●27日は東京文化会館で東京・春・音楽祭2024の目玉公演、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」演奏会形式。たまたま新国立劇場で演目が重なっているため、2週連続して水曜日にこの大作を聴くことに。ウェンズデー・トリスタン。なかには連日という方もいるだろうし、複数回足を運ぶ方もいるわけで、東京では「トリスタンとイゾルデ」旋風が吹いている。道行く人々がみんなワーグナーの話しかしていない(ウソ)。
●キャストが豪華。今回もマレク・ヤノフスキ指揮NHK交響楽団がビシッと引きしまった演奏で、5時間の長丁場ながらまったくだれない。85歳のマエストロの棒のもと、音楽が前へ前へと進む。ピットからではなく、ステージ上でしっかりと鳴るオーケストラを聴けるのが演奏会形式の楽しみ。タイトだが、重厚さも十分。ゲスト・コンサートマスターにMETのベンジャミン・ボウマン。歌手陣も充実。一番人気はトリスタンのスチュアート・スケルトンで、美声だけど恰幅の良さに応じて超パワフル。舞台上でどんどん演技をする派。イゾルデはビルギッテ・クリステンセン。ムラはあったけど、まろやかな声で気品のあるイゾルデ像を築く。演技はせずに楽譜を見る派。マルケ王にフランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ、ブランゲーネにルクサンドラ・ドノーセ、メロートに甲斐栄次郎、クルヴェナールにマルクス・アイヒェ。クルヴェナールが真に立派。
●本日のハイライト。秘薬を飲む場面でペットボトルの水を飲んだトリスタン。2階席から歌うブランゲーネ。ステージ上手で吹くイングリッシュ・ホルン。全幕を終えて、フライングではないのだが少し気の早い拍手がパラパラと起きてしまった……と思ったら、マエストロが両手を斜め下方向にピンと伸ばして拍手を制止した! 余韻を損なう拍手を指揮者が止める。新様式の誕生だ。
●マルケ王が「ほう・れん・そう」を欠いたばかりに第3幕で誤解から犠牲者が続出してしまった……って話は、先週も書いたからもういいか。
●「トリスタンとイゾルデ」第3幕で、瀕死のトリスタンが海からイゾルデを乗せた船がやってくる様子に興奮する。こういう陸から海を見て船の到来に歓喜するというシーンはオペラのひとつの定型だろう。ヴェルディ「オテロ」冒頭の将軍の凱旋、プッチーニの「蝶々夫人」でピンカートンを乗せた船が帰ってくる場面、ワーグナー「さまよえるオランダ人」の幽霊船。古くはヘンデル「ジュリオ・チェーザレ」でクレオパトラが歌う「嵐で難破した船が」もその一種か。オペラではないがメンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」でも、船が難破しかけるけど無事に着いて喜びのファンファーレが奏でられる。名付けるなら「海から船がやってきて嬉しいシーン」。これの逆ベクトルに相当するのが「海に人が向かっていって悲しいシーン」で、ベルクの「ヴォツェック」とブリテンの「ピーター・グライムズ」の痛ましい結末が双璧だと思う。
March 28, 2024