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April 14, 2023

「ハイドン」作曲家◎人と作品(池上健一郎著/音楽之友社)

●新刊「ハイドン」作曲家◎人と作品(池上健一郎著/音楽之友社)を読む。このシリーズはどれも資料として有用なものばかりなので、だいたいの巻は目を通しているが、今回の「ハイドン」はためになるばかりではなく、純粋に本としておもしろい。こういった読書の楽しみまで提供してくれる評伝は貴重。おもしろい理由はふたつあって、ひとつは著者の筆致が巧みだから。ニュートラルな文体で、語り口が抜群にうまい。もうひとつはハイドンの人生そのものが興味深いから。
●ハイドンの人物像はエキセントリックとはいえないが、その人生の歩みはかなり特異。長いエステルハージ家時代は、はたから見れば音楽家としての成功だけど、ひとりの人間の生き方として見れば囚われの身だったのだと痛感。エステルハーザが豪華だという話はたびたび目にしていても、その周囲が貧しく悲惨な土地であるということまではわかっていなかったので、当時のハイドンへの見方が少し変わる。ハイドンが手紙に記した「奴隷であり続けるというのはみじめなものです」という一言が刺さる。そしてずいぶんと年をとってからロンドンへの大旅行を敢行し、そこでハイドンがどれだけ甘美な瞬間をくりかえし味わっていたか。想像するとくらくらしてくる。人生を取り戻してやろうというくらいの強い気持ちを抱いていたのかもしれない。
●ロンドンでのザロモン・コンサートの評が載っていて、これがまた会場の熱気を伝えてくれていて、とてもよい。以下引用するけど、どの曲を指しているか、わかるだろうか。

ハイドンによる他の新しい交響曲の2回目の演奏が行われた。中間楽章(第2楽章)は再び大変な喝采の声とともに受け入れられた。すべての席からこだまする「アンコール!アンコール!アンコール!」の合唱。淑女たちでさえも声を抑えることができないほどであった。

●いいっすよねー。人々の興奮が伝わってきて。曲は交響曲第100番「軍隊」。第2楽章の軍隊風趣向が熱狂を巻き起こしている。上記の評はこう続く。

戦地へと進攻し、人々が行進し、突撃の音が鳴り響き、攻撃の音が轟き渡り、武器がぶつかり合い、傷を負った者たちがうめき声をあげる。そして地獄のような戦争の鳴動というべきものが増していき、ついには恐るべき崇高の極みへといたるのだ!

こういう記事を読むと、18世紀末に比べると、現代の演奏会はずいぶんと作品も聴衆もおとなしくなったものだと思わずにはいられない。なんというか、ワタシたちはハイドン時代よりも枯れている。