●最近目にしたアルバムのなかで、ぶっちぎりにジャケットがすばらしいと思ったのが、河村尚子の「20 -Twenty-」。日本デビュー20周年を記念したアンコール・ピース集なのだが、このジャケットのインパクトと来たら。ふだん、クラシックのアルバムはどうもなあ……と思っていたが、これは完璧だと思った。細い「20」の手書き風数字と飛び跳ねた髪と顔がうまい具合に重なり合っているのも見事だし、そこはかとなく漂うミッキー感もいい。テーマパークみたいなアルバムだし。表紙だけではなく、中のページも含めて、デザインがすべてにおいて美しい(ただひとつの難点は文字のサイズが小さくて読みづらいこと)。
●一曲一曲について河村さんのコメントが載っていて、これらがどれも私的なエピソードと結びついているのも大吉。たとえば、リムスキー=コルサコフ~ラフマニノフの「熊蜂は飛ぶ」だと、ドイツで甘いものを野外で食べているとスズメバチがあらゆる方角からやってくる話とか、めちゃくちゃおかしい。
●もちろん、中身も最高。ベートーヴェン「エリーゼのために」とかシューベルト「楽興の時」第3番みたいな超有名曲にまじって、ナディア・ブーランジェの「新たな人生に向かって」とか、矢代秋雄の「夢の舟」、コネッソンの「F.K.ダンス」なども入っていて、新鮮な気持ちで聴ける。実際にリサイタルでアンコールとして弾かれたのを聴いた曲もけっこうあって、うれしい。
2024年10月アーカイブ
河村尚子「20 -Twenty-」
東京・春・音楽祭2025 概要発表会
●29日は東京文化会館の大会議室で「東京・春・音楽祭2025」概要発表会。鈴木幸一実行委員長をはじめ、芦田尚子事務局長、佐藤禎一副実行委員長、藤原誠東京国立博物館館長・上野の山文化ゾーン連絡協議会会長が登壇。今回で21回目を迎える。「これまでの20回を経て世界的にも名を知られる音楽祭となった。永続的な活動を目指し、次の20年に向けてより一層の発展を遂げるための第1回だと思っている」(鈴木幸一実行委員長)。音楽祭の目玉となる演奏会形式のオペラは、マレク・ヤノフスキ指揮N響によるワーグナー「パルジファル」、オクサーナ・リーニフ指揮読響によるプッチーニ「蝶々夫人」、ジョナサン・ノット指揮東響によるヨハン・シュトラウス2世「こうもり」。ノットの「こうもり」にはびっくり。ヨハン・シュトラウス2世、生誕200年といってもお正月以外に聴きたいものがあるかなと思っていたけど、これは妙手だと思った。
●オフィシャルな紹介記事は「ぶらあぼ」に書く予定だが、個人的な注目公演としては、「合唱の芸術シリーズ」のヤノフスキ指揮N響と東京オペラシンガーズによるベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」。このシリーズ、いつもは都響が出演するんだけど、今回はどうしてもスケジュールが合わず、N響の出番となったそう。あと、リッカルド・ムーティ指揮東京春祭オーケストラは、レスピーギの「ローマの松」やカタラーニの「コンテンプラツィオーネ」、オペラの序曲・間奏曲を集めたイタリア音楽プログラム。すでに今秋にヴェルディ「アッティラ」をやっているので、今回はコンサートのみ。
●現代音楽のアンサンブルがふたつ。アンサンブル・アンテルコンタンポランが創設者ピエール・ブーレーズ生誕100年を記念したプログラムを組むのだが、指揮者が音楽監督のピエール・ブルーズ(!)。思わず「えっ?」と目を疑ってしまうが、そういう名前なのだからしかたがない。綴りはPierre Bleuse。さらにウィーンからはクラングフォルム・ウィーンが来日。ともに生誕100年のブーレーズとベリオを集めたプログラムと、生誕200年のヨハン・シュトラウス2世の名曲を現代のヴォルフガング・ミッテラーがリミックスするプログラム。
●そのほか、トレヴァー・ピノック指揮紀尾井ホール室内管弦楽団、ピアノのキリル・ゲルシュタインなど。まだ詳細は出そろっていないが、ミュージアム・コンサートにも足を運びたいところ。今回も有料ストリーミング配信による「ネット席」が用意される。これはありがたい。
アンドレアス・シュタイアー プロジェクト 14 トッパンホール
●28日はトッパンホールでアンドレアス・シュタイアーのフォルテピアノ。2006年から続く「アンドレアス・シュタイアー プロジェクト」と銘打たれたシリーズ公演で、今回の来日ではトリオの日とソロの日の2公演あり。ソロの日を聴くことに。使用楽器は1820年製ヨハン・ゲオルク・グレーバー(オリジナル)。プログラムはモーツァルトの幻想曲ハ短調K475、C.P.E.バッハのピアノ・ソナタ ホ短調Wq59-1と幻想曲ハ長調Wq61-6、モーツァルトのピアノ・ソナタ ヘ長調K533+K494、休憩をはさんで、ハイドンの「アンダンテと変奏曲」ヘ短調、ベートーヴェンの6つのバガテルOp126。エマヌエル・バッハの両作品を別とすればなじみ深い曲が並んだプログラムで、身振りの小さな音楽というか、コンサートホールの音楽というよりは親密な家庭音楽風のプログラム。フォルテピアノの音色の多彩さが存分に生かされていて、とてもカラフル。随所に劇的なペダル効果が使われていた。どうやらペダルはたくさんあるっぽい。
●前半、モーツァルトの幻想曲の後、同じモーツァルトのソナタ ハ短調を続けるのではなく、気まぐれなエマヌエル・バッハの世界に迷い込むのが楽しい。後半、ハイドンの「アンダンテと変奏曲」は秀作ながらどこかきまじめな曲と思っていたけど、こんなにカッコよく聞こえるとは。ベートーヴェンの6つのバガテルを最後に置いたプログラムはなかなかないと思うが、さりげなく語りかけるような第1曲、思わせぶりではない端正な第3曲がよい。第4曲と終曲に漂うユーモアも吉。アンコールは1曲。モーツァルトの組曲ハ長調K399から第2曲アルマンド。微笑ましい擬バロック調。温かい気分で幕。
天皇杯準決勝 マリノス対ガンバ大阪
●リーグ戦、天皇杯、ルヴァンカップ、ACLと異常なまでの過密日程がシーズン開幕から続いているマリノス。これというのも各大会でそこそこ勝ち進んでしまったからなのだが、結果的に疲労がリーグ戦の低迷につながっている感はある。今シーズン、唯一、タイトルの可能性を残していたのが天皇杯。NHKプラスでの生中継を観戦したが、延長戦まで戦った末に最後の最後、延長後半20分という終了直前にゴールを決められて敗退。マリノス 2-3 ガンバ大阪。悔しい。会場はパナソニックスタジアムで実質アウェイ一本勝負。
●先制点を奪われるが、逆転し、あと数分耐えればというところで追いつかれて延長に入り、延長の後半アディショナルタイムで力尽きる。またこのパターンかと言いたくなるほど、試合終盤で頑張りがきかなくなる。選手たちは疲れ切っているのだ。だが、試合内容は立派だった。マリノスはアタッキングフットボールの夢はとうに捨てて、現実路線に舵を切っている。ボール支配率も五分。気迫と気迫のぶつかり合いで、マリノスもガンバも魂のフットボールを最後まで貫いた。戦術や個人技も大切なのだが、観客の胸を熱くするのは結局のところ、こういうゲームなんだと思う。
