●METライブビューイングでテレンス・ブランチャード作曲「チャンピオン」を観た。ワタシはテレンス・ブランチャードについてなにも知らず、ジャズ界での大御所だということだけ耳に入れて、半分期待し、半分あまり期待せずに足を運んだ。で、結論としてはずばり、これは観るに値する傑作であり、正真正銘の現代オペラ。「オペラ・イン・ジャズ」と謳われており、ジャズ的な要素もあるが、それでもアリアがあったり、重唱があったりして、20世紀オペラの伝統を現代に受け継ぐ作品だと納得。台本も演出もとてもよくできているが、主役は音楽だ。
●題材となっているのは1950年代後半に頭角を現した実在のボクサー、エミール・グリフィス。対戦相手からゲイであることをからかわれ、試合で相手の命を奪ってしまう。このボクサーの青年時代を演じたバスバリトンはライアン・スピード・グリーン。上の予告編でもわかるように、全身筋肉ムキムキに鍛えており、どう見てもボクサーそのもの。こんな肉体のオペラ歌手、見たことない。この役のために30キロも減量したというのだが、減量という以上に筋肉の鎧がすごすぎる。
●同じボクサーの老年期を演じるのは、おなじみ、エリック・オーウェンズ。強靭な肉体を誇った青年期とは対照的に、認知症と罪の意識に苦しむ弱者として描かれる。多くの場面で老年期の主役と青年期の主役が舞台で同時に立っており、ときには同時に歌う。つまり、老いた主役が青年期を回想している。贖罪が作品テーマのひとつ。このオーウェンズの役柄により、万人が共感可能なオペラになっている。
●指揮はヤニック・ネゼ=セガン。最初のピットに姿を見せただけで大声援。ここで彼はヒーローなのだ。第2幕ではリングガウンを着て指揮台に登場して、客席から大喝采を浴びる。演出はジェイムズ・ロビンソン。場面転換ごとにリングアナウンサー(ボクシングの)が出てきてコールするという趣向が秀逸。主役の歌手も対戦相手の歌手も本当にヘビー級のボクサーに見えるので、対戦シーンも迫力がある。もちろん、本当に殴り合うわけではなく、オペラの演技として様式化されているのだが。
●幕間のインタビュー等で「プッチーニのような」という形容句がなんどか出てきたけど、むしろ連想したのはブリテン「ピーター・グライムズ」かな。いろんな点で共通点があると思った。
June 19, 2023