を演奏するのだった。

April 11, 2023

JFL第5節 東京武蔵野ユナイテッドFC対ヴィアティン三重

JFL 東京武蔵野ユナイテッドFC対ヴィアティン三重
●8日は武蔵野陸上競技場で、JFLの東京武蔵野ユナイテッドFC対ヴィアティン三重。JFLというのはサッカーのJ1、J2、J3の下にある4部リーグで……という説明はもういいか。こうして4部リーグで観客数わずか297人の試合でも、ちゃんと三重からサポーターがやってきて応援の声が聞こえるんすよ。これこそJリーグ発足時に夢見ていたフットボール文化そのものって気がする。試合開始前のアナウンスでアウェイのサポーターに歓迎のメッセージが述べられて、場内から拍手が沸き起こる。サッカー界には「アウェイツーリズム」がすっかり根付いている。三重サポの姿を見ていたら、自分もまた遠方のスタジアムに行きたくなってきた。
●先日の開幕戦でも思ったが、今の武蔵野はかつてと異なり、ボールをつなぐチームに変貌している。監督は石村俊浩。それが諸刃の剣で、足元のしっかりした選手もいればそういうタイプではない選手もいて、ミスからカウンターアタックをくらいやすい状況であることは否めない。はらはらする試合展開になったが、76分、後藤の縦パス一本から途中出場の小口が抜け出てシュートを決めて先制ゴール。その後、ピンチを迎えながらも一点を守り切って今季ホーム初勝利をゲット。小口はMIOびわこ滋賀から移籍してきた新戦力。武蔵野は10番のベテラン後藤京介が足元の技術の高い選手で、視野も広く、ボールがさばける。頼りになる。
●三重は個の能力ではむしろ武蔵野を上回っていた感もあったのだが、いくつもあったチャンスに決めきれなかったのが敗因だろう。ボールをある程度持たせてカウンターで仕留めるという狙いはほとんどはまっていたのでは。監督はだれかと思ったら、な、なんと、元マリノス監督の樋口靖洋。マリノス以外にも山形、大宮、甲府、Y.S.C.C.横浜、琉球を率いて、今は故郷の三重のチームに帰ってきた。このキャリアは立派。それにしても「ヴィアティン三重」、ウ濁ではじまる発音しづらい名称はクラヲタ心をくすぐる。「ヴィアティンとはオランダ語で『14』の意味」ということで、となればクライフの背番号なんだろう。チームカラーのオレンジもオランダ由来なのか。
●東京武蔵野はどんどん選手が入れ替わって、知らない選手だらけ。むしろコーチとかスタッフに知ってる元選手の名前がたくさんある。多くの選手は大学から直接このクラブに来た選手のようだが、JFL等の別のクラブから移籍してきた選手もいる。対戦相手の三重にも元武蔵野の選手が3人もいる。JFLは基本的にアマチュア契約だと思うので、よその土地のクラブに移籍するにしても生活のための仕事とセットで考えなければならないだろうから、なかなか大変だと思う。それでいて、プレイのレベルは案外高い。マリノスから鳥栖に移籍したゴールキーパー、朴一圭がJFLのレベルの高さについていけず挫折したという話は心に留めておきたい。

April 10, 2023

バッハ・コレギウム・ジャパンの「マタイ受難曲」

●7日は東京オペラシティでバッハ・コレギウム・ジャパン。聖金曜日に聴くバッハ「マタイ受難曲」。指揮は鈴木雅明、エヴァンゲリストにトマス・ホッブス、ソプラノにルビー・ヒューズ、松井亜希、アルトに久保法之、青木洋也、テノールに谷口洋介、バスにマーティン・ヘスラー、加耒徹。東京少年少女合唱隊も加わる。恒例の「マタイ受難曲」だが、7日と8日の2公演に加えて9日には青少年特別価格が用意された追加公演(この日のみ字幕付き)もあって、東京オペラシティで三日連続「マタイ受難曲」が鳴り響く。これは本当にすごいこと。
●自分が「マタイ受難曲」を聴くのはたぶん6年ぶりくらい。ワーグナーなどの大作オペラ以上に気合が必要な作品という認識なのでなかなか聴けないのだが、やはり特別な作品という気持ちを新たにする。清冽でありながら熱く強靭な魂のバッハ。エヴァンゲリストのトマス・ホッブスの声がみずみずしい。マーティン・ヘスラーのイエスはフレッシュで、深く温かみのある声質がいい。毎回思うことだけど、自分は完全に異教徒ポジションで作品に向き合うので、最初は他人事だと思って聴いてるのに、最後はものすごい喪失感が訪れるという音楽の力……。
●ふだん、自分はバッハのことをかなり仲良しだと思っているのだが、それはもっぱら世俗音楽を聴いているときであって、教会音楽を聴くと実は向こうはこちらを仲良しだとは思っていないことに気づかされる。あー、もしも歴史が少し違っていて、ケーテン侯がバッハをもっと長く留めてライプツィヒに行かせなければ、バッハは大量のカンタータの代わりに平均律クラヴィーア曲集第64巻とかブランデンブルク協奏曲第256番を書けたんじゃないかと夢想することがあるのだが、そっちの歴史線だと「マタイ受難曲」も「ロ短調ミサ」も誕生しなかっただろうからそれはやっぱり困るのだった。