●ガンバはトップに宇佐美を置く布陣が功を奏している。偽9番、ゼロトップ。ここに置かれたときの宇佐美の怖さと来たら。マリノスにローン移籍していたキーパーの一森が、ガンバに戻って正守護神の座を獲得しているのはうれしい。まあ、マリノスに残ってくれていたらもっとうれしかったけど……。
●マリノスのメンバー。GK:飯倉大樹-DF:松原健、上島拓巳、畠中槙之輔、永戸勝也(→加藤蓮)-MF:山根陸(→天野純)、渡辺皓太(→水沼宏太)-植中朝日(→西村拓真)-FW:ヤン・マテウス(→エドゥアルド)、アンデルソン・ロペス、井上健太(→宮市亮)。選手のやりくりが大変で、途中、水沼宏太やエドゥアルドがボランチに入っていた。そして、昨季神戸で引退していてもおかしくなかった飯倉(38歳)をバックアッププレーヤーとして獲ったら、今やほとんどポジションを獲りつつあるというまさかの事態。慧眼というか、大誤算というか……。
●上のトリコロールのキューブはAI画伯作。Microsoft Copilotがささっと描画。
広上淳一&日本フィル「オペラの旅」Vol.1「仮面舞踏会」記者懇談会
●24日は東京音楽大学池袋キャンパスで広上淳一&日本フィル「オペラの旅」Vol.1「仮面舞踏会」の記者懇談会。日本フィルの平井俊邦理事場、フレンド・オブ・JPO(芸術顧問)の広上淳一、演出の高島勲、アメーリア役の中村恵理、リッカルド役の宮里直樹が登壇。「オペラの旅」第1弾として、2025年4月26日と27日、サントリーホールでヴェルディのオペラ「仮面舞踏会」をセミ・ステージ形式で上演する。昨年、東京定期で広上&日本フィルのコンビでレオンカヴァッロの「道化師」が演奏会形式で上演されたが、その発展形とでもいうべき新シリーズで、衣装も演出も入れてサントリーホールの舞台空間を生かした形での上演になる。
●広上「日本フィルは指揮者広上を育ててくれたオーケストラ。若く未熟な頃から毎年呼んでくれた。心から感謝している。なにか楽団に恩返しをできないかと思い、かねてよりあたためていたのが、音のよいサントリーホールでのオペラシリーズ。すぐれたオーケストラのサウンドとすぐれた歌手たちによる上演を体験してほしい」。「仮面舞踏会」は広上さんがキャリアの初期、1989年にシドニー・オペラハウスで初めて指揮をした思い出深い作品だとか。
●高島「セミステージ方式はNHKホールや東京文化会館では経験があるが、サントリーホールでは初めて。なにができるのか、これから突きつめたい。『仮面舞踏会』というと豪華絢爛な舞踏会のイメージがあるかもしれないが、仮面の奥にある友情や信頼、裏切りを経て、最後にリッカルドの赦しへと向かうドラマを感じ取ってもらいたい。暗殺による政治変革は歴史上の出来事にとどまるものではなく、実際に現在でも起きること。現代的なテーマを扱った作品であることを表現したい」
●歌手陣はアメーリアの中村恵理、リッカルドの宮里直樹に加えて、レナートに池内響、ウルリカに福原寿美枝、シルヴァーノに高橋宏典、サムエルに田中大揮、トムに杉尾真吾。合唱は東京音楽大学。
●リッカルド役の宮里さんが「仮面舞踏会」について「とにかくカッコよくて、涙なくして見れない大好きなオペラ」と語っていて、本当にそうだなと思った。このオペラってすごく欲張りで、愛と友情、裏切り、憎しみなど、いろんな要素がぎっしり詰まっているんだけど、音楽含めてトータルで最高にカッコいいオペラだと思う。
東京都現代美術館 「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」
●ようやく行けた、東京都現代美術館で開催中の「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」(~11月10日)。質も量もすさまじく、破壊力抜群。精神科医の高橋龍太郎が1997年から本格的に始めた最大級の日本の現代美術コレクションから、選りすぐりの作品が展示されている。有名作家から今の若い人の作品まで。2時間かけて見たけど、時間が足りなかった(足も疲れた)。
●で、あまりに数が多いので、2点だけ、巨大な作品をご紹介。
●こちらは西尾康之「Crash セイラ・マス」(2005)。高さ6メートルに及ぶ巨大なセイラ・マス、つまり「ガンダム」の登場人物だ。こんな小さな写真ではとてもディテールも迫力も伝わらないが、怪物的なヒロインとして再現されている。四つん這いになって、右手のこぶしを振りかざす。「それでも男ですか、軟弱者!」
●横から見るとこうなっている。胴体部分から腰にかけての体表が、かなり禍々しい感じに装飾的で、エイリアン風のグロテスクさを感じる。人間から別の有機体になりつつあるような。
●正面から見るとこう。さあ戦えと鼓舞する怪物。マクベス夫人的なイメージも喚起する。
●もう一点、巨大な作品を。こちらは森靖「Jamboree - EP」(2014)。これもでかい。高さ4メートル。EP、すなわちエルヴィス・プレスリー。なのだが、このエルヴィスは両性具有で、地母神的でもあり大仏的でもある。
●顔をアップにするとこう。この表情がなんともいえず、よい。歌っている、喜んでいる、嘆いている、苦しんでいる。どうとも見える。
●背中側から撮ってみた。背中で語るエルヴィス。哀愁が漂うぜー。
●興味深い作品が山ほどあった。もちろん、まったくピンと来ない作品もたくさんある。必ずそうなる。
山東vsマリノス戦 AFCチャンピオンズ・リーグ・エリート
●いやー、勝てない。勝ちきれないマリノス。以前に書いたように、謎の「スイス方式」とやらで戦うことになったAFCチャンピオンズ・リーグ・エリート(アジア・チャンピオンズ・リーグ)だが、22日、マリノスはアウェイで中国の山東と対戦。DAZNで観戦。これがなー。もう見ていてホントにしんどい。まるでキックオフ直後から延長戦を戦っているかのように選手たちの体が重い。動きにキレがなく、終盤はいつも消耗戦になる。選手たちは神がかり的にがんばっている。でも、試合が多すぎるのだ。
●前半に1点奪われ、後半に2点を奪って逆転したのに、アディショナルタイムでなんとも苦いゴールを決められてドローになってしまった。2対2。なにが悔しいって、相手の質が高くないんすよ! どう考えてもJ1のチームほうがハイレベルなサッカーをしている。この山東、昨季のACLでグループステージと準々決勝で4回も対戦して、4回全部勝った。もう飽きるほどやった。攻撃の能力が突出した助っ人外国人に全面的に依存するタイプの昔ながらのサッカーで、くりかえし戦っても切磋琢磨感がぜんぜんない。
●Jリーグでは8月24日のセレッソ大阪戦で勝って以来、9月は京都、広島、東京相手に全敗、10月は柏に負けて4連敗を喫した後、新潟に引き分け。この間、ルヴァン・カップで名古屋に敗退している。9月に7試合、10月は8試合が組まれている。リーグ戦、天皇杯、ルヴァン・カップ、ACL。監督はハリー・キューウェルからハッチンソンに代わったが、監督の戦術以前に選手が足りていない。
●リーグ戦は12位と低迷しているが、天皇杯は準決勝まで残っている。なんとかここでタイトルを獲ってほしい!
