amazon
February 26, 2024

鈴木優人&BCJ×千住博 モーツァルト「魔笛」

●24日はめぐろパーシモンホール大ホールでモーツァルトのオペラ「魔笛」。Bunkamura35周年記念公演 ORCHARD PRODUCE 2024と銘打たれた公演で、主催はBunkamuraなのだが、会場はめぐろパーシモンホール。1200名収容のコンパクトサイズで、モーツァルトにはぴったり。以前にもここで読響公演を聴いたことがあるけど、都立大学駅から少し歩いた場所で環境もよい。ピットには鈴木優人指揮バッハ・コレギウム・ジャパン。演出は飯塚励生、美術は千住博。タミーノにイルカー・アルカユーレック、パミーナに森麻季、ザラストロに平野和、夜の女王にモルガーヌ・ヘイズ、パパゲーノに大西宇宙、パパゲーナに森野美咲、モノスタートスに新堂由暁、他。
●歌手陣は主役から脇役まで歌も演技も充実。特に印象的だったのは大西宇宙のパパゲーノと森麻季のパミーナ。パパゲーノはコミカルな役柄なんだけど、道化役に留まらない凛々しさ。パミーナは清澄、お姫様感100パーセント。パパゲーナの森野美咲は、少し前に出光音楽賞の受賞者ガラコンサートでリヒャルト・シュトラウスの歌曲を聴いたばかりなのだが、こんなにコメディも達者な人だったとは。オーケストラからは温かみのあるピュアなサウンド。前方席ではピットからの反射音があまり届かず、序曲の冒頭から「あれ?」とは思ったが、進むにつれて耳が慣れた。
●第1幕は、何枚も白布が吊るされて、そこにやわらかい色調の森の絵、動画などが投射されて幽玄なトーン。大蛇ではなく、渡辺レイと山本帆介のダンスが嵐となってタミーノを襲う。第2幕のザラストロ教団では雰囲気が一転、背景にはアルファベットの記号(ティッカー?)と刻々と変化する数字がびっしりと並んでおり、株式市況を思わせる。中央には三角形に「ザ」の一文字をかたどったシンボルがある(フリーメイソンのパロディなのか)。東京風の夜景が映し出されると、ビルに「ザラ建設」とか「ザラ森林開発」といったネオンが光っている。数字のモチーフは随所に使われており、どうやらザラストロ教団はビジネスに熱心なようだ。最後の場面は昼と夜の両勢力の和解で終わるという演出。夜の女王とパミーナは母娘の絆を取り戻す。
●もともと「魔笛」はストーリーに難があって、そのわかりづらさの説明として「前半と後半で善玉と悪玉が入れ替わる」と書かれることが多いのだが、本質的にはザラストロのような男尊女卑の価値観と、絶対的な賢者が集団を束ねて教徒に試練を強いる集団を、わたしたちが「正義」として受け入れることができないことが要因なんだと思う。命をかけた試練の報酬が妻だというのもね……。そんな集団にころっと主人公タミーノが洗脳されてしまってどうしようもないのだが、パパゲーノだけは正気を保っていて、死にたくないけど食べたいし飲みたいしモテたいという人間としてまっとうな欲求を抱えている。こういう台本作家の側とわれわれの側の間にねじれがあるところが、むしろ古典の条件なのかなとよく思う。解釈の多様性を生み出すというか。
●以前、ONTOMOにも書いたけど、パパゲーノのような鳥刺しは社会の最底辺の存在だったそう。モーツァルトのオペラでは「フィガロの結婚」でも「ドン・ジョヴァンニ」でも貴族と平民といったように階級差が描かれているが、シカネーダーの一座のために書かれた「魔笛」の場合は、観客よりも下の階層として鳥刺しが登場するのだなと思った。