●4日は東京オペラシティでルネ・ヤーコプス指揮ビー・ロック・オーケストラ。この日はほかにも魅力的な公演があったのだが、これを聴かないわけにはいかない。30年も来日がなかったヤーコプスがやってくること、ピリオド楽器オーケストラのB'Rock Orchestra(インパクト抜群のネーミング)がやってくることもさることながら、ヘンデルのオラトリオ「時と悟りの勝利」を聴ける貴重なチャンス。この作品、言及される機会は多いのに、実際にライブで聴いたことがなかった。コレッリがこの作品を指揮しようとしたけどフランス風序曲のリズムをどうにもうまく扱えないので、しょうがなくヘンデルがイタリア風序曲を作り直したっていうエピソードがあったと思うけど、そのヘンデルには珍しいイタリア風序曲を聴けた。
●で、この作品はオラトリオって呼ばれるじゃないっすか。当時、ヘンデルが滞在していたローマではオペラの上演が教皇令で禁じられていたから、代わりにオラトリオ。でも、合唱が入らないんすよね。「オラトリオとは主に宗教的題材を扱った合唱が活躍する作品」というのが基本的な理解だと思うけど、こういったタイプのオラトリオもあったのだとか。となれば、独唱者の役割が格段に大きくなる。きわめて技巧的な歌唱が求められるなど、すこぶる華やか。オペラを禁止してオラトリオにしているのに、かえってオペラ的な興奮を呼び起こすというおもしろさ。しかも今回の上演では軽い演技も含まれたりして、すっかりオペラの演奏会形式みたいな趣に。歌手陣は「美」がスンへ・イム(ソプラノ)、「快楽」がカテリーナ・カスパー(ソプラノ)、「悟り」がポール・フィギエ(アルト)、「時」がトーマス・ウォーカー(テノール)。とても高水準の歌手陣がそろっていて、とくにソプラノのふたりは印象的。第2部で客席に降りてきて歌う部分はドキドキした(1階席だったので)。オペラ「リナルド」の名アリアとして有名な「私を泣かせてください」の原曲を聴けたのも吉。
●ヴァイオリン、オルガン、オーボエのソロなど、オーケストラの聴きどころもふんだん。ここでも「オペラではなくオラトリオ」という看板を掲げつつ、エンタテインメント度が高い。前日のフライブルク・バロック・オーケストラに続いて、この日はビー・ロック・オーケストラを聴いたわけだが、なんともぜいたくな体験。ヤーコプスは第一部でも第二部でもおしまいの部分をたっぷりと引き伸ばして、余韻を残していたのが印象的。
●じゃあ、こんなに音楽的にすばらしい作品がどうしてあまり上演されないのかといえば、それはひとえにストーリーゆえか。すでにタイトルがすべてを言い尽くしているが、説教臭いというか説教そのもの。「美」が「快楽」の誘惑に負けそうになるが、「時」と「悟り」がそれを戒めて、信仰の道に誘い、勝利を収める……。この物語にある種の傲慢さを感じずにはいられない。ヘンデルの音楽とストーリーが釣り合っていないというか、矛盾しているというか。こんなにサービス精神旺盛な音楽で、そんな主張をされても。
●終演後は大喝采で、あっという間に客席総立ち。写真を撮れなかったので、その様子を残せないのが惜しいが、まれにみる成功だったと思う。
April 7, 2025