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March 11, 2024

METライブビューイング ビゼー「カルメン」新演出

●8日は東劇のMETライブビューイングでビゼー「カルメン」。キャリー・クラックネルの新演出。舞台を現代アメリカに設定し、闘牛はロデオに、たばこ工場は軍需工場に置き換えられる。ロデオ・チャンピオンのエスカミーリョが登場すると、みんなスマホを手に寄ってきて一緒に自撮りする。読み替えは珍しいものではないが、細部で工夫が凝らされていて随所に感心させられた。たとえば第2幕冒頭。通常なら酒場の場面だけど、ここでは大型トラックの荷台のなかで、ホットパンツのカルメンたちが女たちだけで踊り出す。仕事の合間に退屈した女たちが自分たちの楽しみのために自然と踊り出した、みたいな雰囲気がよく出ている。クラブで踊ってる感じ。
●あとは第3幕、密輸団のいる山中にミカエラが登場する場面。ここで忽然とミカエラが現れると神出鬼没すぎて笑ってしまうのだが、このミカエラは手引きする男に連れられてやってきて、男にカネを渡す。だよなあ、そうじゃなきゃおかしいもの。4幕もいい。競技場の場面で、ちゃんとスタンドが組まれている。回り舞台を効果的に用いて、競技場の内側と外側を見せる。最後、ホセとカルメンの修羅場でヤバい雰囲気が高まってきたところで、一瞬、音楽の調子が変わったところで警備員が通りかかり、ふたりはなんでもないふりを装うところもいい。
●で、ここからはネタバレ気味なんだけど、演出上、大切なことなので書いておくけど、ホセが凶行に及ぶ場面。ナイフを取り出すと思うじゃないっすか。でも違うんすよ。あれはバットなんじゃないかな。カルメンが自分の身を守ろうとして、そこにあったバットを一本取り出して持つ。アメリカだったら、そこにバットがあってもおかしくないのかもしれない(知らんけど)。で、ホセがそれを奪う。で、カッとなって振り回して、バコンと音がして、カルメンが倒れ、絶命する。ホセは凶器を持参していなくて、衝動的に事に及んだわけだ。ワタシはこう思った。「そうそう、Jリーグでもそうだけど、いまどきのスタジアムはナイフや銃を持っていたら、入場口のセキュリティチェックを通過できない」。
●歌手陣について。カルメン役のアイグル・アクメトチナが見事。27歳だが若さが売りなのではなく、歌がいい。太くて豊かな声はまさにカルメン。ミカエラ役のエンジェル・ブルーも秀逸。ふつうならイラっとさせられる役柄なのだが、このミカエラは強くて元気なのが吉。それにしても名前が「エンジェル・ブルー」って、ミカエラを歌うために生まれてきたかのようだ。あと、3幕のカルタの歌がすごいと思った。フラスキータ(シドニー・マンカソーラ)とメルセデス(プリアナ・ハンター)にこれだけ歌える歌手が出てくる層の厚さに舌を巻く。女声陣に比べると、ピョートル・ベチャワのホセは成熟しすぎていて、カルメンといっしょにいると「娘に手を焼いているお父さん」感あるいは「パパ活」感が漂う。エスカミーリョ役はカイル・ケテルセン。指揮は東響などにも客演しているダニエレ・ルスティオーニ。切れ味鋭く明快、隅々まで光が当てられて健康的なサウンドを引き出す。