アラン・アルティノグル指揮フランクフルト放送交響楽団
●21日はサントリーホールでアラン・アルティノグル指揮フランクフルト放送交響楽団。大活躍中のフランスの指揮者アルティノグルは今回初来日。パーヴォ・ヤルヴィ、オロスコ=エストラーダの後を継いで、フランクフルト放送交響楽団(hr交響楽団)の音楽監督を務めている。この日のプログラムはブラームスのヴァイオリン協奏曲(庄司紗矢香)、ムソルグスキー~ラヴェル編の組曲「展覧会の絵」。前半は庄司紗矢香のソロがあまりにすばらしくて、第1楽章が終わったところで拍手をしたくなった(実際にした人がいたけど、気持ちはわかる)。うまいだけではない渾身のブラームスで、濃密でパッションも豊か、それでいて音楽の流れが自然で無理がない。カデンツァの集中度の高さも印象的。有名曲だが、なかなかこれだけの演奏は聴けない。ソリスト・アンコールにレーガーの前奏曲とフーガop117-2より前奏曲。ブラームスの後に聴く曲として、その後継者を自認していたレーガーは納得の選曲。
●後半は一転して、名人芸に彩られた華麗な「展覧会の絵」。ラヴェルの巧みなオーケストレーションを満喫。オーケストラは芯のあるサウンドで、極彩色ではないが、心地よい味わい。外連味のない造形で「キエフの大門」は端正。ムソルグスキーの原曲にこれだけのイマジネーションを盛り込んだラヴェルの才気に思いを馳せずにはいられない。ピアノ曲を他人がオーケストラ用に編曲して、演奏会のメイン・プログラムに定着した例がほかにあるだろうか……と考えてみたが、思いつかない。アンコールにドビュッシーの「月の光」オーケストラ版。編曲者の名前は掲示されていなかった。カプレなのかな。
●近年、名前を目にする機会が多いけど、名前を覚えられない二大指揮者がアラン・アルティノグルとディマ・スロボデニュークだったけど、これでアルティノグルは覚えられた気がする。アルティノグルとアルティノグリュという表記の揺れがあるが、この初来日を機にアルティノグルで落ち着いてほしい。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団のオネゲル&ブラームス
●19日はNHKホールでヘルベルト・ブロムシュテット指揮N響。97歳のマエストロが2年ぶりに登場。袖から姿を見せた瞬間に、客席から熱狂的な拍手が沸き起こった。わかる。ここに来ているということだけでもすでに尊い。97歳で日本までやってきて、3プログラム6公演を指揮するのだから。川崎洋介コンサートマスターに支えられての登場、座っての指揮。もちろん身振りは小さくなってはいるのだが、むしろ前回よりもフィジカル的にも音楽的にもエネルギーが増しているとすら感じた。ちなみに今回、カバーコンダクターとしてゲルゲイ・マダラシュの名が明記されていた。
●曲はオネゲルの交響曲第3番「典礼風」とブラームスの交響曲第4番。オネゲルは研ぎ澄まされた祈りの音楽。弦楽器が精緻で澄明。まったく弛緩したところのない、このコンビならではの集中度の高い名演だったと思う。そして、今この曲を聴くことの意味を考えずにはいられなかった。歴史を振り返る音楽ではなく、切実な今の音楽として響くことの受け入れがたさというか。終楽章のグロテスクな軍隊行進曲が最後は鳥の歌で救われるわけだが……。後半のブラームスも純度の高い音楽。第1楽章冒頭は室内楽的雰囲気の小さな音楽として始まったが、次第に白熱し、やがて強靭な音のドラマが浮き上がる。川崎コンサートマスターの腰を浮かせての熱いリードはいつものことなのだが、それでもオーケストラの献身性に胸を打たれる。
●終わった後は簡潔化したカーテンコール、さらにコンサートマスターに支えられてソロカーテンコールに。拍手にもニュアンスがあると思った。感謝とか敬愛とか、そういった拍手。
周防亮介 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル
●16日は千葉県流山市のスターツおおたかの森ホールへ。今回、初めて足を運んだ。つくばエクスプレスに乗って流山おおたかの森で下車してほぼ駅直結という好立地。500席ほどのサイズで、室内楽やリサイタルにぴったり。美しく快適、音響もよい。つくばエクスプレス、あるいは東武アーバンパークラインへのアクセスがよい人にとっては、ありがたい存在だろう。
●で、この日は周防亮介の無伴奏ヴァイオリン・リサイタル。バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調で始まって、パガニーニの24のカプリスより第24番、さらにこれを題材としたミルシテインの「パガニーニアーナ」とシュニトケの「ア・パガニーニ」、後半にイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番「バラード」、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調という意欲的なプログラム。パガニーニらの超絶技巧曲をバッハで挟んだ構成は聴きごたえあり。変奏曲と舞曲多めの構成で、最後にその両方の要素が「シャコンヌ」という形で合流するのもいい。全体に求心的なムードがあり、熱量も高い。とりわけバッハはひたむきでまっすぐ。超絶技巧曲も華麗さで魅せようという雰囲気はなく、技巧の向こうにある超越的な精神を伝えようという趣。本編の後、マイクを持って登場して挨拶を述べた後、アンコールとしてタレガの「アルハンブラ宮殿の思い出」。これも鮮やか。
