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December 24, 2024

ガルシア・マルケスの「悪い時」 (光文社古典新訳文庫)

●今年の本を一冊選ぶならガブリエル・ガルシア・マルケスの「百年の孤独」(→参照)以外にありえないが、先日、書店で同じガルシア・マルケスの「悪い時」(寺尾隆吉訳/光文社古典新訳文庫)が出ているのを発見。さっそく読む。「百年の孤独」のようなマジックリアリズムではなく、リアリズムに即した若き日の作品だが、「百年の孤独」前夜的なムードもしっかり感じられる。比較的短い小説だが、粗削りで、読みやすくはない。でも、いま読むべき一冊だと思う。
●舞台となっているのは「暴力時代」後のコロンビアの小さな街。暴力が過ぎ去った後、街には均衡が訪れている。だが、強権的に平和を維持している側と、恨みを抱えたまま耐える側がかろうじてともに暮らす。そんな街で人々の秘密や噂を書いたビラがあちこちに貼られる。だれが書いたかわからないビラに、人々は動揺したり、無視を決め込んだりするが、次第に不信が渦巻き、ときに暴発する。といっても物語のトーンは陰惨ではない。日常のなかでなにかが燻っていく様子がひたひたと描かれてゆく。
●印象的なのが歯医者のエピソード。権力者側の町長は虫歯の痛みに耐えている。いくら鎮痛剤を飲んでも耐えられないくらいまでずっと耐え続ける。なぜなら、歯医者は敵対者側だから。二週間もずっと痛みに耐え続けた町長は、ついに歯医者を訪ねる。と言っても、武装警官3人を引き連れて突然、歯医者に乗り込んで、銃口を向けて抜歯を命ずるのだ。歯科医は平然と仕事にとりかかる。町長は歯科医と目と目が合ったときに手首をつかんで「麻酔」と言うが、歯科医は優しい口調で答える。「あなた方が人を殺すときは麻酔なしでしょう」。これは名場面だ。
●でも、この場面、以前に読まなかったっけ? と思ったら、「ガルシア=マルケス中短篇傑作選」(野谷文昭訳/河出文庫)収載の短篇「ついにその日が」がほぼ同じエピソードを取り出した作品だった(→参照)。この短篇集には「悪い時」と同時期の名高い中篇「大佐に手紙は来ない」が収められている。こちらも強くオススメ。
●このエピソードが強い印象を残すのは、自分に敵意を持つ歯医者というシチュエーションの恐ろしさゆえだろう。そこには潜在的な歯医者さんに対するうっすらとした恐怖があるはずで、大昔に見たダスティン・ホフマン主演の映画「マラソンマン」(1976)では、元ナチ戦犯の拷問歯科医が出てきて、主人公の歯をドリルで痛めつけて悲鳴が上がるシーンがあったと記憶する。脚本家はガルシア・マルケスを読んでいるだろうか。

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