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January 23, 2025

「チーヴァー短篇選集」(ジョン・チーヴァー)

●文庫化された「チーヴァー短篇選集」(ジョン・チーヴァー著/川本三郎訳/ちくま文庫)を読む。チーヴァーの短篇集は以前に村上春樹訳の「巨大なラジオ / 泳ぐ人」(新潮社)を紹介した。基本テイストはこの「チーヴァー短篇選集」でも同じで、ニューヨーク近郊の住宅地に住む中産階級の人々の孤独と憂鬱が描かれる。「巨大なラジオ / 泳ぐ人」ではリアリズムから逸脱した表題作の2作が強烈な印象を残したが、こちらの「チーヴァー短篇選集」はより現実に即した、ややひりひりとした手触りの話が多い。でも少々手厳しいんじゃないかなと思って読んでいると、予想外の方向からユーモアや不条理が忍び寄ってくる。「美しい季節」とか「父との再会」なんて実におかしい。
●いちばんの傑作は冒頭の「さよなら、弟」かな。この短篇は村上春樹訳の「巨大なラジオ / 泳ぐ人」にも「ぼくの弟」の題で収められていて、異なる翻訳で二度読んだことになる。二度読んで、なおさらおもしろく感じられる。成人した四人兄妹がそれぞれの家族を連れて母親といっしょに夏の休暇を楽しむという話。さあ、休暇に入った、みんなせっかく都合をつけて集まったんだからたっぷり楽しもうぜっ!ていうモードのなかで、久々に顔を出した弁護士の弟だけは打ち解けず、感じが悪い。酒も飲まないし、ボードゲームにも参加しない。雇った料理人に対して、安月給で働きすぎていると憐れんで、相手を怒らせる。弟の妻もあくせくと洗濯をしたりして、休暇を楽しむ様子ではないし、子供たちも委縮していて場になじめない。で、家族みんながだんだんこの弟が嫌いだということを思い出す。そんなくだらない遊びよりもっとやるべきことがあるだろうみたいな態度があからさまで出ているのだ。
●この短篇の秀逸なところは、そんな嫌なヤツを描いているにもかかわらず、読み手である自分は弟のほうに共感してしまう、っていうことなんすよね。最後に主人公は弟に対して怒りを爆発させて、それがまた笑ってしまうくらいスカッとする場面なんだけど、それでもなお弟側に共感して読んでいる自分に気づく。
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