●流山おおたかの森といえば、子育て世代に大人気の街。人口急増がしばしば話題になるエリアで、駅に着いた瞬間からファミリー層の多さを感じる。この日、かなり早めに到着して、おおたかの森S・Cという巨大なショッピングモールでカフェを見つけて原稿仕事をしていたのだが、もう街の雰囲気がぜんぜん違っていて、子供や若者がたくさんいる一方、高齢者はとても少ない。ショッピングエリアは広大。うっかり違った建物に迷い込むとたくさん歩き回るはめになるので、スマホでの検索が欠かせない。
●広々していて、あちこちに座れる場所があるのはいいっすね。
レオニダス・カヴァコス バッハ・プロジェクトII 協奏曲の夜
●15日は東京オペラシティでレオニダス・カヴァコスの「バッハ・プロジェクトII 協奏曲の夜」。カヴァコスとアポロン・アンサンブルによるバッハのヴァイオリン協奏曲集。カヴァコスが結成したアポロン・アンサンブルは、メンバー全員がギリシャ出身の奏者たちからなり、ノエ・イヌイのヴァイオリン、イアソン・マルマラスのチェンバロ他。各パート1名の編成。プログラムはヴァイオリン協奏曲第1番イ短調、第2番ホ長調、ト短調BWV1056R(チェンバロ協奏曲第5番からの復元)、ニ短調BWV1052R(チェンバロ協奏曲第1番からの復元)という4曲。
●だいぶ貫禄が出てきたカヴァコス。演目は最新アルバムとまったく同じで、すっかり手の内に入っている様子。全体としてはハイテンションで情熱がほとばしるパワフルなバッハ。アレグロ楽章は筆圧が強く、アクセント強めで勢いがあり、輝かしい。一方、緩徐楽章はゆっくりとしたテンポでしばしば瞑想的で、粘度高めのスケールの大きな表現。迫力がある。曲に先立ってチェンバロによる即興風の前奏を入れたりするのだが、HIPというよりは今風の印象が強いかな。
●BWV1056RとBWV1052Rの2曲の復元曲を聴けたのがうれしい。とくにチェンバロ協奏曲第1番から復元したBWV1052R。バッハのチェンバロ1台用の協奏曲がいずれも他の楽器からの編曲であることは一応承知しているけど、チェンバロ協奏曲第1番はあまりにソロの名技性と結びついていて、これが本来ヴァイオリン協奏曲だと言われても、なかなか感覚的には受け入れづらい。舞台上にチェンバロがいるのに、チェンバロパートをヴァイオリンが弾いているという不思議感。これが本来の形とすれば(そうなのだろうが)、バッハはずいぶんとソリスティックなヴァイオリン協奏曲を書いたものだと思う。
●アンコールは管弦楽組曲第3番のアリア(いわゆるG線上のアリア)。こちらもアルバム収録曲。本編が前半3曲と後半1曲という構成だったので、後半がやたら短いプログラムだと思ったものの、終わってみればちょうど21時。短くはなかった。CDの会場販売とサイン会あり。音楽はストリーミングでも聴けるが、デジタルデータではサインをもらえない。無敵のフィジカル。
ニッポンvsオーストラリア@ワールドカップ2026 アジア最終予選
●W杯最終予選は先週のサウジアラビアからホームの埼玉に戻って、ニッポン対オーストラリア戦。といっても、日本代表の先発クラスの選手は全員が欧州でプレイしているので、ホームゲームは常に長距離移動になる。間にアウェイのサウジ戦が入ったことで移動が多少はマイルドになったのは吉といえば吉か。逆にオーストラリア代表は町田のミッチェル・デュークがトップで先発、控えに新潟のトーマス・デンがいる。監督はサンフレッチェ広島時代に森保監督の同僚だったトニー・ポポヴィッチ。オーストラリア代表に漂うJリーグ色。
●で、試合だが、なんとオウンゴールの応酬という珍しい展開で1対1のドローに。シュート本数はニッポン13に対してオーストラリア1。一方的にニッポンが攻めまくった。ニッポンにゴールをこじ開けるための工夫があと一歩足りなかったとも言えるが、オーストラリアの組織的な守備が成功したという印象が強い。ニッポンは今回もサイドバック調の選手ゼロの超攻撃的3-4-3(3-2-4-1)。前の試合からは鎌田を久保に代え、体調不良の遠藤の代役に田中碧を起用。GK:鈴木彩艶-DF:板倉、谷口、町田-MF:守田、田中碧-堂安(→伊東)、久保(→ 鎌田)、南野(→中村敬斗)、三笘-FW:上田(→小川)。左右のウィングバックに三笘と堂安、ツーシャドウに南野と久保が入る形。こういう形だとスピードやテクニックのある選手が多く、ワントップに体の強いタイプの選手を入れてバランスをとるとなれば上田の一択になる。
●オーストラリアは実質5バックになってコンパクトな3ラインを保つ。ニッポンは守田が自在のポジショニングで、ビルドアップ時にしばしばディフェンスラインに入って後ろを一枚余らせる形にする。これだとニッポンは楽にボールを持てるんすよ。でも、そうなると中央が少し心もとない感じ。前半は選手たちの連動性が高く、なおかつボールを奪われてもすぐに奪い返すことができていたので、おもしろいようにチャンスを作れていたのだが、ここでゴールを決められず0対0で折り返したのが惜しかった。後半13分、オーストラリアが右サイドから入れた強いクロスボールに対して、谷口のクリアがきれいに自分のゴールに飛んでオウンゴールで失点。不運ではあるが、直前に嫌な形だなとは思った。逆に後半31分は中村敬斗がドリブル突破で相手を完全に崩して入れた速いクロスに相手がオウンゴール。触らなくてもファーの上田が決めたとは思う。これで1対1。ニッポンは中村敬斗、三笘、久保らサイドのドリブル突破でチャンスを作れていたが、終盤になってもオーストラリアの守備の規律が乱れなかったのは立派。
●今のオーストラリア相手にホームで勝点1はニッポンにとっては残念な結果だが、追いついて相手に勝点3を与えなかったのはよかった。同組のサウジアラビアもホームのバーレーン戦でドローに終わり、どちらも勝点3を得られなかったのはニッポンに好都合。現在グループCはニッポンが勝点10で首位を独走し、これに勝点5でオーストラリア、サウジアラビア、バーレーンが続く。こんなに余裕のある最終予選は記憶にない。
