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November 6, 2024

クリストファー・プリースト「双生児」

●今年2月に世を去ったイギリスの作家、クリストファー・プリーストの「双生児」(古沢嘉通訳/ハヤカワ文庫FT)を読む。今さらだけど、恐るべき傑作。あまりにもよくできていて、完璧な小説だと思った。枠物語になっていて、イギリスの歴史ノンフィクション作家が第二次世界大戦中に活躍したJ.L.ソウヤーなる人物の生涯を追いかけるという体裁。で、このJ.L.ソウヤーは同じイニシャルを持つジャックとジョーの兄弟で、一卵性双生児なのだ。ジャックは英国空軍爆撃機の操縦士を務め、ジョーは良心的兵役拒否者になって赤十字で働く。同じ遺伝子を持って生まれながら、正反対の価値観を身につけており、戦時にまったく別の役割を果たす。ふたりは同じドイツ人女性に恋をして……といったロマンス要素もありつつ、ナチスのルドルフ・ヘスが戦時中に単身でイギリスに渡ったという歴史的事実が絡んでくる。
●が、読み進めていくと、途中でそれまでと食い違った記述にぶつかる。ジャックからの視点、ジョーからの視点、さらには第三者からの視点で、描かれる現実が異なっているのだ。個人の見方の違いではなく、歴史の流れそのものが違っており、戦争の結末も異なる。どうやら大きく見ると私たちの知る歴史と、そうではない別の歴史のふたつが流れているらしい。同じ登場人物がそれぞれの流れのなかで別の運命を迎える。そもそも物語の語り手は信用できるのか、登場人物が幻覚にとらわれる場面などもあり、現実と虚構の境目はどんどん曖昧になる。読み終わった後、「ええっ!?」となって、もう一度、頭からざっと目を通している。
●この小説のよくできたところは、無理に仕掛けを見抜こうとして読まなくても、十分におもしろいところ。すいすい読める。そしていろんな読み方ができる。現実に侵食する虚構や意識の混濁を描いた小説としても読めるし、20世紀イギリス版マジック・リアリズムによる幻想文学としても読めるし、量子論的並行宇宙を生きる双子SFとしても読める。同じ作家の「隣接界」もある程度共通するテーマを扱っているのだが、「双生児」に比べると粗削りというか、野心的すぎるところがあって、「双生児」のほうがより明快で、読者を選ばないと思う。