April 7, 2023

フェスタサマーミューザKAWASAKI 2023記者発表会

フェスタサマーミューザKAWASAKI 2023記者発表会
●先週28日はミューザ川崎でフェスタサマーミューザKAWASAKI 2023記者発表会。福田紀彦川崎市長、チーフ・ホールアドバイザーの秋山和慶、ホールアドバイザーの松居直美、東京交響楽団楽団長の廣岡克隆、日本オーケストラ連盟専務理事であり山形交響楽団専務理事兼事務局長でもある西濱秀樹の各氏が登壇。ホールアドバイザーのピアニスト小川典子はコンクール開催中のイスラエルからリモートで参加。また新たにホールアドバイザーに就任するジャズ・ピアニストの宮本貴奈もリモート参加。
●期間は7月22日から8月11日まで。首都圏オーケストラが競演する音楽祭とあって「演奏する側にとって非常にプレッシャーのかかる音楽祭」(廣岡東響楽団長)。今年も多彩なラインナップがとりそろえられた。目立つところをいくつかピックアップすると、まずはジョナサン・ノット指揮東響のオープニングコンサートは、チャイコフスキーの交響曲第3番「ポーランド」&第4番。ノットのチャイコフスキーはかなり意外。N響はキンボー・イシイの指揮で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ガルシア・ガルシア)とリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」。ヴァイグレ指揮読響はワーグナーの「ニーベルングの指環」オーケストラル・アドヴェンチャー。東フィルは出口大地を抜擢して、ベルリオーズの「幻想交響曲」。
●地方からのゲストは二団体。山形交響楽団は首席客演指揮者の鈴木秀美とともに、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(石上真由子)とシューベルトの「ザ・グレート」。大阪からは日本センチュリー交響楽団が参加。秋山和慶指揮でブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(HIMARI)、ドヴォルザークの交響曲第8番他。ほかにもまだまだ魅力的な公演はあるが、今年は全体としてオーソドックスな本格派のプログラムが多いという印象。なお、今年はインターネット配信はなし。

April 6, 2023

アントネッロ・マナコルダ指揮読響のハイドン&マーラー

●5日はサントリーホールでアントネッロ・マナコルダ指揮読響。マナコルダはカンマーアカデミー・ポツダムとの録音で話題を呼んでいるが、ライブで聴くのは初めて。プログラムはハイドンの交響曲第49番「受難」とマーラーの交響曲第5番。これまでのレコーディングからハイドンは納得の選曲だが、マーラーはやや意外。もっともプロフィールを見るとレパートリーは案外広く、近現代の作品も手掛けるし、劇場ではヴェルディ「椿姫」やヤナーチェク「イェヌーファ」も振っているそう。マーラー室内管のコンサートマスターから指揮者に転身。昨年ベルリン・フィルでもデビュー。
●マナコルダは長身痩躯。前半のハイドンが出色だった。ピリオドスタイルをうまく消化しつつ、みずみずしく清澄なハイドン。チェンバロ入り。弦は対向配置。すっきりと整理されているが、情感も十分。後半は対照的に響きの洪水から生み出される鋼のマーラー。精緻な響きを設計するというよりは、要所要所のインスピレーションを大切にするように、細かなテンポ操作も盛り込みながらドラマを築き上げる。第3楽章の立奏するホルンは見事。ゆったりとした第4楽章アダージェットから、終楽章は直線的で豪快。曲が終わるやいなや悲鳴のような歓声が上がって、ブラボーが続く。好みの分かれる演奏かなと思ったが、熱心なお客さんの拍手が続いてマナコルダのソロカーテンコールへ。その後、サイン会もあったようで(会場内のCD販売もあった)、コロナ禍前の風景が戻ってきている。