東京都美術館 田中一村展 奄美の光 魂の絵画
●東京都美術館の「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」へ。かなりの人気ぶりで、平日午後イチで行ったが、ほぼ全作品の前に人が立っている程度には混んでいた。展示数は膨大。で、これは人の流れに従って鑑賞していると時間切れになりそうだと思い(次の予定が控えていた)、序盤の展示を半ばあきらめることに。だいたい入口近くがいちばん混雑しているので。初期作品から順に並んでいるのだが、第2章の千葉時代から見始めて、第3章の奄美時代はじっくり見る作戦。田中一村という人は千葉においても奄美においても経済的には苦労続きで存命中にはまったく成功を手にしていないというのだが、それが没後半世紀近くを経てこんなにも人気を呼んでいる。芸術の真価が伝わるには人の一生よりも長い時間が必要だというのは、音楽の世界でも似たようなものか。
●で、千葉を去り奄美大島に移住してから、南国の自然が描かれているだけあって、ぐっと明るい雰囲気になる……と思いきや、一見明るそうでやっぱり暗いというか、息がつまるような緊張感は決してなくなっていないと思う。崖っぷち感というのかな。あるいは寂しさというか。撮影不可なのでフォトスポットの写真しか撮れず。
●で、展示内容には満足したんだけど、今回、大きな反省点。予想以上に混んでいて、ベルトコンベアに乗ったように人の波に流されることになってしまい、楽しさはもうひとつ。こういう人気の高そうな企画展は夕方とか、週末の夜間開館とかを狙っていけば、もっと空いているのだろうか? あるいは会期序盤がいいのか。このあたりの事情がよくわからない。
サウジアラビアvsニッポン@ワールドカップ2026 アジア最終予選
●W杯アジア最終予選、好調のニッポンは鬼門とも言えるアウェイのサウジアラビア戦へ。アウェイの試合はテレビ中継がなくなってしまい、DAZNの配信のみが頼りに。朝に時差観戦する。アウェイのサウジアラビア戦は過去3大会で全敗。前回大会での対戦では、サウジは従来の堅守速攻のチームからすっかりモダンなスタイルに進化し、自分たちでゲームを作っていた。現在の監督はあのマンチーニ。ニッポンはこれまでの試合と違って一方的に攻撃するというわけにはいかない。防戦一方になることもあり得る。
●という状況だったので、森保監督はこれまでのアタッカーだらけの超攻撃的3-4-3(3-2-4-1)を修正してくるのかどうかが注目点。が、この試合でも超攻撃的布陣を貫いたんである。メンバーはGK:鈴木彩艶-DF:板倉、谷口、町田-MF:遠藤、守田-堂安(→久保)、南野(→伊東)、鎌田(→前田)、三笘(→中村敬斗)-FW:上田(→小川航基)。つまりウイングバックの左に三笘、右に堂安がいて、中に鎌田と南野、トップに上田がいる豪華布陣(=サイドバック調の選手がゼロ)。でもこれだけ両ウイングバックが攻撃的だと、守備に回ったときに厳しいのでは?という大きな疑問があったわけで、左右どちらかをサイドバック調の守れる選手(たとえば菅原由勢)にするのではないかと予想もあったが、森保監督はとことん強気だった。前半14分、右から堂安がクロスを入れると、ファーで三笘が折り返し、それをさらに守田が折り返して、中央でフリーの鎌田が悠々とゴールを決めて先制。左右に大きく揺さぶって相手を崩した。この後は、もっぱら守る形に。サウジは前半から彼らの左サイド、つまりニッポンの堂安の背後を狙ってきたため、途中から堂安が右サイドバックみたいな4バック調になってしまった。前半は五分の展開。
●後半の頭から、森保監督は前半にイエローをもらった南野を下げて、伊東を投入。その際、伊東をウイングバックのポジションに入れ、代わりに前半で守備に奔走した堂安を前に出す形に。ニッポンが耐える展開が続いたが、守田や遠藤のクレバーな守備、前線での上田の体を張ったがんばり、センターバック陣の集中力の高さもあり、サウジアラビアの決定機は少なめ。守りに回ったときに、チーム全体の成熟度が高い。伊東も攻守で貢献。後半36分、ニッポンはコーナーキックから途中交代の小川が頭でズドンと決めて、2点目。終盤はサウジのエネルギーが尽きた。サウジアラビア 0対2 ニッポン。
●サウジ相手にアウェイでの完勝は立派。まちがいなく史上最強の代表だと思う。この試合、韓国の主審がコンタクトプレイに対してなかなか笛を吹かなかったのだが、一貫性があってとてもよかった。アウェイでよく問題になったのは「中東の笛」。少し体が触れただけでも相手が倒れるとファウルになったり、意味不明のカードやPKに悩まされたりといったことがあったが、この主審はアウェイのプレッシャーに屈せずに欧州リーグ並みの基準で笛を吹いた。かといって、試合が荒れることもなし。おかげで両方のチームが相手の精力的なプレスに対抗しながら高い技術でボールをつなごうとする、タイトでハイレベルな試合になった。ニッポンにとってもサウジにとってもこれはよいこと。
「風の谷のナウシカ」サウンドトラック、ブラームス、ラ・フォリア
●仕事上の必要があって、「風の谷のナウシカ」サウンドトラックを聴いてみたら、漠然とした映画の記憶と少し違っていて、意外とミニマル・ミュージック成分多めで、しっかりと久石譲スタイルの音楽だった。オープニングテーマの序奏部分とか、「玉蟲の暴走」冒頭とか、「腐海にて」とか。シンセサイザーもこんなに使ってたっけ……。
●で、「戦闘」ではブラームスの交響曲第4番の第4楽章パッサカリア主題が引用されている。あと、「ナウシカ・レクイエム」の冒頭はコレッリやマレ、ヴィヴァルディらが用いた「ラ・フォリア」の主題。変奏曲つながりってことなのか。
