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September 24, 2024

プッチーニ「ラ・ボエーム」 全国共同制作オペラ2024 東京芸術劇場シアターオペラvol.18

プッチーニ「ラ・ボエーム」 森山開次
●21日は東京芸術劇場で全国共同制作オペラ、プッチーニの「ラ・ボエーム」。演出・振付・美術・衣裳を森山開次が務めた。指揮は今年いっぱいで指揮活動から引退する井上道義。オーケストラは読響(全国共同制作オペラでは各地で異なるオーケストラが起用される)、合唱はザ・オペラ・クワイアと世田谷ジュニア合唱団。歌手陣はミミにルザン・マンタシャン、ロドルフォに工藤和真、ムゼッタにイローナ・レヴォルスカヤ、マルチェッロに池内響、コッリーネにスタニスラフ・ヴォロビョフ、ショナールに高橋洋介。ダンサーとして梶田留以、水島晃太郎、南帆乃佳、小川莉伯の4人が登場し、要所要所で登場人物の心理や情景を身体表現によって伝える。ダンサーのみならず歌手陣もかなり緻密な動きが要求されている模様。この演出では画家のマルチェッロを藤田嗣治に見立てている(風貌がそうだった)。これは、なるほどと思った。日本人にとって、パリで暮らすボヘミアンの画家といえばそのイメージか。とはいえ、それぞれの人物像の解釈は伝統に沿ったもの。趣向は凝らされていても、演出として奇抜なところはまったくない。みんなが期待する青春群像劇「ボエーム」の世界を描いていた。
●ルザン・マンタシャンと工藤和真のふたりをはじめ、歌手陣は強力。が、主役はオーケストラだったと思う。緻密でありながら雄弁なサウンド。オペラ劇場のような深いピットではないこともあり、オーケストラの音圧はかなり強めで、ときには重たく粘りのある表現で、痛切な感情表現を伝える。色彩感豊かなオーケストレーションはプッチーニ作品の大きな魅力であることを改めて実感。
●休憩は2回。第2幕の後と、さらに第3幕の後にも。コンサートホールなので物理的な幕がないわけで、途中の幕切れをどうするか、いろいろなやり方があると思うが、拍手が起きても歌手は客席に向いてお辞儀などせず、そのまま物語世界に留まった。拍手が止んでからも演技を続けていたのはとてもいいと思った。会場内には「カーテンコール中の撮影・SNS投稿は大歓迎です!」の貼り紙あり。カーテンコールの写真は最良のお土産。
●オペラはオペラとして完結するべきなので、プッチーニを味わううえで原作を知る必要はないと思うが、それはそれとして、オペラの原作であるアンリ・ミュルジェールの「ラ・ボエーム」は一読の価値がある。以前にONTOMOの「耳たぶで冷やせ」にも書いたように、ミミの人物像がずいぶん違っていて、気性が荒く、純真可憐ではまったくない。ミミはロドルフォとケンカをして別れたり、また付き合ったり、別の恋人を作ったりと、人間関係の出入りが激しい。つまり、ミミもひとりの人間として人格を持っていて、激しい感情も持っているし、ときには奔放だったりする。
●さらに、若き芸術家の卵たちが純粋なだけではなく、怠惰で身勝手なところもしっかり書かれていて、「ああ、ボヘミアンってイヤなヤツらだなあ」という嫌悪感も催させる。そういう嫌悪感がわき起こるのは大なり小なり身に覚えがあるからで、そのあたりの居心地の悪さが原作の魅力の核心にあるんじゃないだろうか。ミミの気難しさもそうだが、「若者であることの憂鬱さ」をきれいに取り除いて、純化した恋愛悲劇に仕立てたのがプッチーニのオペラ。やはりオペラはどこまで行っても音楽が主役なので、プッチーニが書く以上、プッチーニが書きたい音楽のなかに物語は収斂する。