April 5, 2023

ドイツ・グラモフォンの「ステージプラス」日本版がスタート

ドイツ・グラモフォン「ステージプラス」記者会見
●4日は東京文化会館小ホールでドイツ・グラモフォン(DG)の映像&音楽配信サービス「ステージプラス」の発表記者会見(公式サイト発表)。前夜の東京・春・音楽祭に続いてまたも上野に足を運ぶことになったが、この「ステージプラス」から東京・春・音楽祭の一部公演も配信されることになっている次第。登壇者はドイツ・グラモフォン社長のクレメンス・トラウトマン、同社コンシューマー・ビジネス担当副社長のローベルト・ツィンマーマン、ユニバーサルミュージック合同会社CEOの藤倉尚、東京・春・音楽祭実行委員会事務局長の芦田尚子、東京・春・音楽祭に出演するピアニストのヤン・リシエツキの各氏。
●「ステージプラス」は映像と音声の両方を配信するサブスクリプション・サービス。映像配信では世界の著名ホール、オペラハウスからのライブや歴史的映像が配信される。ウィーン楽友協会、アムステルダム・コンセルトヘボウ、ベルリン・フィルハーモニー、ウィーン国立歌劇場、バイロイト音楽祭、ザルツブルク音楽祭等々。ライブ配信は原則毎週あり。もちろんオンデマンド再生も可能。また、音声のみのコンテンツとしてはDGの最新アルバムから歴史的な名盤もそろう。パソコン(ブラウザ)、スマホ、タブレット等で利用可。4K、ロスレス、ドルビーアトモス対応。またライブ配信は時差も考慮して日本で見やすい時間帯での再配信もある。料金は月間プランで1990円、年間プランで19900円。無料お試しあり。「ステージプラス」(Stage+)のサービス自体はすでにスタートしているものだが、今回はその日本語版が用意されという趣旨での会見となった。コンテンツそのものは英語/ドイツ語版と日本語版は共通している。
●というわけで、いよいよクラシック音楽界最大の老舗レーベルが、サブスクリプション・サービスに本腰を入れることになり、時代の移り変わりを感じずにはいられない。このサービス、どんなふうに受け止めればよいだろうか。まず、サブスクリプションとして見れば後発のサービスだ。すでに映像でも音声でもいろんなサービスがある。一方で、完全に日本語化されているという意味では先行しているとも言える。すべてが満足に日本語で用意されている配信サービスは映像でも音声でも少ない。会見のなかでツィンマーマン氏(以前ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールに携わっていた人)が、「既存のサービスと違うもの作らなければならない。私たちはオーケストラでもオペラハウスでもアーティストでもない」と語っていたが、ひとつのレーベルだけで十分に魅力的なサービスを構築することができるのか、というのがカギだろう。そもそもこれは「サブスク時代にレーベルってなんだ?」という問いまで遡るわけだが。
●今回、「ステージプラス」は東京・春・音楽祭からヤン・リシエツキが矢部達哉や水谷晃と共演する4月5日の「ブラームスの室内楽Ⅹ」および4月8日のキット・アームストロングによる「鍵盤音楽年代記」を配信するそうなんだけど、実はこのローカルな路線が大事なんじゃないかという気もしている。まずはしばらく試用してみるつもり。

April 4, 2023

東京・春・音楽祭2023 「東博でバッハ」 川口成彦(フォルテピアノ)

夜の東博
●3日は東京・春・音楽祭のミュージアム・コンサート「東博でバッハ」。先日は同シリーズを法隆寺宝物館エントランスホールで聴いたが、今回は平成館ラウンジで川口成彦のフォルテピアノ。ジルバーマンとタンゲンテンフリューゲルの2台のレプリカを曲によって弾き分けるという趣向。バッハとその息子たちの作品からなるプログラムで、前半にバッハの前奏曲とフーガ イ短調BWV895、イギリス組曲第1番イ長調、C.P.E.バッハのヴュルテンベルク・ソナタ集より第1番イ短調、後半にバッハの幻想曲とイミタツィオーネ ロ短調BWV563、協奏曲ロ短調BWV979(トレッリのヴァイオリン協奏曲にもとづく)、フランス組曲第5番ト長調、J.C.バッハのソナタ ハ短調op.5-6。曲間のトークでジルバーマンの楽器にアクシデントがあり、弦の張力をこれ以上あげられないということだったかな、現代の標準ピッチより全音低いヴェルサイユ・ピッチで演奏するというお話があった。
●どちらの楽器にも手で操作するストップみたいなのがあって、曲の切れ目で音色をがらりと変えることができる。とてもきらびやかだったり、くすんだ色調があったりと、すこぶるカラフルで、万華鏡をのぞきこんでいるような気分。どの作品も大いに楽しんだけど、ハイライトはエマヌエル・バッハのヴュルテンベルク・ソナタ第1番か。くらくらするような華麗さ。この曲って、昔グールドがピアノで録音した曲だったっけ? あの頃はモダンピアノの一択しかなかったと思うんだけど、時代は変わり、作曲家像も変わる。最後に演奏されたクリスティアン・バッハもよかった。エマヌエルに比べると正直ピンとこない作曲家だと思っていたけど、この曲はおもしろい。モーツァルト的でもあり、父バッハの香りも混ざっていたりする。アンコールはショパンのフーガ! 歴史をジャンプして外挿するみたいな選曲。最高のおみやげ。
●この平成館ラウンジ、床が石造りで音が反射する一方、天井はほとんど音の返りがないところで、モダンピアノだとモゴモゴとこもった感じの響きになるんだけど、フォルテピアノだと軽く低音ブーストがかかったみたいになってほどよいかも。