●このノリからやがて園児ソングの大定番「となりのトトロ」の「さんぽ」みたいな曲が出てくるとは、なかなか予想できない。
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●宣伝を。大阪の住友生命いずみホールの情報誌 Jupiter で連載している「あなたは何番がお好き? 作曲家別交響曲ランキング」の第3回はベートーヴェン。紙版に加えて、オンライン版でも公開されている。これは主要作曲家たちの交響曲について、レコーディングと演奏会の両面で人気ランキングを比較するという連載企画。メンデルスゾーン、ブラームスに続いて本丸のベートーヴェンをとりあげた。ご笑覧ください。
ピエール=ロラン・エマール Music Program TOKYO プラチナ・シリーズ第1回
●8日は東京文化会館小ホールでピエール=ロラン・エマールのリサイタル。全席完売。Music Program TOKYO プラチナ・シリーズの一公演。エマール得意のミクロコスモス無双といったプログラムで、今回はリゲティの合間にベートーヴェンやドビュッシー、ショパンらが挟まれるというサンドイッチ仕様。つまりパンがリゲティ、具がベートーヴェン、ドビュッシー、ショパンだ。前半のパンはリゲティの「ムジカ・リチェルカータ」。第1曲から第11曲の合間に、具としてベートーヴェンの「11のバガテル」あるいは「7つのバガテル」からのいずれかが挟まれる。「ムジカ・リチェルカータ」は第1曲はほぼラのみの曲で、進むにつれて漸次的に使用する音の数が増えていき、最後に「フレスコバルディへのオマージュ」へたどり着くというストーリーがあるが、それをあえてベートーヴェンが遮る。が、具に相当する曲はパンにマッチするように音型やムードなどなんらかの共通項なり連続性なりが意識された曲が選ばれているらしく、だんだんとパンと具がひとつの味覚に調和してくる。
●後半はパンがリゲティの練習曲、具がショパン、ドビュッシーの練習曲。こちらはリゲティの曲に連続性はないわけで、「悲しい鳩」「妨げられた打鍵」「金属」「ワルシャワの秋」「開放弦」「悪魔の階段」が選ばれていた。エマールは今回も太くて鋭い強靭なタッチだが、以前にも増して気迫を前面に出した演奏ぶりで、「ワルシャワの秋」は壮絶。暗く巨大な音のドラマ。おしまいのリゲティ「悪魔の階段」もカッコよかった。アンコールはリゲティの「3つのバガテル」。これはジョン・ケージ「4分33秒」のパロディってことなのかな。ほぼ無音音楽で3楽章構成(とはっきりわかるように楽譜をめくり、曲想を示す軽いゼスチャーも付ける)。サイン会もあったので、これで立ち上がるお客さんも多かったが、もう一曲、リゲティの練習曲「ファンファーレ」。予定通り、ほぼ21時に終演。全曲、楽譜を置いての演奏で、後半は譜めくりあり。
●色とりどりの小品がひとつにまとめられているのに、色褪せもしなければ型崩れもしない。それがエマールの洗浄力。匂いも汗も落ちて、すっきり。
ライアン・ウィグルスワース指揮東京都交響楽団のホルスト「惑星」他
●7日は東京文化会館でライアン・ウィグルスワース指揮都響で、シェーンベルクの5つの管弦楽曲(1909年版)、武満徹の「アステリズム」(ピアノ:北村朋幹)、ホルストの組曲「惑星」(女声合唱:栗友会合唱団)というプログラム。ホルストの「惑星」に影響を与えたシェーンベルク作品の間に、武満徹の「星群」を意味する題の曲を挟んでいる。こういうプログラムは楽しいに決まっているのだ。いいオーケストラが演奏すれば「惑星」は確実に楽しいし、これにシェーンベルクや武満で奥行きをもたらすのは妙案。この流れだと、最初のシェーンベルクからすでに星々のきらめきを連想してしまう。武満徹「アステリズム」のために北村朋幹を招くぜいたくさ。輝くような硬質な響き。クライマックスでは大音響が広大な文化会館の空間を満たした。音響を全身に浴びるこの感覚は録音では体験できない。客席の喝采に応えて、ウィグルスワースは武満のスコアを高く掲げた。
●後半のホルスト「惑星」は豪快にオーケストラを鳴らした一大スペクタクル。しかし力づくではなくシャープで澄明なサウンド。バリバリと勢いよく進む。1918年に初演されたこの曲が、天文学的な関心ではなく、占星術への傾倒から生まれていることは、自分でもなんども書いている。が、あくまでそれは作曲者のイメージだ。アポロ計画の時代に少年期を過ごした自分にとって、この曲は空想上の宇宙の旅以外のなにものでもない。作曲年代を考えればむしろ予言的といっていいほど。よく言われるようにこの組曲は実際の惑星の並びと違って火星、金星、水星と始まるわけだけど、地球を出発点とした惑星探査と考えれば最初に火星に向かうことに違和感はない。まずは比較的地球に近い環境の火星に向かい、それから金星、水星へと向かう。おそらく数年単位で内惑星を巡った後、探査機は外惑星に向かうが、ここからぐっと星間距離が長くなる。スイングバイ等をうまく活用できたとしても、外惑星をすべて巡るのは数十年、もしかすると百年を超える旅になるかもしれない。「木星」は長い長い旅路の果てにようやく到着した歓喜と郷愁の音楽。そして「木星」「土星」の曲想は巨大惑星にふさわしく、この組曲でもっともスケールが大きい。だが「天王星」「海王星」になるとあまりに太陽が遠く、極寒の世界はそれぞれの曲調にも表れている。海王星の後、探査機は現実のボイジャーと同じように太陽系を脱出し、慣性飛行を続ける。そこは行けども行けどもなにもない虚無の空間で、何万年かけて進んでも無が続くにちがいない。それを表現するのが女声合唱のフェイドアウト。惑星探査の曲であればアンチクライマックスの音楽になるのは必然だ。
クシシュトフ・ウルバンスキ指揮東京交響楽団の変則ラヴェル・プログラム
