●4日は新国立劇場へ。23/24シーズンのオープニングを飾るのはプッチーニの「修道女アンジェリカ」とラヴェルの「子どもと魔法」のダブルビル。ともに新制作。ピットに入るのは沼尻竜典指揮東京フィル、演出は粟國淳。両作の組合せには妙味がある。共通するテーマは「母と息子」。作品のカラーはまったく対照的で、前者は救いのない悲劇、後者は機知に富みコミカル。だが、泣けるオペラは圧倒的に後者なのだ。
●実のところプッチーニの「三部作」で、「ジャンニ・スキッキ」と「外套」は常に歓迎できる作品だけど、「修道女アンジェリカ」はどうしたって好きになれない。それはしかたがない。オペラは本質的に愛と死を描く芸能なので、ある程度の悲劇は「様式」として許容するしかないけれど、子どもが命を失う話は(たとえその場面が直接描写されていないにしても)受け入れがたい。現代的価値観ではなんの罪も犯していないアンジェリカが修道院に入れられ、叔母から財産放棄を迫られたあげく、引き離された息子がもうこの世にいないと知らされる。この悲報を告げる叔母の冷酷さと来たら。だいたいその子の父親はどこに行ったの。アンジェリカは修道院という宗教システムの犠牲者だろう。先日紹介したナオミ・オルダーマンの「パワー」みたいに、アンジェリカが電撃能力を身につけて、嫌なヤツらを全員皆殺しにする話になればいいのに……(あの小説にも修道院が出てくる)。プッチーニの音楽は真に感動的でオーケストレーションも冴えている。アンジェリカ役のキアーラ・イゾットンのドラマティックな歌唱も見事。でもなあ。
●と、思ったところで、救いは後半のラヴェル「子どもと魔法」だ。このオペラの主人公である少年はアンジェリカの息子と同じくらいの年頃では。そう、あのイヤな叔母はアンジェリカに財産放棄を迫るためにああ言ったが、実は息子は生きていて、別のママのもとでやんちゃに暮らしているのだ(と、勝手に解釈する)。「子どもと魔法」の舞台はカラフルで楽しさいっぱい。アニメーションも巧みに活用しつつ、歌手たちとダンサーたちが男の子の世界を生き生きと表現する。ネコやトンボ、リス、カエルなどの動物たちもさることながら、椅子や柱時計といった無機物が登場人物として出てくるのが最高だ。どの場面もおかしいが、傑作なのは「算数」が少年に襲いかかる場面。でたらめな数式や問題文をくりだすナンセンスさにルイス・キャロル味あり。少年役のクロエ・ブリオはこの役にぴったりで理想の配役。柱時計の河野鉄平、絵本のお姫様役の三宅理恵、ママ役の齊藤純子ら、充実のキャスト。オーケストラも精緻な響きでラヴェルにふさわしい味わい。
●「子どもと魔法」で描かれる少年の世界は男子がみんな通る道なんだけど、それは大人の時間軸でほんの一瞬のことにすぎない。だから尊い。そこが泣ける。ラヴェルの音楽とコレットの台本はその尊い瞬間にフォーカスしている。
●両作ともママはいるけど、パパがいない。前世紀のオペラだからしょうがないのか。ママをパパに読み替える演出はどうだろう(ないか……)。
●プッチーニの「修道女アンジェリカ」に「蝶々夫人」の残り香があるように、ラヴェルの「子どもと魔法」には「ダフニスとクロエ」の残り香が漂っていると思う。
October 5, 2023