April 3, 2023

ニッポンvsコロンビア代表 キリンチャレンジカップ2023

コロンビア●いまさら先週の火曜日の試合について書くのもなんだけど、でも代表戦だし書いておく。28日、ヨドコウ桜スタジアムでのニッポンvsコロンビア代表を録画観戦。ウルグアイ戦に続いて、今回はコロンビア戦だったわけだけど、このマッチメイクはよかったと思う。ウルグアイとコロンビアは胸を借りる相手としてベストだろう。選手たちのコンディションもよかったし(むしろニッポンよりいいかも?)、コロンビアが勝ちに来てくれたのもよかった。親善試合なのに、終盤にリードしていて時間を使ったりとか。で、レベルの高い相手に対して、ニッポンも新生チームで互角に戦えるところに成長を感じるんだけど、ただまあ、内容はパッとしなかった。むしろコロンビアが収穫を得たゲームだったのでは。
●森保監督が選んだメンバーはウルグアイ戦をベースにしつつ、新戦力を試すというもの。4-2-3-1の布陣。GK:シュミット・ダニエル-DF:菅原由勢、板倉滉、伊藤洋輝、バングーナガンデ佳史扶(→瀬古歩夢)-MF:守田英正(→浅野拓磨)、鎌田大地(→遠藤航)-伊東純也、西村拓真(→久保建英)、三笘薫(→堂安律)-FW:町野修斗(→上田綺世)。左サイドバックにバングーナガンデを抜擢。ウルグアイ戦で左サイドバックだった伊藤洋輝をセンターバックで起用(途中から左サイドバックへ)。あと、鎌田を一列下げたポジションに置いた。序盤は悪くなかった。3分に早くも守田の精度の高いクロスから三笘が競り勝って、頭でゴール。注目のバングーナガンデも積極的で悪くない。前線からのプレスも効いていた。が、33分、コロンビアは左サイドからのマイナス方向のクロスにデュランが決めて同点。後半はコロンビアの出足の鋭さに後手に回り、後半16分、ボレの美しすぎるオーバーヘッドシュートが決まって逆転。ニッポンは交代で入った選手たちも流れを変えられず、効果的なチャンスを作れず1-2で敗れた。
●前のウルグアイ戦に続いて、サイドバックが内側から追い越すアンダーラップを試しているようなのだが、あまり意味は感じられず。伊藤洋輝は守備の局面での個の力は高いが、周囲との連携がもうひとつ。最初に代表に呼ばれたときはこれでポスト長友の左サイドバック問題は解決かと思ったが、なにせワールドカップ本大会でビルドアップ時の三笘との左サイドの連携がまるっきり機能せず、この日も同様のぎこちなさ。バングーナガンデの成長頼みか。それに比べると右サイドの菅原は安定感がある。トップの町野は目立たず。だんだん古橋待望論が高まってくるかもしれないが、コンディション不良で離脱した前田大然がいればまた違ったかもしれない。攻撃陣では伊東純也ひとりが質の高いプレイを見せていた感。
●第一次森保ジャパンの発足時、アタッカー陣は一気に世代交代して、中島翔哉、南野拓実、堂安律の「三銃士」が暴れまくって、これで当面、このポジションは安泰だと思ったもの。が、ワールドカップを迎える頃には、中島の名は聞かなくなり、南野は調子を落として出番を失い、なんとか堂安が活躍したものの、それも伊東純也の控え扱いだった。そう考えると、今の段階ではだれが第二次森保ジャパンの主軸になるか、まったくわからない。

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