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May 31, 2024

新国立劇場 モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」(ダミアーノ・ミキエレット演出)

新国立劇場 「コジ・ファン・トゥッテ」
●30日は新国立劇場でモーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」。ダミアーノ・ミキエレット演出による「キャンピング・コジ」で、2011年、2013年に続く久々の再演。舞台を現代のキャンプ場に置き換えた演出で、本当によくできている。若者たちのグループが集うキャンプ場らしい楽しい雰囲気があるのが吉。キャンプ場にもいろいろあると思うんだけど、ヒロシが「ぼっちキャンプ」でテンションをあげるようなひっそりしたキャンプ場じゃなくて、「13日の金曜日」のジェイソンが襲ってきそうなキャピキャピッ!としたキャンプ場なんすよ。山小屋みたいな売店があって、そこにネオンでCamping Alfonsoって書いてある。ドン・アルフォンソがお店のオーナーで、ここで働いているお姉さんがデスピーナ。今なら公式サイトでステキな壁紙プレゼント中。
●歌手陣はセレーナ・ガンベローニ(フィオルディリージ)、ダニエラ・ピーニ(ドラベッラ)、ホエル・プリエト(フェルランド)、大西宇宙(グリエルモ、フィリッポ・モラーチェ(ドン・アルフォンソ)、九嶋香奈枝(デスピーナ)。このオペラはだれかが主役を張るのではなく、アンサンブルの楽しさが肝。それにふさわしくチームとして各々の役柄にふさわしい歌と演技。大西宇宙はグリエルモにぴったりだと思う。ピットは飯森範親指揮東京フィル。鋭利というよりは、しっとり、まろやか。
●「コジ」はプロットにリアリティが一切ないこともあってか、演出家の意欲をかきたてる作品なんだと思う。変装して恋人を交換したあげく、相手と結婚式を挙げるにまで至ってしまう。それで企みを明かしたところで気まずいばかりで、二組のカップルが元の鞘に収まるはずはない。そこは今の演出家がいろいろな答えを用意しているわけだけど、今回のラストシーンではみんながケンカをしてバラバラになる。まあ、そうなるよね……。
●ミキエレット演出で特にいいなと思うのは、ドン・アルフォンソとデスピーナを3組目のカップルとしてフィーチャーしているところ。一般的な演出でも感じることだけど、このふたりのシニカルさには幸福感がまったくない。まだドン・アルフォンソはいいんすよ。老いてそういう境地に至るのは、ぜんぜんありうる。でもデスピーナって、自分のイメージでは年頃を過ぎつつあるコケットで、フィオルディリージとドラベッラに対してうっすらとした妬みを抱いている。キャンプ場における「心のジェイソン」がデスピーナ。ドン・アルフォンソに対するきわどい態度に、デスピーナの崖っぷち感がよく表れていると思った。
●結婚式の場面でデスピーナがポラロイド・カメラで写真を撮る。で、カメラから出てきたフィルムをパタパタってする。この動作の意味はそろそろ年長者にしかわからなくなりつつあるかも。舞台設定として、まだスマホのない時代みたい。
●今だから生々しく感じたのは、フェルランドとグリエルモが軍に招集される場面。男たちは戦場に行く。だったら別の男と結婚しようという女たちの行動原理に妙なリアリティを感じてしまった。