●5日はミューザ川崎でクシシュトフ・ウルバンスキ指揮東京交響楽団。コネッソンの「輝く者―ピアノと管弦楽のための」、ラヴェルのピアノ協奏曲(以上、小林愛実)、ムソルグスキー~ラヴェルの組曲「展覧会の絵」というプログラム。小林愛実人気もあってか、チケットは完売。前半でソリストが2曲も弾いてくれるのがうれしい。コネッソンの「輝く者」は初めて聴くが、もともとジャン=イヴ・ティボーデがラヴェルのピアノ協奏曲の続編として委嘱した曲なのだとか。ラヴェルの協奏曲は短めの曲なので、これにコネッソンの10分ほどが加わると、演奏会の前半がきれいに整う。で、曲調もかなりラヴェルに寄せていて、明快でカラフル、しゃれっ気のある作品。少々ラヴェルに寄せすぎかな、と思わなくもないけど。なので、この日は変則オール・ラヴェル・プログラム。
●ラヴェルのピアノ協奏曲は第2楽章が絶品。温かみと慈しみにあふれたラヴェルで、強い印象を残す。今回、たまたまステージに近い席だったこともあって、陰影がよく伝わってきた。ソリスト・アンコールにシューマンの「子供の情景」の終曲。しみじみとした余韻を味わう。コネッソン、ラヴェル、シューマンでひとつの作品を聴いたような感も。
●後半、「展覧会の絵」はウルバンスキ流で清新。筆圧抑え目で、響きのバランスを保ちながら独自の色彩感で染め上げる。「キエフの大門」は壮麗というよりは荘厳。立派な寺院を訪れたかのような感。
●プログラムノート中の広告に「2024シーズン 川崎フロンターレ公式ファンクラブ会員募集中」という1ページあり。ミューザ川崎の法人サポーター欄に川崎フロンターレの名前が入っている。こういうのって、いいなと思う。
新国立劇場 ベッリーニ「夢遊病の女」(新制作)
●3日は新国立劇場でベッリーニのオペラ「夢遊病の女」(新制作)。シーズン開幕公演の初日。バルバラ・リュック演出、マウリツィオ・ベニーニ指揮東京フィル。音楽面は充実。とくにヒロインのアミーナ役、クラウディア・ムスキオがすばらしい。声に透明感があり、高音はのびやか、表現は精緻。役柄にふさわしくアミーナそのもの。この演出ではアミーナは可憐であるだけでなく、覚醒時もしばしば病的な様子を見せるのだが(ナルコレプシーっぽい)、その表現も巧み。エルヴィーノ役はアントニーノ・シラグーザ。久々に聴いたけど、大スターの貫禄十分。還暦を迎えるということで(カーテンコールで誕生日を祝うハッピーバースデーのサプライズ演奏あり)、だいぶ成熟したエルヴィーノではあるが、やっぱり華がある。ロドルフォ伯爵は妻屋秀和。入浴シーンに笑。リーザに伊藤晴、アレッシオに近藤圭、テレーザに谷口睦美、公証人に渡辺正親。
●ベニーニ指揮の東フィルは軽やか。威勢のよい場所でも決して力むことなく、清爽とした響きを保ち続ける。なるほど、ベッリーニの音楽にはこういうやり方があるのかと得心。ホルンをはじめ、随所にあるソロの聴かせどころも見事。で、ここから先なんだけど、演出内容に触れるので、これから観る人は読まないほうがいいかも。っていうか、読まないほうがいい。ネタバレとかじゃなくて、解釈に幅があると思うので、他人の見方を先に見てしまうとつまらない。
●なにしろ「夢遊病の女」の物語は、そのままだと毒にも薬にもならない薄っぺらい話で、まるで音楽に見合っていない。物語として最低限の合理性も欠いていると思う。そこで演出家は物語を救い出そうと、いろいろな工夫を凝らす。バルバラ・リュックの演出は、端的に言えば喜劇を悲劇として再構築している。舞台は暗い。風光明媚なスイスは一切出てこないし、色とりどりのきれいな衣装もない。第1幕は上のフォトスポットの写真にあるような殺風景な屋外で、宿の場面は大きな白い布をいくつも立てただけで簡素。なにより目を引くのは中央の大木で、上のほうに男女の人形が二体吊るされているんすよ。この解釈が迷うところなんだけど、孤児であるアミーナの両親なのかな、と。暗くてよく見えないので違ってたらゴメンだけど、ふたりとも吊るされている。あるいは自分で吊ったのか。いずれにせよ、きっとこの村で悲惨な最期を遂げた。これがトラウマとなって、アミーナは病んでいるのかもしれない。伯爵がアミーナの顔を見て「昔の恋人に似ている」と歌う場面があるので、その恋人はアミーナの実母だったのだろう。この村には陰惨な過去がありそうだ。
●第2幕はエルヴィーノの農場で始まるが、これも荒涼としていて、焼却炉付きの大型機具が設置してある。エルヴィーノは裕福な地主だが、時代に取り残されないように努めなければ、裕福であり続けるのは難しいかもしれない。第2幕後半、アミーナは水車小屋(教会?)の屋根というかひさしの部分に現れて、睡眠状態で歌う。高所で歌うから落下事故が起きないかとハラハラする(安全対策はしてあるのだろうけど)。で、高所に登場するのはもともとのストーリーがそうなっているわけだけど、そこから最後まで降りてこない。誤解が解けてハッピーエンドになっても、アミーナはひさしに留まっていて、エルヴィーノのもとには行かない。第1幕で木に吊るされている人形を見てるから、なんかアミーナにもイヤなことが起きるのかなと心配になるんだけど、そこまではやらず、余白を残す。とはいえ、「オペラあるある」なんだけど、演出がどうであっても、音楽は完璧にハッピーエンドを宣言しているので、違和感はある。でもその違和感は許容しないと演出の幅が狭まってしまうので、そこはしかたないかなー。
●アミーナがエルヴィーノと結ばれてハッピーになるとは思えないのはたしか。エルヴィーノは他人の話に耳を貸さず、自己憐憫の強いイヤなヤツ。エルヴィーノにはリーザがお似合いだ。アミーナはもっといい男を探すべき! でもそんなことを言いだしたら、こんな農村で結婚相手をどうやって見つければいいのか。都会に出るしか?
