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November 21, 2024

新国立劇場 ロッシーニ「ウィリアム・テル」(新制作)

新国立劇場 ロッシーニ「ウィリアム・テル」
●20日は新国立劇場でロッシーニのオペラ「ウィリアム・テル」(新制作)初日。日本初の原語舞台上演。序曲だけはあまりに有名だが、長大なグランドオペラとしての全貌を初めて目にすることに。長い作品だとは聞いていたが、吟味の上のカットも施され、上演時間は4時間35分ほど(休憩30分×2回込み)。初めて見る新鮮さもあってか、体感的には意外と長さを感じず。ヤニス・コッコスの演出、美術、衣裳。大野和士指揮東京フィル。
●まず、冒頭の序曲が驚き。コンサートではまるで小交響曲のようなスペクタクルとして鳴り響くが、ピットで演奏されるとぜんぜん印象が違っていて、これは軽やかな幕開けの音楽なのだと実感。序曲の間にすでに演技が始まる方式。ストーリーは重い。ハプスブルク家の圧政下でスイスの民衆が自由を求めて戦う物語であり、そのスイスの英雄が弓の名手であるウィリアム・テル(ゲジム・ミシュケタ)。抑圧する側のボス、悪代官役が総督ジェスレル(妻屋秀和)。つまり、これは「スター・ウォーズ」でいえば、ジェダイの騎士と帝国軍の戦いで、テルとジェスレルの争いが中心となって物語が動くのかなと思いきや、そうじゃないんすよ! 軸となるのはスイス側の長老の息子アルノルド(ルネ・バルベラ)。彼はひそかにハプスブルク家の皇女マティルド(オルガ・ペレチャッコ)と愛し合っているというロマンスが設定されているのだ。しかしアルノルドは父親を悪代官側に殺されてしまう。愛をとるか、父の敵を討つか。そんな葛藤が描かれる。でも、全体のハイライトシーンは、やっぱり息子の頭に載ったリンゴをテルが弓で射る場面になる(ちなみに弓といってもアーチェリーではなくクロスボウのほうだ)。まあ、テルの話だけだとロマンス要素が皆無になってしまうので、オペラとしてはアルノルドとマティルドに焦点を当てるしかないのか。実際、音楽面ではこのふたりが肝。複焦点的なドラマになっていて、そこがぎこちないともいえるし、おもしろいともいえる。
●ロッシーニの音楽は聴きどころ満載。このオペラ、合唱が大活躍する。強力な合唱団を持つ新国立劇場にふさわしい。バレエのシーンもふんだんにあって、娯楽性が高い。重唱もたくさん。歌手陣ではアルノルド役ルネ・バルベラの甘く軽やかな声が印象的。ペレチャッコのマティルドは格調高い。ゲジム・ミシュケタのテルも英雄らしい堂々たるテル。遠目だとテルとアルノルドが似ていて最初は少し混乱した。テルの息子ジェミの安井陽子が秀逸。少年にしか見えない。オーケストラは力まず、清爽な響き。
●以下、演出内容に触れる。ヤニス・コッコスの演出はこの物語を現代に通じるものとして描く。モダンで暗いトーンの抽象化された舞台で、ハプスブルク家の軍人たちは黒ヘルメットを被り、容赦のない暴力性を誇示する。本来のグランドオペラでは風光明媚なスイスを描いたパノラマや民族衣装のダンスが見物だったのかもしれないが、ここにあるのは現実の悲劇の反映だ。実際、だれもが知るテルのエピソードは残忍そのものではある。息子の頭にリンゴを載せて、それを父に射させるのだから。ここには人間性のかけらもない。第3幕のバレエシーンでは総督ジェスレルがスイスの民衆に踊りを強要するわけだが、支配者である男のダンサーたちが、被支配者である怯えた女のダンサーたちを相手にする。現代ならもっと直接的な描写もあり得るのだろうけど、これでも十分に心が凍り付く。最後に映像で投影されるのは、爆撃を受けたと思しき廃墟だった……。一方で、ロッシーニの音楽はどこまでもロッシーニで、恐怖や憎悪を描く場面ですら優美さを失わないのだが。
●あっ、そうそう、有名な序曲のおしまいの「スイス軍の行進」、あれは本編に出てこないんすよ! 知ってた? あのギャロップで華やかな幕切れになったりしない。その代わり、おしまいの場面では本当に崇高な歓喜の音楽が奏でられる。やっぱりロッシーニって、こうだよなーって思う。フォースの暗黒面に堕ちない。