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February 27, 2024

死ぬるが增か 生くるが增か voice duo vol.4 工藤あかね、松平敬

●26日は、すみだトリフォニーホール小ホールで「死ぬるが增か 生くるが增か 」voice duo vol.4。前半は松平敬のバリトンによるクルターグの「ヘルダーリン歌曲集」(日本初演)、桑原ゆうの「葉武列土一段」(委嘱初演)、後半は工藤あかねのソプラノと松岡麻衣子のヴァイオリンによるクルターグ「カフカ断章」。クルターグ作品は小さな曲をアンコールなどで耳にすることはわりと多いけど、これだけまとまった作品を聴く機会はまれ。クルターグは1926年生まれだから、今年98歳。エリオット・カーターに続いて自分の生誕100周年を祝える作曲家になるか。
●「ヘルダーリン歌曲集」、全6曲のテキストの訳を読んでもなにを言っているのかわからないところがたくさんあるのだが、ひたすら声の極限的な表現に圧倒される。バリトンだけで演奏されるが、第3曲「形象と精神」のみ、村田厚生のトロンボーンと橋本晋哉のチューバが加わって、異質な世界を描き出す。感じるのは「畏れ」、かな。最後の「パラクシュ!パラクシュ!」という謎の叫びに戦慄する。桑原ゆうの「葉武列土一段」はシェイクスピアの「ハムレット」の文語訳がテキストに用いられている。当日になってようやく、公演タイトルの「死ぬるが增か 生くるが增か」が有名なセリフ「生きるべきか、死ぬべきか」のことだと気づく。ハムレットのセリフは、丶山仙士(←読めない)訳の「新体詩抄」、オフィーリアの歌は森鴎外訳。ハムレットの部分は、能の謡を連想させる。パラレルワールド日本の伝統芸能みたいな不思議な趣。
●後半、クルターグ「カフカ断章」は70分を超える長丁場ということで、滝に打たれる覚悟で臨んだのだが、全40曲のほとんどは短い曲であることと、意外にもテキストが共感可能なものなので、ヘルダーリンに比べればぐっと近づきやすい。カフカの断片的な言葉に曲が付けられているのだが、これが身につまされるようなダメ男感があって、たとえば「寝た、起きた、寝た、起きた、惨めな生活」とか「一瞬だけ無敵な気がした」とか、のび太君の一コママンガ劇場みたいな感じで、イジイジしていたりブラックだったりする。ぎりぎり文字が読める客席の照度だったので、ほとんど日本語訳と首っぴきで聴いたが、シリアスさのなかからしばしばふわりとしたユーモアが漂って来る。小さな曲の集合体だけど第2部は長めの一曲からできていて、ここのひりひりするような静謐さと緊張感が圧巻。全曲を一気に歌いきるのは相当にタフだと思うが、最後まですさまじい集中度。おしまいの第40曲を聴き終えて放心。