●第1幕、アミーナの心象風景の表現として10人のダンサーが登場するのだが、これがとても効果的だった。これくらい高度で緻密な振付があれば、ダンサーは有効なのだという発見あり。
アジア・チャンピオンズ・リーグの「スイス方式」
●さて、ここのところ踏んだり蹴ったりのマリノスだが、昨日のACLエリート(アジア・チャンピオンズリーグ・エリート)では韓国の蔚山(ウルサン)相手に久々に快勝した。ホームで4対0である。いやー、なにせ前の試合では7失点を喫したのだから、少しは借りを返せたかな……と思って、前節アウェイでの結果を確認したらこうだった。
光州 7-3 横浜FM
●えっ。相手が違うじゃん。韓国の光州だよ! 前の試合で4点差が付いたから、昨日の試合で4点差を埋めたと思ったら、対戦相手が違うじゃん! オマイガッ!! そんなふうに頭を抱えたぼんやりしたファンはワタシだけではなかったはず。そうなのだ、今年から対戦方式がいわゆる「スイス方式」なるものに変わったので、ホームアンドアウェイでは戦わないのだ。
●どういうことか。今季からACLはアジアの強豪24チームが戦うACLエリート(マリノス、神戸、川崎が参加)と、その下のACL2(広島が参加)の2カテゴリーに分かれた。で、ACLエリートは従来のグループステージを止めて、東西12チームずつが各グループでホーム4試合、アウェイ4試合のリーグステージを戦う。12チームいるのに、計8試合しかないのだから、これは総当たりではない。しかもホーム4試合とアウェイ4試合はそれぞれ異なるチームと対戦する。これがスイス方式、らしい。
●マリノスの場合であれば、すでにアウェイで対戦した光州とホームで戦うことはないし、ホームで対戦した蔚山とアウェイで対戦することもない。リベンジの機会はないのだ。マリノスはホームで蔚山、ブリーラム・ユナイテッド(タイ)、浦項スティーラース、上海申花と戦い、アウェイで上海海港、セントラル・コースト・マリナーズ(豪)、山東泰山、光州と戦う。12チームいて、8チームと戦うわけだから、残りの3チームとは対戦がない。ちなみに対戦しない3チームは、川崎、神戸、ジョホール・ダルル・タクジム(マレーシア)。川崎および神戸との対戦がないのは同じJリーグ勢だからわからなくもないが、奇妙なことにジョホール・ダルル・タクジムはJリーグ勢との試合が1試合もない。
●当然、公平性はない。強豪相手にはアウェイで戦うよりホームで戦うほうが有利だし、戦わずに済めばもっと有利だ。同じ相手とホームとアウェイのどちらかしか対戦できないのも、フットボール的な原則から外れている気がする。ただ、この奇妙な方式はアジアだけでなくヨーロッパ・チャンピオンズリーグも採用している。うーん、どうなんでしょね、これって。
●で、ACLエリートでは、このスイス方式で12チームから8チームが決勝トーナメントに勝ち抜ける。えっ、4チームを落とすためだけにリーグステージが存在するわけ? それもどうかと思うが、ラウンド16は東地区でホームアンドアウェイを戦い、その先の準々決勝からは東西混合で1試合のみのシングルマッチをサウジアラビアで集中開催する。なんというか、巨額マネーでスーパースターを買い漁るサウジ勢と完全アウェイで戦うことになるわけで、東地区のチームが準々決勝以降を勝ち進むのはかなりの困難。しかも外国籍選手枠が撤廃されたので、中東の巨額マネーがそのまま戦力に反映される。アジアと言いつつ、中東以外は蚊帳の外みたいな感じにならなければいいのだが。
ゾンビと私 その43 御岳山ハイキング、14年後…
●当ブログ内の不定期連載「ゾンビと私」だが、4年にわたって連載が中断していた。なぜか。それはもちろんゾンビ禍がコロナ禍として現実化してしまったからである。現実が追いついた、というか、すでに追い越している。ウイルスに対抗して、天才科学者がメッセンジャーRNAを用いたワクチンを新たに開発し、ワクチン接種作戦が全世界的に行われるというSF的な展開をだれが予想できただろうか。もともとこの連載は、ウイルスの増殖により街にゾンビがあふれてしまったとき、どこに逃げるべきかを考察する連載だった。そして、先行研究も踏まえた結果、近郊の低山がよいという結論に達した。この結論はコロナ禍によって裏付けされたといっても過言ではない。すなわち、人の疎らな場所で、なおかつ都市からのアクセスが比較的容易な場所だ。都知事が言っていたように、大切なのは「三密」を避けること。もう忘れているかもしれないが、「三密」とは密閉・密集・密接だ。三密回避に低山の優位は疑いようがない。もはや役目を終えた当連載であるが、今回はひとつのまとめとして、初心に帰って14年ぶりに御岳山に登ってみた。上の写真は御岳登山鉄道のケーブルカー御岳山駅を出たすぐにある広場であり、たいへん眺めがよい。
●はっ。つい白状してしまったが、ケーブルカーを使って登ったのである。しかも下りもケーブルカーを使った。前回の御岳山ハイキングでは、下りだけは歩いたのだが、今回は体力の消耗を避けるために下りも楽をしてしまった。月日は流れている。ケーブルカーが使えるというのはありがたいこと。いや、本気になれば、ケーブルカーを使わなくても歩いて登れる……と思う、たぶん、もしかすると。
●御岳山駅から徒歩30分ほどで、御岳山山頂にある武蔵御嶽神社に到着する。今回、目的地はロックガーデンだったので、この神社に寄らず近道をしてもよかったのだが、参拝に寄り、平和を祈った。この神社には鎌倉時代の武将、畠山重忠がいることを今回初めて知った。今にも動き出しそうな像である。二俣川の戦いではこの刀で次々とゾンビを薙ぎ払ったと言われている。ウソ。
●ここから歩いてすぐの場所に長尾平と呼ばれる開けた場所がある。眺めがよく、お弁当を食べるには最適。実はこの場所が開けているのは、災害時のヘリコプター離着陸場も兼ねているから。ゾンビ・コミックの金字塔「アイ・アム・ア・ヒーロー」(花沢健吾著)でも都市脱出の手段としてヘリコプターに焦点が当てられていた。下界からヘリで飛んだら、目指すのはここである。
●ここが今回の目的地、ロックガーデン。苔むす岩々と小川のせせらぎが最高に心地よい。ここも東京都内なのだ。岩に近づいてみると、苔がびっしり生えている。ロックガーデンへのハイキングコースはこちらを参照。ケーブルカーを使う前提なら気楽な散策のようなものと思いきや、小雨の後ということもあり地面がぬかるんでいる場所があったり、舗装された道でもかなりの急勾配があったりと、意外と神経を使った。なお、紅葉シーズンが来ると、山とはいえ「三密」状態になる可能性が高いので、そこは留意しておきたい。
河村尚子ピアノ・リサイタル 日本デビュー20周年特別プログラム
●30日はサントリーホールで河村尚子ピアノ・リサイタル。日本デビュー20周年を迎えてサントリーホールでの初めてのソロ・リサイタルが実現。プログラムは前半にバッハ~ブゾーニの「シャコンヌ」、岸野末利加の「単彩の庭Ⅸ」(河村尚子委嘱作品)、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番、後半にショパンの即興曲第3番とピアノ・ソナタ第3番。前後半でがらりとムードが変わるプログラム。前半の委嘱作品は幽玄な日本庭園を思わせるような作品で、ソステヌートペダルを使った弦の共鳴を利用して倍音を響かせるといった趣向が演奏前に奏者から解説された。もう少しコンパクトな空間でもう一度聴きたい曲かも。プロコフィエフでは強靭な打鍵による鋼の音楽から凛としたリリシズムが漂ってくる。後半はショパンのソナタの第3楽章が印象的。ゆっくりとした歩みから、ノクターン風という以上の荘厳さが伝わってくる。
●アンコールは最新アルバム収録曲から、4曲も。挨拶の後、ドビュッシーの「夢想」、続いてシューマン~クララ・シューマン編の「献呈」、リムスキー=コルサコフの「熊蜂の飛行」、さらにコネッソンの「F.K.ダンス」。おしまいのコネッソンが楽しい。